[CML 030987] イズラエル・シャミール:民族紛争の対極にある「ロシア世界」の新たな展開1

Yasuaki Matsumoto y_matsu29 at ybb.ne.jp
2014年 4月 23日 (水) 23:44:42 JST


みなさまへ    (BCCにて)松元

バルセロナの童子丸開さんが、ウクライナにかかわるイズラエル・シャミールの
論考を訳出紹介しています。右も左も目先の情報戦に引きずられ操られ ている
ときこそ、歴史の奥深くから事態を浮き彫りにする眼力が求められています。

・・・・・・・・・・以下、全文転
載・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
http://bcndoujimaru.web.fc2.com/fact-fiction/the_Confrontation_Moves_East_to_New_Russia.html
*ウクライナ:戦線は“ノヴォロシア”へ
民族紛争の対極にある「ロシア世界」の新たな展開
*
 今回は、*ウクラ イナのファシズム革命*
<http://bcndoujimaru.web.fc2.com/fact-fiction
/The_Brown_Revolution_in_Ukraine.html>(2014年2月28日アップ)に続
いてイズラエル・シャミールの作品をご紹介したい。原典は、
Crimea: Putin’s Triumph. Now the Confrontation Moves East to “New Russia”
Novo Rossia: The Eastern and Southeastern Mainland Provinces of Ukraine
http://www.globalresearch.ca/crimea-putins-triumph-now-the-confrontation-moves-east-to-new-russia/5374710
  この記事はクリミアのロシア併合が決定し東部ウクライナに戦線が拡大しつ
つある3月21日の日付であり、事態の展開を告げる情報としてはやや 古い。
しか し、人間が歴史的で多元的な視野を自分のものにしなければこの世界を破
滅に追いやりかねない現代という時代に、この著者の存在は最も貴重なも のの
一つにな るだろう。ユダヤ人としてロシアに生まれ育ち、イスラエルを経て
(日本にも在住したことがある)、現在は北欧に本拠地を持つイズラエル・シャ
ミールの、こ の広大なユーラシア大陸の内と外から、そして歴史のあらゆる時
点から、悠然と現代を見通す卓越した視点は、皮相で近視眼的、イデオロギーと
利 害得失の観点 からしかものを見ようとしない現在西側の支配的論調を打ち破
るための、大きなヒントを我々に与えてくれるのかもしれない。

