[CML 031049] Re: IK改憲重要情報(54)

mine ryouichi kazuonagumo at msn.com
2014年 4月 28日 (月) 22:14:22 JST


おわりにする、といはどういうことでしょうか?被害者の側が、「(日本軍慰安婦問題について)あなた方の謝罪を受け入れました。おわりにします」これは理解できます。しかし。加害者の国の人間が、勝手に「もうおわりにする」と、いうのはどんなものでしょうか?相手に対する傲慢だと思います。そんな人が、憲法改悪に反対する?また、吉見教授のように、実証研究を積み重ねた人への侮辱を平然と行う人が、人権を守るというのはいかがなものでしょうか?
みねりょういち

> From: kenkawauchi at nifty.com
> To: tacotaco10 at hotmail.com
> Date: Mon, 28 Apr 2014 20:23:56 +0900
> Subject: [CML 031048] IK改憲重要情報(54)
> 
> IK改憲重要情報(54)[2014年4月28日]
> 
>  
> 
>  私たちは、内外の改憲をめぐる動きと9条改憲反対運動についての情報を発信しま
> す。(この情報を重複して受け取られた方は失礼をお許しください。転載・転送は自
> 由です。)
> 
>    
> 
> 弁護士 市川守弘、弁護士 河内謙策
> 
>  
> 
> 連絡先:〒170-0005東京都豊島区南大塚3-4-4-203 河内謙策法律事務所
> 
> (電話03-6914-3844,FAX03-6914-3884)
> 
>  
> 
>  弁護士アピールを支持する市民の会
> 
>  http://2010ken.la.coocan.jp/kaiken-soshi/
> 
> _____________________
> 
>  
> 
> (以下は、あくまで河内個人の見解です。御了承ください。)
> 
>  
> 
>    従軍慰安婦問題の見解の補充(2)
> 
>  
> 
> (IK改憲重要情報(53)からの続きです)
> 
>  
> 
> *「呂 (明示的な記述なし)1921年」
> 
> 「18歳のとき、巡査と軍人7〜8人に連れ去られた。天津の奥地で、一日30人の軍人の
> 相手をさせられた。2年以上そこにいて、通訳のあっせんで平壌に逃げた」
> 
>  姓名のうち、姓だけ記載されているのはどうしてでしょうか。投げやりな姿勢がう
> かがわれるので、話に入る前に眉につばをつけたくなります。また、話が少しきれい
> すぎます。作られた嘘の話はきれいなものが多いので、これまた疑問です。「証言」
> にも収録されていないので、安氏らも疑ったのではないかと思います。
> 
>  したがって、裏付け調査なしに、これだけで呂さんが強制連行されたということは
> できないと思います。
> 
>  
> 
> *「カン・●●● (明示的な記述なし)なし」
> 
> 「赤い腕章を巻いた日本の軍人に連行された。軍の責任者と船で南方に向かった。パ
> ラオの番号のついた部屋で1日に20~30人の相手をさせられ、やれないというと銃剣で
> 殴られた」
> 
>  出身地も生年月日も陳述されていないのは問題です。連行された年も不明です。連
> 行された年如何によっては、パラオに慰安所がなかった可能性もあります。「証言」
> にも収録されていません。
> 
>  したがって、裏付け調査がなければ、これだけでは強制連行は裏付けられていない
> と言わざるを得ません。
> 
>  
> 
> *「金●● 平壌 1924年10月20日」
> 
> 「養父のもとでキーセン学校に通っていた。
> 
> 17歳のころ、平壌から北京に逃げたが、将校風の軍人に連れていかれた。「カッカ
> 県」などで計4カ月ほど慰安婦をさせられた。朝鮮人の男が脱出させてくれ、中国国
> 内を逃げ回った」
> 
>  話の筋から、この女性が、91年に初めて名乗り出た元慰安婦、金学順さんであるこ
> とが推認されます。 
> 
>  金さんの訴状では次のように書かれています(「WiLL」2014年5月号57頁)。
> 
> 「金泰元という人の養女となり、14歳からキーセン学校に3年間通ったが、1939(昭
> 和14)年、17歳(数え)の春、「そこへいけば金儲けができる」と説得され、養父に
> 連れられて中国に渡った。小さな部落に着き、養父とはそこで別れた。中国人の家に
> 将校に案内にされ、部屋に入れられ鍵をかけられた」
> 
>  両者を比較してみれば、その違いが明瞭です。つまり、「訴状」の段階では、強制
> 連行になっていなかったのです。ところが、その後の政府の聞き取りでは、「将校風
> の軍人」の話がでてきて、強制連行の話になったというわけです。これでは、到底金
> さんの話を信用できるわけがありません。
> 
>  それから、当時は、養父や養母がお金で娘を「売る」ことが行われていました。痛
> ましい事ですが、娘の方もどのようになるか分かっていて自ら志願したという事例も
> たくさん報告されています。私の言いたいのは現在の基準や思考を昔の事例に安易に
> あてはめてはならないということです。また、昔の事例を現在の私たちの感情から判
> 断し、理性的に分析することを放棄しないように気をつけなければならないというこ
> とです。
> 
