[CML 031047] IK改憲重要情報(53)

河内 謙策 kenkawauchi at nifty.com
2014年 4月 28日 (月) 18:16:25 JST


IK改憲重要情報(53)[2014年4月28日]

 私たちは、内外の改憲をめぐる動きと9条改憲反対運動についての情報を発信します。(この情報を重複して受け取られた方は失礼をお許しください。転載・転送は自由です。)
   
弁護士 市川守弘、弁護士 河内謙策

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(以下は河内個人の見解です。御了解ください。)

  従軍慰安婦問題の見解の補充(1)

 私は、「IK改憲重要情報(48)」で、私の従来の従軍慰安婦問題についての見解につき再検討の必要性を感じていると述べさせていただきました(私は、強制連行されて従軍慰安婦にされた韓国人女性が一切いなかったとは述べていません。誤解された方は、誤解をといていただきたいと思います)。
 私は、再検討をすべき根拠の一つとして、元従軍慰安婦といわれている人の供述に矛盾や不自然な陳述の変遷があることを述べさせていただきました。
 この元従軍慰安婦の人々の供述の問題点につき、以下のとおり補足させていただきたいと思います。少し長くなりますが、2回に分けて発信しますので、お許しください。

 まず、元従軍慰安婦の人の供述として何をとりあげるかが問題になりますが、1993年に日本政府が行なった聞き取り調査での元従軍慰安婦たち16人の供述を取り上げることとします。これは昨年10月16日付の産経新聞がスクープして初めて公になったものです。以下「新聞」と引用するのは、同新聞をさします。ただ、同新聞では、元従軍慰安婦の供述が要約されたかたちになっていますので、比較的全文に近い形が紹介されている「正論」2013年12月号110頁以下も参照することとします。単に「雑誌」という形で引用しているのは、同雑誌をさします。
 政府の聞き取り調査の対象になっている元従軍慰安婦は、日本政府が選定したものではありません。韓国政府が推薦したものです。このような韓国政府の推薦にのっかる調査のやり方には問題がありますが、とりあえずは問題にしません。自分の主張をうらづけるものとして証拠を提出する場合は、自分の主張を裏付けるベストエビデンスを提出するのが普通ですから、政府の調査報告書に記載されている元慰安婦の方の供述を問題にすることは意味があると考えたのです。

 韓国において従軍慰安婦問題を中心的にになってきた団体のひとつに韓国挺身隊問題対策協議会があります。この団体と安秉直氏(当時ソウル大学教授)らの研究者が元従軍慰安婦に対し聞き取りをおこなって1993年に出版された本があります。
「証言 強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち」という題で邦訳され、明石書店から出版されています。この本が「民間」から出版された本としては、もっとも価値が高いようです。以下「証言」というのは、この本をさします。
 この本で注意しなければならないのは、先の安氏が以下のように述べている点です。
「調査者を困らせたのは、証言者が意図的に事実を歪曲していると思われるケースだった。私たちは、このようなケースに対処するために、調査官一人ひとりが証言者との間に信頼関係を築くことによってそのような困難を克服しようと努力した。そうして大部分の場合は意図した成果を得ることができたが、どうしても調査を中断せざるを得ないケースもあった。こんな場合は、次の機会に再調査することを約束するしかなかった。」(証言7頁)
 したがって、「証言」に収録されていない元従軍慰安婦の供述は、価値が低いものと判断されます。

 もと従軍慰安婦たちは、1991年以降、日本の裁判所に提訴しましたので、必要に応じて、その「訴状」を参照することにします。

 以上、前置きが長くなりましたが、16人の方の「新聞」での供述を紹介し、一人ひとりの方の供述がその方の強制連行を裏付ける証拠になりうるかを、まず検討します。新聞による紹介の順序は、「名前、出身地など、生年月日」「供述内容」とします。(氏名については、とりあえず新聞のままを引用します)
 16人の方のそれぞれの検討が終わったのちに、16人の供述が全体として韓国人女性20万人強制連行説を裏付けることができるかどうかを検討することにします。(私は、従軍慰安婦問題が今日のような国際政治の問題になっている以上、韓国政府の主張が成り立つのかがまず問われなければならないと思います。強制連行による従軍慰安婦がどれだけいたのか、一切いなかったのかは次に来る問題だと考えています。従軍慰安婦問題が単なる学術的理論的問題でないことに十分注意をはらう必要があることを強調したいのです。)