 今回の拙訳(仮訳)についての私の考察は、本文訳文の後に*【翻訳後記】*
<mailbox:///C:/Users/Yasuaki/AppData/Roaming/Thunderbird/Profiles
/lzqve30l.default/Mail/ybbpop.mail.yahoo.co.jp
/Inbox?number=252614939#kouki>として掲げることにして、まずはシャミールの
文章に触れていただきたい。ただその前に、著者が本文の中で使っているいくつ
かの用語とその訳語について、若 干の説明をさせていただく。翻訳の専門家や
社会学、歴史学の専門家たちは異論をお持ちかもしれないが、さんざんに頭を悩
ませた結果であり、ど うかご容赦願 いたい。
●「ethno-nationalist」については「民族主義的ナショナリスト」と訳した。
nationalism、 nationalistの訳にはいつでも頭を悩ませる。「国家主義」「民
族主義」「国粋主義」「愛国主義」等々の様々な訳し方が可能だから だ。
nationは確かに「国家」と訳せるだろうが、この言葉は元々ラテン語の「出生」
の意味から来ており、スペイン語の「生まれる」という動詞 nacerは それと同
根だ。したがって民族や種族の意味でもつかわれる。「国家主義」は本来なら
statismあるいはestatismの訳語であるだろ うが、それは 制度としての国家で
あり、nationalismの持つ「ある人間にとって制度的・社会的にだけではなく心
情的・感覚的にも持っている所属の 認識」を失う だろう。そこで一般の日本語
訳ではこの幅広いニュアンスを持つ言葉を、英語の発音に準じて「ナショナリズ
ム」「ナショナリスト」とすることも 多い。私もそ れに倣うが、それに
「ethno-」という、これは明らかに血統的、種族的なつながりを持つグループを
思わせる言葉が接頭辞としてつけられて いるため、 「民族主義的ナショナリス
ト」と訳すことにしたわけである。なお単に「nationalist」とある場合には本
文の文脈から「民族主義者」 と訳した。
●次に「tribal」は「種族の」「種族的」と訳すことにした。「ethnic:民 族
の」よりももっと狭義の血族関係のニュアンスが強いと判断したからである。ま
た「ethnic Russians」などの言葉には「民族的な意味のロシア人」等と訳し
た。単に「ロシア民族」でもよかったのだろうが、こ の文章ではそんな単純な
言葉では捉えられない広大な「ロシア」が描かれているため、少し回りくどいが
このような表現にした。
● また「Russian World(world)」はシャミールの造語かもしれないがこれは単
純に「ロシア世界」と訳した。「ロシア」という膨大な多元性・多様性を内に含
み持つ (アメリカの多様性とは本質的に異なる)一つの世界(あるいは文明の
在り方)については、本文をお読みになってご理解いただきたい。
●最後に 「Ukrainian dialect」だが、これには困った。この訳文で私は「ウク
ライナの地方語」と訳している。言語学的にはウクライナ語をロシア語の「方
言」とは言えない だろう。どういう意味合いで著者が「dialect」という言葉を
使ったのかは不明だが、他の箇所(引用だが)では「Ukrainian(ウ クライナ
語)」という言葉を使っているので、ウクライナ語がロシア語の一部分であると
いう認識はしていないだろうと思う。またこれは*【翻訳後記】*
<mailbox:///C:/Users/Yasuaki/AppData/Roaming/Thunderbird/Profiles
/lzqve30l.default/Mail/ybbpop.mail.yahoo.co.jp
/Inbox?number=252614939#kouki>の中でスペインの言語事情と比較しながら述べ
ることにしたい。
*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 
 *  *  *  *  *  *

*クリミア:プーチンの勝利 …いま戦線は東部「ニューロシア」へ移る
**ノヴォロシア:ウクライナ本土の東部と南東部
*イズラエル・シャミール  Global Research, March 21, 2014

 こんな目を見張るような速さで物事が動いていくなど誰一人予想しなかった。
ロシア人たちは時をかせいだ。塀に腰をおろして見つめた。その間 に、茶シャ
ツならず者部隊がキエフを制圧し、米国国務省のヴィクトリア・ヌーランド女史
と仲間のヤツェニュック(ヤッツ/Yats/) はその素早い勝利をお互いの背を叩
いて祝福し合った。
 
 ロシア人たちが見つめている間に、大統領ヤヌコヴィッチは命からがらロシア
に逃れた。そして茶シャツ集団は南部のロシア語地域を脅迫するべ く移動し
た。牢獄から飛び出したばかりのムメ(/Mme/)・ティモシェンコがロシアとの
条約を無効にしてセヴァストポルの大 きな港からロシア黒海艦隊を放り出すと
誓う声に、ロシア人たちは耳を傾けた。

 新しい政府が東部地域を統治するために寡頭支配者どもを指名したときに、ロ
シア人たちは注意を払わなかった。彼らは、ウクライナの学校の子 供たちが
「ロシア人を太い枝に吊るせ」と歌うように命じられ、クリミアの反抗が平定さ
れるや否や寡頭支配知事の副官がロシア人不満分子を吊るすと誓約した
<https://www.facebook.com/borys.filatov/posts/603173516431216>ときですら
も、反応しようとしなかった。これらの恐ろしい事々が次々と現れてくる間、
プーチンは沈黙を守った。