>  金さんの事例では、過去と比較すれば重大な変更がおこなわれているので、裏付け
> 調査をするまでもなく、強制連行があったと認めることはできないと思います。
> 
>  
> 
> *「石●● (明示的な記述なし)なし」
> 
> 「19歳のとき、軍人の運転するトラックに乗せられ漢口からトラックで2時間の谷間
> にある部隊の慰安所で働かされた。その後、民間の慰安所に入り、ハノイなどの慰安
> 所で働いた。民間の慰安所は6対4で報酬をもらった」
> 
>  出身地や生年月日の陳述がなされていないのは問題です。強制連行して慰安所がつ
> くられたのであれば、部隊移動の際に連れて行くのが普通ではないかと思われます。
> 
>  「証言」でも不採用です。
> 
>  裏付け調査なしに、これだけで強制連行があったと認めることはできないと思いま
> す。
> 
>  
> 
> *「尹●● (明示的な記述なし)1921年5月30日」
> 
> 「1941年3月17日、韓国人と軍人が家に入ってきてトラックに乗せられた。下関の
> 紡績工場に2年間いたが、大阪で1年半、軍人相手の慰安婦をさせられ、下関でも軍人
> たちの相手をさせられた」
> 
>  慰安所でなく、下関の紡績工場に連れて行かれたというのですから強制連行で慰安
> 婦にしたというケースではありません。大阪に慰安所はありませんでした。「証言」
> にも収録されていません。
> 
>  したがって、裏付け調査をするまでもなく、
> 
> 強制連行で慰安婦にされたというケースではありません。
> 
>  
> 
> *「金●● (明示的な記述なし)なし」
> 
> 「18歳のころ、町内役場の職員と日本人が来て「日本に行けば金がもらえる」といわ
> れ、断ると怖いので行った。大阪の倉庫のような建物で1日に何人もの相手を強要さ
> れた。将校に助けられ、途中経過は記憶にないが、とにかく両親の家に戻った」
> 
>  大阪には慰安所がなかったので、だまされて私娼窟に行ったケースではないかと想
> 像されます。
> 
>  「証言」にも採用されていないケースですから、裏付け調査をするまでもなく、強
> 制連行で慰安婦にさせられた、という事例ではないと思います。
> 
>  
> 
> *「朴●● (明示的な記述なし)1921年10月22日」
> 
> 「16歳のとき、日本人軍属の家で家事手伝いをしていたが、中国方面に働きに行くと
> 連れて行かれた。ナツメキョウ、ユダマルなどいろいろな所で7年間、移動した。通
> 常は1日15〜20人の軍人の相手をさせられた」
> 
>  出身地の陳述がないのは問題です。「連れていかれた」というだけでは、強制連行
> かどうか不明です。就業詐欺か、ひょっとしたら、金儲けのために自分で志願したの
> かも分かりません。「証言」では不採用になっているのが気にかかります。裏付け調
> 査が必要です。
> 
>  裏付け調査なしに、この供述だけで、強制連行を認めることはできません。
> 
>  
> 
> *「陳●● (明示的な記述なし)1923年5月10日」
> 
> 「馬山の日本人の家で家政婦をしていたが、15歳のとき「いいことがある」といわれ
> 軍人についていった。台湾の岡山航空隊で昼は看護婦、夜は呼ばれたときに軍人の相
> 手をしていたが、その後慰安婦だけをするようになった」
> 
>  出身地の陳述がないのは問題です。騙されたのは強制連行とは言い難いこと、台湾
> に軍慰安所がなかったこと、「証言」にも採用されていないことを考えると、裏付け
> 調査をするまでもなく強制連行による慰安婦と認められないケースだと思います。
> 
>  
> 
> *「文●● ソウル 1924年10月21日」
> 
> 「17歳のとき、夜、家に軍人と顔見知りの巡査が侵入し、ソウル駅から100人の女性
> ととともに汽車で南京に連れて行かれた。土日は多くの軍人、平日には将校が来た。
> 慰安所では1銭ももらっていない」
> 
>  これが本当なら、他にも類似のケースがあると思われるのに、他に類似のケースが
> ない。
> 
> 話がきれいにできていて、いわゆる「秘密の暴露」がない。証言にも採用されていな
> い。
> 
>  したがって、裏付け調査なしに、このままで強制連行を認めることはできないと思
> います。
> 
>  
> 
> *「盧●● (明示的な記述なし)なし」
> 
> 「1938年、17歳のころに畑仕事中に、8〜9人の軍人に捕まった。「オデサン」の慰
> 安所に入れられた。夕食後は兵士の相手をさせられた。25歳のときに逃げ出し韓国に
> もどった」
> 
>  出身地も生年月日も陳述がなされていないのは問題です。畑仕事中に8〜9人の軍
> 人に捕まったというケースは他にはなく、にわかには信じがたい思いです。「証言」
> に不採用となっているのには、何か事情があるようです。
> 
>  したがって裏付け調査なしに、このままでは、強制連行をみとめることは、できな
> いと思います。
> 
>  
> 
> *「李●● (明示的な記述なし) 1920年8月6日」
> 
> 「14歳のとき「工場に就職させてやる」と誘われ船でどこかに連れて行かれた。サイ
> パン、パラオを移動していたらしい。ヤシの木の皮で作られた慰安所で軍人の相手を
> させられた。計11年間慰安所生活をしていた」
> 
>  就業詐欺のケースです。騙したのは「雑誌」によれば近所の日本人だと言うことで
