[CML 035385] <テント日誌12月07日(日) 経産省前テントひろば1184日目、商業用原発停止447日目>

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2014年 12月 8日 (月) 23:21:29 JST


(転送します、長文をお許し願います)

テント日誌12月7日(日)裁判傍聴記1
経産省前テントひろば1184日商業用原発停止447日

抜き打ち結審に怒り心頭
〜〜第9回テント裁判を傍聴して

●あっという間に逃げ去った村上裁判長

久しぶりに傍聴したテント裁判が、何とだまし討ちの抜き打ち結審だった。

午後4時半少し前ごろ、この日の裁判の流れを切るように突如「合議します」と5分間の休廷を宣した村上裁判長と左右の陪席が再び法廷に入って来た。椅子に座るや否や、「証拠・証人調べ請求を却下します」と早口で言い、続けて「弁論を集結します」とか細い声でささやいた。一瀬弁護士が席を蹴って裁判官席に詰め寄って、大きな声で抗議した。「合意を破るのか」とか「話が違う」と発語した。裁判長が何かつぶやき、長谷川弁護士が前に躍り出るような格好で右手を大きく振って「裁判長を忌避する」と空気を切り裂くような声をあげた。弁護士が全員総立ちになって抗議した。裁判官たちは何も聞かなかったかのようにさっと黒衣を翻してドアの向こうに消えた。

あっという間の出来事だった。

 次の瞬間には、左右のドアから大勢の廷吏たちがドッと出てきて、傍聴人たちを威嚇するように取り囲んだ。

われわれ傍聴人は、あっという間の暴挙への怒りでその場を立ち去りがたく、口々に抗議の声をあげた。「ふざけるな」「逃げるな」「亀屋さんの訴えに何も感じないのか」「次の2月26日にはどうするんだ」「裁判長は何を言ったんだ」……。

弁護人が「こんな結審があるか」「弁護団は忌避申し立てをした」と言っているのを聞いて、やはりそうか、裁判長は結審を宣したのかと事態を理解した。


●亀屋幸子さん「テントは私の第二のふるさと」

 この日の第9回口頭弁論の白眉は、双葉町の亀屋幸子さんが切々と陳述した心からの叫びだった。

 亀屋さんの訴えをさまざまな場で、いろいろな機会に聞いた人はずいぶん多いだろうが、この日の陳述は公的な場での歴史的な証言として特別の意味をもつものとなった。録音をとれなかったのが残念な、感動的なものだった。正確には再現できないが、約15分にわたる陳述は次のような趣旨だった。ただし聴き間違いもありうるので、その点はご容赦を。

「3月11日午後2時46分、地震が襲ってきました。グラグラときて私はびっくりしていて、夫から外に引っ張り出されて助かりました。

揺れがまた来て、家に入るのが恐くて外で車の中にいました。東電で働いている人たち、消防団が私たちに「放射能が出た」「逃げろ」と言いながら通っていきました。実家のある隣町の浪江に着の身着のままで逃げました。

次の日の朝7時10分前ごろサイレンがけたたましく鳴りました。「放射能が広がっているから10キロ逃げろ」ということで、原町に逃げました。地震が起きてから携帯電話も使えず、何が起こったのかさっぱりわかりませんでした。原町に着いてテレビで初めて津波の映像を観ました。すごい被害だということがようやく分かりました。

午後5時半ごろ水素爆発でした。また逃げました。川俣に逃げたのです。泊まる所もなく寒い夜を過ごしました。

やっとのことで川俣の避難所に入りました。だけどそこでは何の情報もない状況でした。不安な日を過ごし、14日になって娘と電話が通じました。地震前日、偶然に東京に出ていた娘は情報を教えてくれました。「50キロ逃げろ」というのです。そこを出て転々としました。

26日に川崎に入りました。28日にやっとのことで仮住宅に入ることになりました。港区の区営住宅に29日に入りました。「福島に帰りたい」と言いました。家からは何も持ってこれていないのです。

テレビで原発に反対するデモの映像を観ました。経産省前に福島の女たちの第二テントができていることを知りました。世界各国からテントを訪れる人が続いていました。毎週金曜日にはデモがやられています。励まされました。

私らはテントによって立ち直れたのです。テントは何も悪いことをしてないです。
 テントは私の第二のふるさとです。テントは日本中の女性に守られています。
 福島は原発事故のせいでバラバラです。多くの自殺が出ています。多くが病気になっています。