  彼、プーチン氏は、実に冷静なやつだ。著者を含む誰もが、彼はウクライナ
の崩壊についてあまりにも無頓着だと考えた。彼は辛抱強く待った。ロ シア人
たちは ゆっくりとしたためらいがちな、ほとんど目立つことのない動きを少し
だけ行った。ロシア海軍は国際的な合意のおかげで(アメリカがバーレーン に
海兵隊基地 を持っているのと同様に)クリミアに基地を持ち、空港と道路封鎖
用のブロック、そしてクリミア武装部隊(自衛軍と呼ばれるが)のボランティア
による必要な 援助を与えられていたのだが、なりを潜めたままだった。クリミ
ア議会は自治権を主張し1か月以内に住民投票を行うと約束した。するといきな
り、ものすごい 速さで事態が動き始めたのだ!

 投票は3月16日の日曜日にまで前倒しで設定された。それが行われる前にも
う、クリミア議会はクリミアの 独立を宣言した。投票の結果は目を見張るよう
なものであった。投票者の96%がロシアへの編入に賛成したのだ。投票率は驚
くべき高さ、84% を超えていた のである。血統的なロシア人だけではなく、
民族的な意味のウクライナ人とタタール人さえもまた、ロシアとの再統合を支持
したわけである。同時 にロシアで行 われた投票で、国民の90%がクリミアと
の再統合を支持したことが明らかになった。リベラル派による恐怖感の押し売り
にもかかわらず(彼らは 「それは犠牲 があまりに大きく、制裁はロシア経済を
崩壊させ、アメリカはモスクワを爆撃するだろう」と言っていた)なのだ。

 その時になっても、専門 家と言論人の多数派は、状況が相当に長い期間変わ
らずにとどまるだろうと予想した。一部の者は、プーチンが、ちょうど2008
年のトビリシと の戦争の後で オセチアやアブクハジアに対してそうしたよう
に、最終的な状況を先延ばししながらも結果としてはクリミアの独立を認めるだ
ろうと考えた。他の 者たちは、特 にロシアのリベラルたちだが、プーチンがウ
クライナにあるロシアの資産を守るためにクリミアを明け渡すだろうと確信して
いた。

 しかし プーチンは次のロシアのことわざ通りのことををやってみせたのだ。
ロシア人は馬に鞍を置くために時間をかけるが、飛び乗るのは恐ろしく速い。
彼は月曜日 に、住民投票の結果を伝えるインクが乾かないうちに、クリミアの
独立を認めたのである。翌日の火曜日には、帝国時代の栄光を贅沢に復元したク
レムリン最大 の最も豪華で優雅な聖ゲオルギー国家ホールに、ロシアの上級閣
僚と議員の全員を集めて、クリミアの再統合の努力に対する承認を宣言した。彼
の 演説の直後に クリミアとロシアとの間で条約が調印され、クリミア半島は
1954年以前にそうであったように、ロシアに戻ってきた。その年には、共産
党指導 者だったフル シチョフがこの半島をウクライナ・ソヴィエト共和国に引
き渡してしまったのだ。

 これは集まった政治家たちと家庭でテレビ中継を見ている人々にとって、最大
級に意気揚々たるイベントだった。巨大な聖ゲオルギー・ホール は、プーチン
をかつて無かったほどに、ちょうどアメリカ議会がネタニヤフを称賛した
<http://www.jinsa.org/jinsa-reports/prime-minister-netanyahu-us-
congress>の と同じくらいの音量と力強さで、称えたのだった。ロシア人たちは
大いなる誇りを感じた。彼らは1991年の苦痛に満ちた敗北をいまだに覚えて
いる。そのと き彼らの国は引き裂かれたのだ。クリミアの奪還は彼らにとって
素晴らしい逆転だった。ロシアの国中で、とりわけ喜びに沸くクリミアで、その
栄 誉をたたえる 民衆の祭りが行われたのだった。

