[CML 030973] 台湾林義雄氏が第四原発の廃止を訴えて今日から無期限ハンガーストライキ(転載)

qurbys at yahoo.co.jp qurbys at yahoo.co.jp
2014年 4月 23日 (水) 00:52:30 JST


紅林進です。

日本の原発メーカーが輸出して、「日の丸原発」といわれる台湾の
第四原子力発電所(第四核能發電廠)の廃止と原発ゼロの実現を
訴えて台湾で林義雄氏が無期限ハンガーストライキに入ったとの
ことです。

台湾で四番目の原発として計画された、この第四原発は、直接の
受注元はゼネラル・エレクトリックですが、実際には一号機原子炉
が日立製作所、二号機原子炉が東芝、各発電機が三菱重工業と
いうように日本の原発メーカからの輸出による「日の丸原発」です。

首都台北にも近い台湾北部の人口密集地帯に作られようとしており、
地元住民による粘り強い反対運動と度重なる事故により、計画から
30年、建設開始から10年を超えてもなお完成していません。

台湾は日本列島同様地震地帯でもあります。

第四原発の建設に反対して、昨年、今年と10万人を超える大デモが
繰り広げられてきました。

No Nukes Asia ForumのMLからPARCのMLに転載されたものの再転載
ですが、以下転載させていただきます。


(以下転載)

細川です。 
NoNukes Asia ForumのMLからの転載です。
重複して御覧になる方、ごめんなさい。

亡くなったダン・ギンリンさんのお兄さんのダン・ウィジさんからのポストです。



Begin forwarded message:

差出人: 陳威志(Uichi) 
>件名: [nonuke 20539] 台湾林義雄氏が第四原発の廃止を訴えて
>今日から無期限ハンガーストライキ
>
>日時: 2014年4月22日 17:45:01 JST
>
> 
>みなさま
>
>台湾人留学生の陳威志(ダン、ウィジ)です
>
>サービス貿易協定の是非をめぐる市民運動が一旦終了して、
>台湾社会はしばらく落ち着くだろうと思ったら、また大変なことが起きました。
>最後の良心的な政治家・社会運動家といわれる林義雄氏は今日から、
>「第四原発の廃止、原発ゼロの実現」を訴えて、無期限ハンガー・ストライキ
>を始まりました。
>
>台湾はまだ戒厳令が敷かれた1979年に、林義雄氏は「美麗島事件」に関与
>した罪で投獄されました。
>しかし、1980年2月28日、林の母親と双子の娘が家で殺害され、長女が重傷
>を負うという「林宅血案」
>が発生しました。この事件はいまだに解決されないが、台湾社会ではそれが
>国民党の仕業と認識されます。
>同時代に、政府に反対する人々は何人か暗殺されましたから。
>
>90年代に、林は第四原発の廃止を訴えて、台湾全島を徒歩で一周する運動
>を三度行いました。
>同時に社会運動の人材を育成ために「慈林教育基金会」を設立しました。
>僕は、2001年と2002年にそのファウンデーションの主催するキャンプを参加
>しました。
>
>73歳になった林は無期限ハンガー・ストライキを行うと知って、悲しくて悔しく
>て涙が止まりません。
>
>ちなみに、林の家族が殺害された日は、1947年に起きた国民党による台湾
>市民を虐殺した「228事件」と同じ、2月28日です。もう言葉はありません。
>抑圧されてきた台湾人にとって、反抗・組織・運動はわれわれの「宿命」かも
>しれません。
>「夜明け」になるまで!!!
>わらず、権力者を感動させることができず。国民党は相変わらず、現在の台
>湾の住民そしてわれわれの子孫にとって、危険な第四原発を稼動させようと
>しています。」 
>
>
>ウィジ
>-- 
>
>
>見守っていただれば幸いです。
>
>林義雄專文〈台灣不該有核四〉
>http://www.stormmediagroup.com/opencms/news/detail/02effd60-c917-11e3-896c-ef2804cba5a1/?uuid=02effd60-c917-11e3-896c-ef2804cba5a1
>
>映像:https://www.youtube.com/watch?v=oMmqCqU1UzI
>林の話「私は非常に恥ずかしく思います。長い間運動をやってきたにもかか
細川弘明 拝  
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2012年8月4日(大阪)
「台湾 原発のいま」
陳炯霖(ダン・ギンリン)さん報告会の記録
台北の若い世代の新スタイル・アクションあれこれ
http://itacim.blogspot.jp/2012/08/nukemundo.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ギンリンさんは不慮の事故により2013年7月、帰らぬ人となりました。
快男児ギンリンのそれまでの大活躍、情熱と茶目っ気を兼ねそなえ、
人と人をつなぐ柔軟でセンスのよい姿勢、
これから果たしえたであろう大きな役割を想い、残念でなりません。
ご冥福をお祈りします。


CML メーリングリストの案内