 福島第一原発は収束していないではないですか。再稼働などとんでもないです。
 私たちは原発事故に備えて毎年、防災訓練に協力してきました。そんなもの何一つ生かされないものでした。私たちが逃げた方向は放射能が強い所だったのです。情報が何もなかったのです。連絡も指示もまったくありませんでした。
 福一は憎いです。それまでの幸せな生活を福一に奪われたのです。もう一生、ふるさとに帰れないのです。
 きちんと審理を尽くしてください。」



●「テントの原点は3・11福島である」

亀屋さんの声は途中から涙声になっていた。

傍聴席では各所ですすり泣きが聞こえた。目頭を押さえる人が何人もいた。亀屋さんの陳述が終わると傍聴席から湧き立つように拍手が起こった。拍手は長く続いたが、裁判長は傍聴席に眼をやることもなく、拍手を制止することもしなかった。

それは、この日の法廷の目的がだまし討ち結審にあったからだ。裁判長はそこに向かってひたすら事を運んでいたのだ。亀屋さんの必死の訴えにも、裁判長は心ここにあらずという顔つきだった。

だが亀屋さんのリアルな証言、その魂の訴えを素直に聞こうとしないなどということは、本裁判の裁判官たりえないことだ。なぜなら「テントの原点は3・11福島である」(一瀬弁護士)からだ。

被告と弁護団は裁判開始以来、福島原発事故がもしなければ経産省前テントはなかった、とくり返し強調してきた。テントを撤去せよ、損害賠償金を支払え等という裁判を起こすことが盗人猛々しい。福島原発事故の原因をつくったのも、放射能汚染とその拡大を放置したのも、いまだに福一の事故収束をしていないのも、被災者・被曝者への謝罪と賠償をしていないのも、すべて東電と経産省なのだ。そのことに抗議するテントは、だから福島の人々にとって「第二のふるさと」と受けとめられているのである。

この日の村上裁判長の訴訟指揮は何から何まで許せない。だがとりわけ許せないことは、亀屋さんの陳述、その背後にいる福島の人々の生の声に直に接しながら、何も聴こうとしない姿勢である。本裁判の成り立ちから言って、それはあってはならないことだ。一人の裁判官として、一人の人間として決して許されないことだ。

法廷闘争の手段としてというだけでなく、上述の意味からも、村上裁判長ら3人の裁判官の忌避は絶対に必要なことだ。


●合意を反故にした背景に国家の意思

 ここまでの記述が裁判の流れと逆になってしまったが、この日の裁判はもともと11月27日に行われた裁判所と検察と弁護団との進行協議での合意にもとづいて行われる予定だった。

 被告・弁護側は、テントひろばを担う43人が訴訟参加する当事者申立および現地福島の被災者、小児医療の専門家、スラップ訴訟や憲法学など専門家の証人申請をした(第8回口頭弁論、10月14日)。他方、国=経産省は、申立却下と即時審理終了と仮執行付き判決を下すよう要求していた。その中で裁判所は、法廷内に当事者参加者6人を入れるということを認めた。実際に当日は、福島からの当事者4人と第一テントの2人が廷内に座った。

また裁判長の提案で次回の第10回法廷は口頭弁論とし、期日は来年2月26日と決まった。

 ところがである。村上裁判長はこの日の法廷の途中で突如、結審を宣し、自らが参加し提案した進行協議の合意事項を踏みにじったのだ。裁判長のとんでもない暴挙である。だが、ここには裁判所の背後でより大きな国家権力の暴力的意思が働いたとしか考えられない。


 沖縄では12月5日、先の県知事選で大惨敗し不信任された仲井真が何と退任直前に、防衛局から出されていた辺野古の工法変更申請に知事公印を押して承認するという暴挙をなした。知事の権限を振るう立場にはもはやない仲井真がやったことは、知事選の結果を受け容れないという犯罪的行為だ。「仲井真は政府の操り人形だ」と大きな弾劾の声が一気に広がっている。