 歴史家たちはこの出来事を1870年に失われたクリミアに対するロシアの主
権回復に等しいと見なしてい る。クリミア戦争がロシアの敗北で終わったおよ
そ20年後のこの年に、勝ち誇るイギリスとフランスによってクリミアにおける
ロシアの権利への 厳しい制限が 押し付けられたのだ。今後は黒海艦隊は拡大し
再び自由に航行できるようになるだろう。ウクライナ人が海軍基地の施設を衰退
させバラクラヴァの 最新鋭の潜水 艦基地をめちゃくちゃにしたのだが、そこに
は潜在的な力がある。

 この喪失した巨大な土地を取り戻した嬉しさの一方で、敵を出し抜いたという
もう一つの喜びが加わった。アメリカのネオコンがウクライナでの クーデター
を準備し、この不幸な国に倒壊をもたらしたのだが、この解体劇の最初の具体的
な果実はロシアに行ってしまったのだ。

 このときに新しいユダヤ・ジョークが作りだされた。

   イスラエルの大統領ペレスがロシアの大統領に質問する。
         「ウラジミール、君はユダヤ人の祖先を持っているのかい?」
   プーチン 「いったい何でそう考えるんだ? シモン。」
   ペレス  「君はクリミアのロシアへの引き渡しでアメリカに50億ドル
を支払わせただろ。そりゃユダヤ人にとってさえずうずうしいもの だよ!」

 50億ドルはヴィクトリア・ヌーランドがウクライナの民主化(不安定化の意
味)のために支払ったと認めた金額を指している。プーチン大統領 は敗北の淵
から勝利を奪い取り、アメリカの支配は苦い後退を味わうこととなった。

 ロシア人たちは自国の国連大使ヴィタリィ・チュルキンがサマンサ・パワーの
ほとんど襲撃ともいえる行動を上手にあしらう様子
<http://www.dailymail.co.uk/news/article-2581882/US-v-Russia-clash-
diplomats-Americas-ambassador-UN-berates-Russian-counterpart-saying-
country-stood-actions-wrong.html>を 楽しんだ。このアイルランド生まれのア
メリカ代表は、年長の白髪交じりのロシア外交官に詰め寄り身体的な攻撃をかけ
ながら「ロシアは敗北した (注記:おそ らく1991年のことを指す)のだか
らその結果に我慢すべきだ…。ロシアはアメリカを核兵器で脅迫している」と告
げたのだが、その間チュルキ ンは彼女の手を 彼から離すように、そして口角泡
を飛ばすのをやめるように頼んだ。これはこの二人の間で起こった初めてのいさ
かいではない。1か月前にサマン サはプッ シー・ライオットの二人組を歓待
し、そしてチュルキンは彼女もそのグループに加わってコンサート・ツアーを行
うべきだと言ったのである。

  国連ネオコンのキエフ・クーデターでの役割は、二つの独立した暴露によっ
て明らかにされた。秀逸なマックス・ブルメンタールとラニア・カー レック
は、最近 数ヶ月間の反ロシアキャンペーン(ゲイの抗議、ウォールの件など)
は、ヴィクトリア・“ファックEU”・ヌーランドの亭主であるロバート・ ケー
ガン氏率い るシオニスト・ネオコンのPNAC(今はFPIと名を変えている
が)によって組織化されたものであることを明らかにした
<http://www.truthdig.com/report/page4/how_cold_war-
hungry_neocons_stage_managed_liz_wahls_resignation_20140319>。ネオコンど
も はどんな手段を使ってでもロシアをぶち壊そうと必死になっている様子だ。
一方でヨーロッパ人たちはそれよりはるかにフレキシブルである。(実 際に
は、アメリカ軍がいまだにヨーロッパに駐留しており、この旧大陸は望むほどに
は自由に行動できないわけだが。)

