[CML 030916] <テント日誌4月17日(木) 経産省前テントひろば950日目、商業用原発停止214日目>

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2014年 4月 20日 (日) 00:10:37 JST


(転送します)

テント日誌 4月17日(木)特別版
経産省前テントひろば950日目 商業用原発停止214日

【テント外伝・・・・7】 共同体の復権を巡って―山村貴輝

共同体の復権を目指す運動は過去から現在まで様々に試行錯誤している。そもそも、共同体とは何か、と言う根源的な問いはあるが、それについて明確な答えはない。だから、共同体と言う用語は好いように適当に使われている。例えば、村落共同体とか氏族共同体とか、あるいは家族共同体とかと言う具合に極めていい加減である。
これも一つの例だが、現在のような「家族」と言うものは1950年代になり、小家族制度(実は制度でも何でもないのだが)と言われる家族が作為的に作られた。その刷り込みが政治的になされており、近代・近世・中世・古代・原始‥社会にも恰も存在していたかのように喧伝されている。

しかし、つい最近まで現在のような家族と言うものはなかった。例えば、下村湖人の代表作である「次郎物語」に出てくる「2階の叔父さん」とは「長子相続」の大家父長制の枠内に組み込まれつつも、そこからはみ出した存在であり「軍に入隊」するか、「労働者・小作人として賃労働」に就くか、それができない場合「部屋住み」「厄介者」として「家に縛られる」存在であった。それが、実際に最近まで存在していたのだ。
また、そこにおける「家族」とは国家を支える基本的・基盤的システムであり、現在日帝安倍政権が「介護の面倒は家族で見る」と言う反動的な施策もこの中に包括的に取り込まれている。これについて結論的に言うならば、国家と言うものが擬制的共同体であり、それを支える家族と言うものも最小単位の擬制的共同体である。
これを、「愛情」だとか「義務」だとかで修飾しているにすぎず、さらに各種の宗教的理念でもって固定概念化そのものとして強化しているに過ぎないのだ。この擬制的大家族制と言うシステムは、〈本家〉と〈分家〉に分かれており、本家が主導する「封建的体制」であることも忘れてはいけない。これは、商売でも〈暖簾分け〉と言う形で適用されていたし、今なお存在している。

日帝安倍政権の反動性は、この擬制的共同体が恰も自然な共同体であり、人類が生きるために編み出したものだ、と言うペテン的な位置づけをしているところにある。さらにこの、擬制的共同体は「支配体制がそれぞれの時代に合わせて上から作り上げたもの」であることを意図的に隠蔽していることある。
例えば、おそらく「古代」から形を変えつつ最近まで維持されていた一定の集団において「子供の成長過程に準じた教育的共同体」である「子供集団」「青年集団」「女子集団」と言う「生活共同体の基礎的構造」の破壊と、それと裏腹に「国家支配による学校教育の強制」とも密接に関連しているのだ。

ここで問題とされるのは【「古代」から形を変えつつ最近まで維持されていた一定の集団において】と言うことだろう。これにはここで問題そのものを理論的に展開する余裕はないが以下の点を確認しておこう。

●人は群れで生活していた。それは〈バンド〉と呼ばれる人類の最小単位集団である。

●この、〈バンド〉は家族構成ではなく性差・年齢差における分割はあったし、集団を統括する統治的な権力的組織機能を有していた。その、権力的組織機能は「階層化社会」と認識してよい。

●また、その集団内における生業を分業で行うことも類人猿集団の観察から確認されており、人もまたそうだったと思われる。

●そして、その集団を維持するために強制的な「規範・規制」が機能しており、富の分配もこの「規範・規制」の枠内でなされた。したがって、それ自体が「無原則的平等社会=原始共産主義的社会」を否定することである。そして、この「集団社会」の維持は「規範・規制」と言う権力的なシステムにくわえて、「儀礼・儀式」と言うセレモニーが有効に機能していたのだ。

●だが、その一方でここで言う「集団社会」とは、その「集団社会」を外部の自然的・社会的脅威から防衛し、「集団生活を維持する」ための「集団的暴力を組織」していたことも強く指摘しておきたい。

●しかし、農耕・牧畜社会へ変化する時、階級社会へと変化して行くことで、今まで維持されてきた「集団社会」のシステムは、支配者階級により破壊・解体されるか、あるいは「見えにくい形で残存」して社会の基底構造になるのか、と言う選択を常に問われることになる。そして、それは現在に至る。

以上である。

また、日帝は1938年に「国家総動員法」を発動した。このことにより、列島内の全ての人が戸籍に縛りつけられた。台湾や半島の植民地でも適用されたが、列島内ほど徹底したものではなかった。つまり、それ以前に存在していた無宿人や浮浪者も形としては存在していないもの、とされたのだ。列島内に存在していた「山の民・川の民・海の民」も戸籍に入れられた。もちろん、彼らの文化も破壊された。国家総動員法自体は1945年の敗戦で、法律としては否定されたが一旦破壊された集団的紐帯や、文化的復権は困難である。しかし、それは決して不可能なことではない。

そしてそれは今私たちに強く問われており、原発事故と言う従来の擬制的な社会関係を内部から決定的に崩壊させると共に、人民に対して苦痛と犠牲を伴いつつ人間本来の「集団関係の復権」を求める闘いが開始されたのだ。その闘い自体が「復権を求める闘い」として意志的に共有はされてなくても、原発を取り囲む構造の解隊闘争とて開始されている。
如何にしてそこに、「復権に向けた可能性を見出すのか」このことが闘いのポイントであるのだ。私たちは絶望の淵に立ちながら(それ故に「絶望を希望」に変革して)、この人類の歴史を「前史と後史」に分ける壮大な展望をイメージしようではないか。また、喜んでこの闘いに踊り込んでいこうではないか。(この項続く) (2014.4.17)



4月23日(水)テント裁判第6回口頭弁論(14時〜15時)

13時東京地裁前抗議集会、4時第6回口頭弁論(103号法廷)、16時〜報告集会(参院会館講堂・村山智・人見やよい・河合弘之他) 
テント裁判も第6回目の口頭弁論に入ります。傍聴記などでお知らせの通り、5回目からは占有と占有人をめぐる問題に入ってきました。国側の選定した占有人は淵上太郎と正清太一の二人であるが、これがテントの実際とかけ離れたものであり、間違いであることは明瞭です。テントは多数の市民によって維持されてきたのです。多数の市民の維持によって2年半もおろか、3年近くになろうとしているのです。この事態を二人の占有に帰せしめようとする国側の方針との対決の局面に裁判は入ります。これまでの5回と変わらず、6回目の口頭弁論にも多くのみなさんの参加をお願いします。

5月7日(水)第8回東電本店合同抗議行動 18時30分〜東電前
 呼びかけ団体/経産省テント前ひろば たんぽぽ舎 76団体協賛



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