 鹿児島・川内原発再稼働の動きが、地震および火山噴火の危険やずさんな避難計画の問題点、地元合意の欠如を押し切ってしゃにむに推し進められようとしている。

安倍は衆院解散・総選挙にかけた最大の狙いの一つに消費増税とともに憲法改正への踏み切りを据えている。

安倍・自民党によって国家暴力がありとあらゆるところで、むき出しになってきている。

今回のテント裁判での抜き打ち・だまし討ち結審もこれらと軌を一にする動きとしてとらえられるのではないだろうか。 

●経産省はテントによって何の実害も受けていない

 テント裁判でついに公正裁判の装いをふり捨てて国家暴力がむき出しになったのは、被告・弁護側の主張がこれまでの法廷をリードしてきたからである。このことはこの日の法廷で、亀屋さんの陳述以外でも非常にはっきりと示された。

 法廷が始まると最初に河合弁護団長が立って、原発を主題にしたDVDの説明を行った。この20年・30年にわたる原発問題へのかかわりで得た知見をすべて注ぎ込んだこと、その中でとくに原子力ムラにおける経産省の役割がいかに悪いものであるかを強調した。

 続いて大口弁護士は、「土地占有者が淵上、正清の二人である」というのが虚構であることを強調し、二人の被告は恣意的に選定されたにすぎず、そのような当事者の取り違えは原告主張そのものが破綻しているものだ、と強く批判した。さらに第二テントが福島の思いの表現として存在していることの意義を主張した。

長谷川弁護士はテントが立っている経産省前エリアが原告によって「ポケットパークとして利用されている土地」であると確認されたことを取り上げ、その場所では経産省は事務をしていない、である以上損害が発生せず、損害賠償の計算が成り立つわけがないと鋭く突っ込んだ。

青木弁護士は原発安全神話の崩壊とは何か、そこにおける経産省の役割とは何かを明らかにした。福島原発事故の被害の拡大に経産省は重大な責任を負っており、職権乱用は許されないと弾劾した。

そして前述のように亀屋さんが陳述した。

それを受けて一瀬弁護士が「ポケットパーク」とは通行許可証がいらない所であるという点を突き、原告側が当該場所の図面を変えた問題を追及した。原告側検事はポケットパークという表記についてはっきりと答えなかった。裁判長が原告側に助け舟を出して「裁判所に判断してくれということですか」と訊ねたが、検事は不明瞭な態度だった。

大口弁護士が本裁判の根幹にかかわることではないかと追及した。ポケットパークにテントを立てたことのどこが犯罪だというのかという論点に原告側は明らかに完全に押されていた。テントが立っていることによって経産省は何の実害も受けていないのだ。

一瀬弁護士が改めて「テントの原点は3・11福島である」と強調し、今後の証人調べの重要性を訴えた。

それに対して検事はただ一言、「審理をただちに終了されるように」と言っただけだった。あまりにふざけた態度に、一瀬弁護士が立って、国=経産省は口先では福島原発事故には自らの責任があると言いながら、その責任を何一つ果たそうとしていないではないか、と弾劾した。

裁判長は唐突に「合議する」と言ってドアの向こうに消えた。そして冒頭に記しただまし討ち結審の展開となった。

 この日の裁判の展開だけでも、仝業事故の深刻さ、経産省の負うべき重大な責任、したがってテントの正当性、経産省がテントによって何の損害も受けていないことが浮き彫りになっていた。

だからこそ、原発推進という国家意思の忠実な手先となった村上裁判長は、これまでの裁判の流れを断ち切るための抜き打ち結審に及んだのであろう。

 結審という重大事態だったため思わず長文の傍聴記となりました。ご容赦ください。これからの闘いの方向をともに考え出し、テントをしっかりと守り抜きましょう。(YM記)



テント日誌12月7日(日)裁判傍聴記2
経産省前テントひろば1184日商業用原発停止444日

第9回 テント村裁判 傍聴記
 日時:H26.12.3  15時〜16時30分 場所:東京地方裁判所第103法廷
原告側:13名 被告側:20名(うち福島の女性6名)裁判長:村上正敏

前日に衆議院選挙の公示が発せられたばかりで都心は少し騒々しいかと期待していったが、行った場所が裁判所では、テント裁判の熱気のほうが凌いでいたのは当たり前だと納得した。

先日、河合弘之監督の「日本と原発」のドキュメンタリー映画を鑑賞しました。会場は超満員 で入れない人もいました。関心の高さを感じました。内容は皆さんそれぞれご覧いただき思いを共有できればよろしいかと思います。私はできればわが町で自主上映会を企画しようと考えています。

