[CML 033406] ブラック企業:賃金:トルコ風呂は廃語になりました、言葉狩りではありません
檜原転石
hinokihara at mis.janis.or.jp
2014年 8月 26日 (火) 07:53:29 JST
檜原転石です。
石垣さん、こんちは。
素晴らしい投稿ありがとうございます。
彦坂さんと私は文体が違うので、私を嫌悪する方には石垣さん・彦坂さんの意見
をおすすめします。
あと、「言葉狩り」についてですが、私のブログの書庫に
「 言葉狩り言葉生み 」とあるように、「言葉狩り」に私はマイナスイメージを
付与していません。
筒井康隆が医学無知を居直って使い始めたようですが・・・。
“差別語は人間の進歩とともに日々発見され”、差別語は消えて行き、かわりに新
たな言葉が生み出される。
「精神分裂病」→統合失調症から明白なように、「精神分裂病」という差別語が
消えて行くのはいいことです。
だがしかし、ブラックは「ブラック企業」とかの使い方は駄目だが、ブラック
コーヒーとかブラックラーメンはよいわけですから、
私の言葉狩りはあくまでもトンデモ和製英語「ブラック」(「ブラック企業」・
「ブラック大学」「ブラック国家」・・・)です。
もちろん愚者が対義語として使うトンデモ和製英語「ホワイト」も同様です。
あと東本さんが、岩波もトンデモ和製英語「ブラック」に荷担していると例示し
た以下――
岩波には『ブラックボーイ』とか荒 このみ『マルコムX』もありますから、
『週刊金曜日』同様、その間抜けぶりも際立ちます。
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(2014/08/25 18:23), 石垣敏夫 wrote:
> 前田朗さん
>
> お世話様
> コメントありがとうございます。
> ブラック企業のブラックを「黒人」と解釈せず、使用しいることは
> 百も承知です。
> しかし、この言葉を「聞いた、知り得た」アフリカ系住民はどう思うかと、
> という問題です。
> 釈迦に説法ですが、
> 差別とは被害者がどう思うか、ということだと私は解釈しています。
> 差別者は知らずに足を踏んでいる方ですから、被害者から苦情がでなかれば直
> しません。
> トルコ風呂も、トルコ人のことではない、と言っていましたが、
> トルコ人からクレームがきました。
> これも話題になって1年ぐらいでしたか、この用語は廃語となりました。
> 前田さんもご存じの通り、慰安婦・従軍慰安婦の問題で
> 当事者から「慰安婦」「従軍」とは何だ、と抗議があり、
> 今は日本軍「慰安婦」に落ち着いたと思います。
> 「『ブラック企業』は黒人のことではない」だから使い続ける
> という方はいると思います。
> 彦坂さんの文章に(下記転載:ご本人のご了承を得ています)
> 「ガザのこどもたちわかものたちがいまどのように生きているかを知ってもら
> うことが
> なによりも有効ではないかとわたしはおもいます」
> とあります。ホワイト・イエロー・レッド・ブラックというカラーの
> 問題、争いの問題は日本人として「自分は自分の解釈で使用している」では済ま
> ないと
> 考えます。私は「言葉狩り」とは考えていません。
> 「ブラック企業」の表現を
> 「劣悪企業」「過酷・苛酷・酷薄企業」等に変えることはできることだと
> 思いますし、また、そうすべきと考えています。
> さいたま市 石垣敏夫
>
> 以下転載
>
> 石垣さん、
> この林田さんの言い分は、「若者」「若年層」の状況をわたしはよくよく知っ
> ていますよ、
> あなたがた左翼教条主義者にはそこがわかってないのですね、という「非当事
> 者」の
> わけしり意見ですね。
>
> 「ブラック企業」がほんとうに「若者言葉」なのかどうか、あやしいとはおも
> いますが、
>
> (わかものに媚びるマスコミの造語じゃなのかな?)、かりにそうだとして、
> そういう「ことば」でしか状況を把握できなくなっているのだとすれば、その
> わかものたち
> にこそ、その「あさましさ」を自覚させる方法を考えるべきです。
>
> 生きていさえすれば、だれにだった「考える」「感じる」ことはできます。
> しかし、「ブラック企業」というたぐいの「ブラック」のつかいかたに関して
> は、
> どうしても、「ネグリチュード」の運動(アメリカでは公民権運動)の実態
> (歴史に
> なっちゃってるんだよねえ、いまは)を最低限知る必要があります。
> それを知ったうえで、自分自身で「ネグロ(ニグロ)」とよばれ、
> 「クロ」はこの席に坐るな、黒人オフリミットといった現実のなかで
> 黒人たちがどう感じていたのかを知ったうえで、なお、「クロ」と「シロ」と
> のつかいかた
> について反省的意識がもてないようなら、もっと根源的に、そのわかものの
> 生きかたそのものを問いなおさなければならないでしょう。
>
> わたしの身近なところに黒人の友人知人はいなかったし、いまもいません。
> そのわたしが、黒人の問題を自分のこととして感じるようになったのは、
> ちょうど、ファノンの著作に接したころ、このわたしが社会の最下層に転落し、
> うらぶれてひがみっぽい下層亜人間の心性に溺れていたからです。
> アメリカの黒人たちがはじめて街頭lに出て訴えはじめたころにうたわれた
> 「We shall overcome」を、どれほど深い感動をもって吸いとったか。
>
> ひどく虐げられた者ほどよく虐げる。
> 不満や不安が、その原因をつくっている抑圧者にむけられることはまずなく、
> 自分よりよわい者を虐げるという方向へしかむかわない。
>
> わかものたちに媚びてはならない。
> かれらのほんとうの生の状況は、「ブラック企業という若者言葉」を「理解」し
> たぐらいでは、所詮、わかるものじゃない。当事者でないかぎり。
>
>
> 、運動側がブラック企業という問題意識を持つことによって初めて若年層に意
> 味のある存在になった。
>> もし労働運動がブラック企業という言葉を使わず、
>> 左翼教条主義的なアジテートを繰り返すだけでは若年層にそっぽを向かれた
>> ままだろう。
>
> これなど、もののみごとに「運動側」に身をおくひとの意識です。
> 「若年層にそっぽを向かれ」ないようにするために?
> 「おためごかし」が見え見えじゃないの。
> 「左翼教条主義的なアジテートを繰り返すだけ」といった言いまわし
> それ自体が「左翼」であれなんであれ「教条主義的」であることに
> このひとは気づいていないらしい。
>
> 「そっぽを向かれないように」いくら猫なで声をふりまいたところで、
> 自分たちのなかまかどうかは、すぐにかぎわけられます。
> きもちわりい。
>
> ガザのこどもたちわかものたちがいまどのように生きているかを知ってもらう
> ことが
> なによりも有効ではないかとわたしはおもいます。
> 空気がない! 水がない! 閉塞状況だ!
> いまの日本のわかものたちよりはるかに酷薄な状況のもとで生きさせられている
> こどもたちわかものたちがいることをぜひ知らせたい。
> 知れば、あらわれかたはちがっても閉塞状況下に生きているということでは
> 自分たちと共通するところがあることに気づくでしょうから。
> 彦坂 諦
>
>
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