> す。これでは強制連行に該当しないと思います。
> 
>  
> 
>  以上で16人の分析を終わります。
> 
>  私の分析によれば、裏付け調査をするまでもなく軍や官憲による強制連行と認めら
> れないケースが10件、裏付け調査があれば認められることがあるかも分からないが、
> 裏付け調査がない以上、強制連行と認められないケースが6件でした。
> 
>  以上を全体的に考察すれば、朝鮮人女性を20万人強制連行して慰安婦にした、とい
> う韓国政府等の宣伝が事実に反するということは、間違いないと思います。(私は、
> 上記の証言をした人以外に、強制連行により慰安婦にさせられたというケースが絶無
> とまでは、現在の時点では、言い切ることはできません。だから私は、強制連行をし
> て従軍慰安婦にしたというのが1人もいなかったといっているのではありません。念
> のため)
> 
> そもそも20万人という数字の重さを考えれば、こんな「16件」のようなやり方で20万
> 人を達成できるはずが無い、ということもできるでしょう。
> 
>  
> 
>  ここで私は、韓国での従軍慰安婦問題の調査にあたったリーダーの一人である安秉
> 直ソウル大学名誉教授が、強制連行による従軍慰安婦を裏付ける客観的証拠は無かっ
> た、と明言している事実に目を向けてほしいのです。私は、安教授の見解を全面的に
> 支持するには至っていませんが、安教授の見解には重いものがあるということは言え
> ます。      
> 
> また、安名誉教授が、従軍慰安婦問題についての運動が、従軍慰安婦の利益を守るた
> めでなく、反日のための反日運動になっていること(単に日本とけんかするためのも
> のになっていること)を喝破していることにも注目してください。
> 
>  以下のサイトの956番の記事を見てください。
> 
> http://hosyusokuhou.jp/archives/22121476.html
> 
>  
> 
>  日本で従軍慰安婦問題を熱心に取り組んでいる吉見義明氏も「「官憲による奴隷狩
> りのような連行」が朝鮮・台湾であったことは確認されていない」と認めています
> (吉見義明・川田文子編著「「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実」大月書店、24
> 頁)。
> 
> しかし、吉見義明氏は、強制連行を幅広く解することによって、すなわち「強制連行
> とは本人の意思に反してつれていくこと」(前掲書22頁)と解することによって、自
> 己の理論的窮地の脱出をはかるのです。
> 
>  私は、強制連行とは軍や官憲などの国家権力によって暴力(実力)を用いたり、暴
> 力(実力)を背景にして組織的・強制的に連行することをさすと考えます。
> 
>  そのように考える理由は、4つあります。
> 
> ―招外岼舵悗砲弔い討留親阿始まった1990年代
> 
> には、私のように韓国の運動も考えていました。ところが権力による強制的な連行の
> 証拠が少ないと分かってきたので、強制連行の定義をいじり始めたのです。
> 
> 河野談話においても、「本人の意思に反する」ものを強制連行とするように定義を
> 変えましたが、それは韓国政府の意を迎えるためのものであったことが国会でも明ら
> かになっています。
> 
> 「本人の意思に反する」ものが強制連行だということになると、後から「本当は自
> 分は嫌だったんだ」
> 
> という抗弁を許し認定が困難になり妥当と思われません。それでは、日本の内地の売
> 春婦にも容易に強制連行事件が広がり収拾がつかなくなる可能性があります(たとえ
> ば、1930年代の農村の身売りを考えてみてください)。
> 
> い發従軍慰安婦騒動は終わりにすべき時期が来ているとおもいます。「強制」の定
> 義を拡大して元慰安婦に期待をもたせるようなことは、かえって罪作りなのではない
> でしょうか。私は「強制」の定義を拡大しようと考えている人が、どのような着地点
> を考えているのか疑問です。強制の定義の拡大を考えている人は、知らないうちに韓
> 国の反日のための反日運動に協力することになってしまうのではないでしょうか。
> 
>  
> 
>  私は、従軍慰安婦問題の専門家ではありませんが、
> 
> 私なりに勉強したことにもとづき書かせていただきました。
> 
>  諸氏の御検討をよろしくお願い申し上げます。
> 
>  
> 
> [私が参考にした文献]
> 
> *西岡力「矛盾だらけのお粗末調査」、「正論」2013年12月号
> 
> *阿比留瑠比「「慰安婦報告書」の嘘とデタラメ」
> 
> 「WiLL」2014年5月号
> 
> *秦郁彦「慰安婦と戦場の性」新潮選書
> 
>  
> 
> _____________________
> 
>                   以上
> 
>  
> 
>  
> 
>  
> 
>  
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>  
> 
>  
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>  
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