そんないろいろな思いが交錯する中いつものように傍聴抽選の列に並び、幸いにも選に当たり傍聴できました。が本日の裁判は終末に意外な結果が待ち受けていました。

傍聴記


暴挙、横暴、怒号とヤジの中での閉廷となった。5分ほどの休廷の後、開廷されてすぐに、裁判長は「請求を却下し、弁論を終了します」と発言した途中でその言葉を遮り一人の弁護士の方が「忌避します」と申したてた。その間傍聴者の皆さんは私も含めて一瞬何が起きたのかわからず、退廷する裁判長、裁判官の背に多くの異議の声が浴びせかけられた。その後も傍聴者は事態が呑み込めないまま皆法廷内に立ち尽くしていた、そこではじめて周りに多くの警備員がいることに気が付いた。なるほどこれは今日の裁判長の最後の言葉での混乱を予知しての裁判所として準備していたのだ、と妙に納得したが、疑念を抱きつつも大きな混乱もなく皆さんは法廷を後にしました。

裁判は追加の陳述書、申請書の提出の確認作業のため10分ほど遅れて開廷となった。以下法廷でのやり取りを順に述べ最後に上記記述へとつながります。以下は被告側代理人弁護士の陳述、弁論です。

河合弁護士:原発事故は国に重大な責任があり、原発は止めなければならないそのためにテントがある。原発の成り立ちから現在までを記録した映画がここにあります。これを提出します。ご覧ください。

大口弁護士:テント設置の意義。原告主張の虚偽、なぜ2名だけが訴訟の対象なのか、その根拠が明らかにされていない。2名のみがその地を占有していると言うはっきりとした根拠が示されていない。

長谷川弁護士:国の賠償額算出の根拠のあいまいさの追求。

大木弁護士:原発の安全神話は崩壊している。そして安全のレベルを下げようとしている。

福島県双葉町女性(第2テント)の陳述:

この女性の陳述が15分ほど語られた、原発の近くに住み3.11の当日東電社員は放射能漏れがあるから逃げてくださいと云われた、車で逃げたが混雑していて前へ進めない。車の中で寒い夜を明かした。避難所に逃げ更に娘のいる横浜に一家7名が逃げた。3月末にようやく今の住宅に入れた。

原発の情報も無いがために放射能の多いほうに避難していた。事故前の防災訓練は全く役に立たなかった。そして2か月後にテントの存在を知り訪ねた。ここでみんなに励まされ、精神的にも立ち直ることができた。テント広場はなくさないでほしい、必要です、本当に再稼働は反対です。

文字に表わすとその臨場感、彼女の心の叫びは伝わりませんが、生の声、お話をお聞きした私たちはその叫びに涙しました。

 一ノ瀬弁護士:国はあの場所がポケットパークであることを認めるか否か
が国は認めようとしなかった。
そしてこの後、村上裁判長は「合議のため5分間休憩します」と云って3名の裁判官は合議室に入った。そして再開されてすぐの発言が初めの記述となりました。



傍聴後記

何とも後味悪くすっきりしない結果である。傍聴していて裁判長の軽さが見えたし後ろで大きな力が働いているような気がしてならないのは、今回傍聴された人は感じられたのではないでしょうか。最近では原発裁判では再稼働反対に有利な判決が出始め、その広がりが我々に勇気と元気を与えてくれている。ようやく我が国にも良識ある司法が形成されつつあると思っていた矢先に権力に屈し、良識のない裁判官がいることに落胆をした。

このことでさらに怒りは大きくなり、原発ゼロまで声を挙げ続けようと誓った。

                    文責:西島延大


テント日誌12月7日(日)裁判傍聴記3
経産省前テントひろば1184日商業用原発停止444日

村上裁判長、「だまし討ち的」に「結審」強行! 