 次なる暴露は、ウクライナのシークレット・サービス(SBU)長官で大統領
と同じくロシアに逃れたアレクサンダー・ヤキメンコとのインタビュー
<http://www.kp.ru/daily/26208/3093561/>だっ た。ヤキメンコは現在の安全保
障のツァーであるアンドリィ・パルビィを、アメリカ人と取引したとして非難し
た。アメリカのそそのかしで、彼は 武器を配給し2,3時間の間に70人ほど
を殺した狙撃手を導き入れたのだ。彼らは抵抗者たちと同様に武装警察官達も殺
害した。

  合衆国ネオコンが主導したキエフでの陰謀はヤヌコヴィッチ大統領との合意
に到達しようとするヨーロッパの試みがその標的だったと、このSBU 長官は
語っ た。彼らはあらゆる点でほとんど合意できていたのだが、ヌーランド女史
はこの合意を脱線させようと願った。そこで彼女はそうしたのだ。何人か の狙
撃手の手 を借りて。

 これらの狙撃手はクリミアで再び使われた。一人の狙撃手が銃を撃ちウクライ
ナ人の兵士を殺した。クリミア自衛軍が彼らを追跡 し始めたときに、狙撃手は
彼らを狙って一人を殺し一人に傷を負わせた。これは同じパターンである。狙撃
手は応戦を挑発し、望むべくは撃ち合い を開始させる ために、使われるのだ。

*ノヴォロシア*

 クリミアは楽勝だったのだが、ロシア人たちは 目的達成からは遠く離れてい
る。いま、戦線はウクライナ本土の東部と南東部の地域に移動している。そこは
1917年の共産主義革命の以前には ノヴォロシア (ニューロシア)と呼ばれ
た場所なのだ。アレクサンドル・ソルジェーニツィンはその晩年に、レーニン以
前には決してウクライナに属したことの ない工業地域 によって、つまりロシア
語圏のノヴォロシアによってあまりにも多くの負担をかかえることからウクライ
ナの没落がやってくるだろうと予言した。 この予言が現 実のものとなっている
ようだ。

 そこでは誰が誰に対して戦っているのか。この紛争をロシア人とウクライナ人
という種族間のものと考えるの は大変な間違いだ。お人好しの老パット・ブ
キャナンは次のように言ってこの間違いをやらかした。「ウラジミール・プーチ
ンは血と大地、祭壇と 王座の民族主 義的ナショナリストで、自らをロシアの守
護神と見なし、イスラエル人たちが外国にいるユダヤ人を見るのと同じやり方
で、つまりその安全が自ら の正当な関心 事であるような人々として外国のロシ
ア人を見つめるのだ」と。これほどに真実からかけ離れたものはあるまい。これ
と対等に張り合えるのはたぶ ん、プーチン がロシア帝国を再建したがっている
というとんでもない主張くらいのものだろう。

 プーチンは帝国の建設者でも何でもない(ロシアの共産主 義者や民族主義者
にとっては実に残念なことだが)。彼の素早いクリミア奪還ですら、クリミアの
人々の強い意志によって、そしてキエフ政権の 騒々しい挑発に よって、そうせ
ざるをえなかった行動だったのだ。プーチンがそんな決断をしなくてもよいよう
に願っていたということを、私は確かな筋から聞い ている。しか しその決断を
したときに彼は行動した。

 民族主義的ナショナリストというブキャナンの非難は誤誘導するものですらあ
る。ロシアの民族主義 的ナショナリストこそプーチンの敵なのだ。それらはウ
クライナの民族主義的ナショナリストを支持し、モスクワの街頭デモでユダヤ人
リベラルと 一緒になって 行進する。民族主義的ナショナリストは、それがイギ
リス人にとって奇異なものであるのと同様に、ロシア人にとって奇異なものなの
だ。ウェール ズやスコット ランドの民族主義者に出会うことは期待できるのだ
が、しかしイングランドの民族主義者というのは不自然で奇妙である。イングラ
ンド防衛同盟 (the English Defence League)すらシオニスト・ユダヤ人に
よって作り上げられたものだ。同様に、ウクライナやベラルーシやコサックの民
族主義者を見つけることができて も、実際上はロシアの民族主義者など決して
見つけることはできない。