 では、開始します。

*「金●● 全羅南道唐津郡 なし」
「18歳のとき、8月に巡査が朝鮮人男性と来て「1年だけ工場に働きにだす」と連れ出された。ラングーンの「軍人慰安所」で1日20人の軍人の相手をさせられた。金銭の授受は一切ない」
 生年月日が明らかにされていないのは、当時戸籍制度が完備していたことを考えると信用性を失わせます。また全羅南道には「唐津郡」は存在しません。こういう事実があっても、強制連行自体の問題でないと考える方もあるかも知りませんが、裁判ではこれ一発でアウトです。訴状では「自宅から憲兵が工場に行くと連行」とされているのとも異なります。「新聞」での供述は「証言」242頁以降とも異なります。
 したがって、裏付け調査をするまでもなく、この供述によって金さんが強制連行されたとは言えないと思います。

*「黄●● (明示的記述なし)1927年12月1日」
「15歳で養女に行き、19歳のとき、養い親に白い令状がきて義姉の代わりに行った。「きつりん駅」からトラックでひどく寒い場所に連れて行かれ、軍人たちの相手をさせられた。4年目の8月に解放された。」
 まず、出身地の供述がないのは問題です。
次に「白い令状」という話が疑問です。他に、これと似た話は全然出てきません。「証言」105頁では、「(班長)夫人が村を歩き回って「日本の軍需工場に三年の契約で仕事をしにいけばお金が儲かる、一家で少なくとも一人は行かなくてはならない」と暗に脅迫しました┄┄┄┄┄┄養母が困っているのを見て、私は自分が行くと養母に告げました」となっているので、黄の供述は疑問です。
 したがって、裏付け調査をするまでもなく、黄が強制連行されたということはできないと思います。

*「吉●● (明示的な記述なし)1924年12月7日」
「17歳の秋のころ、軍人2人に無理やり、車に乗せられた。熊本の大きな家で、1日平均5人の軍人の相手をさせられた。5年間いて、爆撃らしきもので誰もいなくなり、逃げた」
 出身地の陳述がないのは問題です。
 熊本には慰安所はありませんでした。私娼窟で働いたのと混同しているのと思われます。「証言」でも不採用になっています。
 したがって、裏付け調査をするまでもなく、これによっては、吉さんが強制連行されたということはできないと思います。

*「李●● (明示的な記述なし) なし」
「12歳のとき、巡査と韓国人通訳についていった。台湾に渡り、藤本という巡査宅で5年間家政婦をした後、山の慰安所で11カ月、その後高雄の特攻隊部署の慰安所で働いた。金は支給されなかった」
 出身地も生年月日も陳述がないことは問題です。「雑誌」113頁には、「刀をもった巡査と韓国人通訳がやってきて、「お父さんが探している」といわれたのでついていきました」となっているが、「証言」145頁では、「日本人一人とその手先らしい朝鮮人一人が、私たちのそばに近づいてきました」となっています。「藤本という巡査宅で5年間家政婦をしていた」というのですから、権力による強制連行といえるか疑問です。
台湾に軍慰安所はなかったといわれているので、私娼窟で働いていたのと慰安所を混同している可能性が大きいと思います。
 したがって、裏付け調査をするまでもなく、この供述だけでは強制連行を裏付けることはできないと思います。

*「白粉? (明示的な記述なし) 1926年3月23日」
「日本で親戚の手伝いをしていた。16歳のとき、洋服の男2人にジープに乗せられ、台湾で日本人と平壌出身の夫婦に引き渡された。客は昼が兵隊、夜は将校だった。昭和17年ごろマニラに連れて行かれ、その晩から客をとらされた。部隊についていろいろな所に行かされた」
 名前が一文字不明になっているのは問題です。出身地の記述もありません。「洋服の男二人」としか陳述されていませんし、連れて行かれたところも、「雑誌」114頁では、「普通の売春宿であったのかどうかわかりません」と言っているので強制連行とは言い難いケースです。
 「証言」では疑問があったためでしょう。彼女の陳述は収録されていません。
 したがって、裏付け調査をするまでもなく、彼女が強制連行されたという話は成り立たないとおもいます。

(以下、「IK改憲重要情報」(54)に続きます。)

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               以上
                








 



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