弁護団は「忌避申し立て」…12/3テント裁判・第9回弁論傍聴報告 山城 峻

衆議院選挙公示の翌日、かつ秘密保護法の施行を1週間後に控えるという政治的激動の真っただ中の、12月3日(火)15時から16時過ぎまで、東京地裁101号室でテント裁判第9回口頭弁論がひらかれた。裁判は被告=テント側からの書面提出とその説明、福島の亀屋幸子さん陳述など「順調に」進行するかに見えたが、閉廷直前、村上正敏裁判長(民事第37部)は突如「弁論終結」を「宣告」し、被告側弁護団の「忌避申し立て」の声を背に法廷を立ち去った。

判決内容を予告するかのごとき強引かつ不当な「結審」強行であり、その後の報告集会では、裁判長の訴訟指揮への疑問と怒りの声が上がった。そして、今後予想される裁判闘争の展開、特に「忌避申し立て」への裁判所側の対応、予想される判決の内容、さらに今後のテントの維持・存続と発展のための方向性などが熱心に質疑、討論された。テント裁判はにわかに緊迫の度を強めその帰趨は楽観を許さない。すべての皆さんがテントの維持と裁判勝利のための闘いに結集されんことを改めて心から要請したい。

不退転の決意を持ってテントを守り抜こう。 

1.テント側、弁論で原告=経産省を圧倒

ける経産省のもつ悪しき影響力などを詳しく実証したこの映画を裁判官がしっかり見るよう訴えた。河合弁護士の22年間の、また海渡雄一弁護士の30年以上の原発訴訟の経験第9回弁論は3時に開廷された。なお、今回は前回の法廷で当事者参加をした43名中陳述を行う亀屋さんをはじめ6名が法廷のバー内に入った。冒頭、被告=テント側弁護団が多数の書面を提出、書類の確認などこの間15分ほどかかる。通常ならここで裁判長から苦情や注文が付くのだが、どういうわけか特に文句も言わなかった。あとから考えると、最後は「結審」強行との腹積もりで、多少の時間的ロスには「寛容」な態度を示したのであろう。この後、各弁護士から、提出書面についての弁論がなされた。

(1)映画「日本と原発」を証拠として提出
まず河合弁護士が自らの初監督作品で証拠として提出した映画『日本と原発』について説明した。福島原発事故における経産省の責任、再稼働の不当性、「原子力村」にお・知見を踏まえ、文字通り心血を注いだ作品を証拠として提出したのである。

(2)大口弁護士、原告側の「2名が土地占有者」との主張を論破
ついで大口弁護士が、「原告=経産省による『土地占有者は正清・渕上の被告2名で、他は補助者である』との主張は虚構に過ぎない」ことを論証した。具体的には、原告が提出した「証拠」で正清氏とした写真の人物は全く別のA氏であったこと、また経産省は不断にテントの監視・情報収集を行っているにもかかわらずビデオを証拠として出さないなど占有者についての直接的・現実的証明ができないでいること、第二テントの設立・運営は福島の女性・母親たちを中心になされており2人の指示や関与はないこと、さらに「仮処分命令執行調書」の記載は不正確で信頼に値せず、仮に正確であったとして「被告2名」が占有者としては特定し得ないこと等、経産省側の主張に対して詳細に反論した。

(3)「経産省に損害賠償の根拠なし」…長谷川弁護士、明快に論証
続いて、長谷川弁護士から、本件「テント設置」の土地が本来的に「歩行者・通行者の小休息のためのポケット広場・小公園」であること、それゆえ経産省の行政財産ではあっても、事実上の敷地外で国の損害や行政事務の阻害などあり得ないこと、そのような土地について賃貸評価をもとに計算し1日2万円の損害賠償を要求するのは不適切極まりないことが述べられた。原告=経産省の主張の不当性はこの点でも明らかにされたのである。

(4)福島原発事故に対する経産省の責任とテントの意義、
そのあと、青木弁護士は、「原子力立国」政策の策定と実施、「安全神話の流布」等、福島事故に対する経産省の責任をその職務、組織・機構などの面から総括的に明らかにし、さらに現在の再稼働推進政策を厳しく批判した。そして、「テント広場はそのような経産省に対する国民の異議申し立て・意見表明の場としてあり、それを阻害するこの訴訟は原告=経産省の『訴権の濫用』に他ならない」と断じた。

以上、いずれの弁論も時間の制約の下ではあったが、きわめて説得力に満ちて、聞き応えがあった。

2.亀屋さんの陳述…法廷に深い感動

弁護団の弁論のあと、福島県双葉町で被災して現在も港区に避難生活を強いられ、この裁判に当事者参加を申し立てた亀屋幸子さんが約15分の陳述を行った。亀屋さんの陳述は2011年3月11日午後2時44分、地震に遭遇しての避難、その後の「放射能漏れ」からの避難、その過程での寒さ、衣服・食糧の欠乏、情報の不在、住宅難等「地獄の始まり」ともいうべき過酷な体験を切々と語るもので、聞くものみな心を打たれた。しかも、その間東京電力や政府は何もしてくれず、自分の身は自分で守るしかなかったとの話は、改めて事態の深刻さ、東電や政府の無責任さを痛感させた。