 プーチンは非-民族主義的ロシア世界の提唱者であり代弁者である。ロシア世
界とは何だろうか。

*ロシア世界*

  ロシア人は、モンゴル人やカレル人からユダヤ人やタタール人に至るまで
の、様々な背景を持つ多くの種族的な単位を抱えてその広大な宇宙に居住 して
いる。 1991年までは、彼らはより大きな土地(ソヴィエト連邦でありその
以前にはロシア帝国)に住んでいた。そこではロシア語が共通言語であり、 そ
の言語は大 部分の国民にとって日常言語だった。ロシア人たちは差別をせず成
果を一人占めしようとしなかったがゆえに、この巨大な帝国を蓄積できた(多く
の異なる土地 と人々を抱合できた)のである。ロシア人たちは驚くほどに、
ちっぽけな西ヨーロッパの国々では見当もつかないほどに、非-種族的なのだ
が、そ のことは、中 国の漢民族や青年トルコとアタチュルク以前のトルコ人た
ちのような東方帝国の人々にとっても同様だったのである。ロシア人たちはその
隣人たち を同化しよう とはしなかったが部分的に文化的な適応をさせ、彼らに
とってはロシアの言語と文化が世界に通じる出入り口となった。ロシア人たち
は、その多様 性を楽しむが ゆえに、自腹を切ってでも地方の文化を保護し支えた。

 1991年以前には、ロシア人たちは普遍主義的で人間主義的な世界観を推奨
した。 ナショナリズムは、何よりもまずロシア民族主義は、実質的に抑えつけ
られた。誰もその種族的な出自のゆえに迫害されたり差別されたりすること は
無かった (そう、ユダヤ人たちは不平を言ったが、しかし彼らはいつでも不平
を言うのだ)。それらのソヴィエト共和国の中ではいくつかの積極的に行われ
る差別があっ た。たとえばタジク人はタジク共和国の中で、ロシア人やユダヤ
人よりも優先的に医学を学ぶ権利を持っていた。そしてタジク人は党と政治家の
内 部での地位を より早く上ることが可能だった。その差が小さなものだったと
はいえ。

 1991年以後になって、この普遍主義的世界観は、ロシアとベラ ルーシを
除くすべての元ソヴィエト共和国の中で、教条主義的で民族主義的なナショナリ
ストの世界観によって攻撃を受けた。ロシアの中ではソ ヴィエトが廃止 された
のだがその普遍主義は残された。だが複数の共和国の中でロシア文化を持つ人々
は激しい差別にさらされた。しばしばその職場を解雇され、 最悪の事態に なる
と追放されるか殺された。それらの共和国で生まれた何百万ものロシア人が難民
となった。彼らといっしょに、「自分たち自身」の民族主義的 で教条的なも の
よりも普遍主義的な文化を好む何百万人の非-ロシア人たちもまた、ロシアへと
逃れた。それが、現在のロシアが膨大な数のアゼルバイジャン 人、アルメニア
人、グルジア人、タジク人、ラトビア人、そして多くの共和国から来た少数の民
族集団を抱えている理由である。元の国々では彼らの先祖たちが 代々暮らし、
そ してロシア語があらゆる非-民族主義権力の共通の土台となっていたのだ。

 もしイスラエルと比較したいというのなら、パット・ブキャナン がそうした
ようにだが、それはウクライナ、グルジア、ウズベキスタン、エストニアのよう
な共和国のことであり、それらは自分たちの「少数民 族」を差別し迫 害するイ
スラエル・モデルにまさしく従っているのである。一方でロシアは平等という西
ヨーロッパ・モデルに倣っているのだ。

(以下、2につづく)


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