同時に亀屋さんが、絶望していた自分が、反原発・脱原発のデモや集会のことを聞き「がんばっている人たちがいる」ことを知り、また「テントを訪れ、最初は泣いてばかりいたが、話を聞いてもらい少しずつ気持ちが落ち着いて、やはり自分で考えなければという気持ちになった」、「テントに支えられて自分は立ち上がれるようになった」、「ふるさと双葉町は東電に奪われたが、テント広場は第二のふるさとだ」と語った時、法廷は深い感動に包まれた。被災者の心からの叫びは裁判官にも、そしておそらくは経産省側代理人にも届くものと思われた。

3.裁判長、突然の「結審」宣告

亀屋さんの陳述の余韻の残る法廷で、次回法廷をめぐる確認に入った。テント側から一瀬弁護士が 崘啾湘占有の実行者」についての原告側の立証は『仮処分命令』の執行官の記載だけか否か、◆屮櫂吋奪肇僉璽」の図面変更(仮処分請求時と直後の補正書による変更)について、それぞれこの間のテント側の書面・弁論での反論・実証を踏まえて、原告側の反論の有無などの確認をするよう裁判長に求めた。ところが、裁判長は言を左右にして民事訴訟法の条文に触れながら曖昧な態度に終始、経産省に与する法廷指揮を行い傍聴席の不信をかった。

なお原告=経産省側はこの間法廷で一切弁論も反論もせず、一瀬弁護士の追及にも「これ以上の反論などは予定していない」と答えるのみ。原告でありながら法廷で弁論もしないというこの不可解さ、まさにカフカの『審判』を想起させる「不条理」とでもいうべきか。

さらに一瀬弁護士が今後の人証尋問につき11人の証人と2人の当事者尋問を請求すると、裁判長はそれには答えずに、経産省側代理人の発言を促し「本日をもって弁論終結を望む」との発言を引き出し、突如「合議・休息」を宣言した。約5分後に再度出廷した裁判長は、「被告側からの証人・証拠調べの要求は却下する」と発言、これに対し長谷川弁護士がただちに「忌避」「忌避」と繰り返し発言して立ち上がった。
しかるに裁判長はこれに耳を傾けず、「本日をもって弁論を終結」と宣告しかけ、被告側弁護団の「忌避申し立て」の声と傍聴席をも含む「却下はおかしい」「審理を続けろ」の声を背にこそこそと、法廷を立ち去った。それまで被告側にそれなりの「配慮」を示し、今回も亀屋さんの陳述を認めるなどの訴訟指揮をしていた裁判長であったがゆえに、被告・支援者は一瞬唖然とする事態であった。

この間に法廷には裁判所衛視が多数入り込み、怒り抗議する傍聴者の追い出しにかかった。開廷前の廊下に普段よりもはるかに衛視が多いことを感じたが、それもまた「結審」強行の伏線だったことに、思い当たった。弁護団は閉廷後直ちに抗議と再度の忌避申し立てを行ったが裁判長は雲隠れして現われなかった。

それにしても、弁護団の説得力に満ちた弁論、そして聞く者の心を打つ亀屋さん訴えを村上裁判長はどのように聞いていたのであろうか。また、裁判の最も基本となるべき証拠・証人調べをおろそかにして真っ当な判決が出せるのか、しかも弁論の前にあった進行協議では裁判長自らが次回弁論期日を2月26日に設定していたという。まさしく「だまし討ち」ともいうべき結審の宣告である。時間がたつに従い怒りが高まるのを禁じ得ない。


4.報告集会…裁判の今後の進行と闘争体制の構築に向けて

参議院議員会館に所を移して約2時間の報告集会は、当面の裁判の進行とテント維持・裁判闘争勝利のための闘争体制の構築に向けて質疑・討論が集中した。

冒頭、「被告」渕上さんから「何があっても脱原発の大きな流れは変えられない、川内でも反対意見はじわじわと広がっている」との挨拶、また「川内の家」で現地の闘いを担う岩下さんから「川内原発再稼働を実際に止める闘いが求められている、そのための具体的な方策の検討を行っている」との強い決意表明を受けた。
さらに「原発いらない福島の女たち」の勝又美佐子さんが発言し、今回の法廷での裁判長の落ち着きのなさと、対照的な原告=経産省側の「余裕」の態度を指摘した。勝俣さんはまた知事選を巡る福島の世論の動向や、現在の福島の人々の声に表しがたい複雑な思いや苦しみについて語った。

(1)本日の事態と今後の裁判の進行
本日の事態については主に大口弁護士が説明し、河合弁護士からも補足的発言があった。
(以下は、これらの説明と質疑応答の中で明らかになったことの概要)

〆枷縦垢老訖海魘行しようとした。

∧杆鄰弔郎枷輯唄避申し立て(憲法32条…「何人も、裁判所において裁判を受ける権利は奪われない」、に基づく公平な裁判を求める請求)をしたので、現在は裁判の進行は停止した状態。

ただし裁判部書記官?は「弁論は既に終結した」との認識で、今の司法の状況の中で、忌避申し立てが通る見込みは残念ながら立たない。いずれ判決日が指定される。

し訖涯行からして判決内容も想定される。それには経産省の「仮執行宣言申し立て」を認めて「仮執行宣言」が付く可能性が高い。その場合はテント側が控訴・上告していても撤去できてしまう。

ゲ昭更埓觚世鯒Г瓩気擦覆てい、裁判の結果がどうあれテント撤去をさせない闘いが求められる。困難さを直視しつつ、「現場に身を置く」=テント防衛の闘いが必要となる。社会的に訴えてテント撤去が出来ないような状態を作り出すことも不可欠であろう。

μ椶料阿了態に一喜一憂せず「正義は我にあり」の確信を持って、しぶとく、しなやかに闘おう。仮に地裁で敗訴になり仮執行宣言がついても、仮処分への異議申し立てという方法もある。

大きな目的は日本から原発をなくすことである。
すでに裁判所も原発の再稼働差し止め訴訟などで「原発は安全だ」とは言えなくなっているし、「避難対策もないまま(規制委員会の再稼働についての)許可がおりるはずがない」との認識を持っている。


(2)テントを守り発展させるために
(柤世鮑導させよう!
裁判所が三権分立、権力の相互抑制という建前さえ自ら放棄し、行政の僕と化すことを許してはならない。大衆的な結集をもって反撃の闘いを展開しよう、既にテント村は12月4日には弁護団・「被告」合同での記者会見を行い、東京地裁村上裁判長の不当な訴訟指揮を社会的にアピールし、改めてテントの存在とテント裁判への関心と支援を呼びかけた(12.5付 東京新聞参照)。
また、同日5時から6時の間には氷雨降る東京地裁前で、村上裁判長の「不当結審」を糾弾し、弁論再開を求め、テントの正当性を訴える集会を貫徹した。

弁護団の奮闘とともに「被告」・支援者一体となって弁論を再開させ、証拠・証人調べを実現させよう。審理が進めば進むほどテントの正当性は明らかになり、経産省の理不尽さ、不当性が暴露されるであろう。テント裁判開始時、300〜400人規模で傍聴希望者が結集したあの態勢を再現・拡大し、東京地裁・経産省を包囲・糾弾し、なんとしても弁論再開を実現しよう。



広く世論を結集しテントを守り抜こう!
世論調査等でも「脱原発」「再稼働反対」の声が圧倒的多数であり、経産省前テントは3.11以後の日本の反原発・脱原発運動の「シンボル」的存在としてあり、その意義は国内のみならず国際的にも認知されている。裁判所・経産省一体化しての「結審」強行によりテント包囲網は確実に狭まり、情勢は緊迫の度合いを増している。今こそ、改めてテントの意義を訴え、経産省を追い詰めようではないか。

心あるすべて皆さん、テントに結集されんことを心から要請する。改めてテントに心を寄せ、1時間でも2時間でもテントに立ち寄っていただきたい。皆さんがテント前に座り、そこでともに語ることがテントを守り発展させる道であり、さらには、再稼働阻止、脱原発を実現する道である。心を一つにして、ともに闘おう。                         (2014.12.6記)




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