[CML 030624] 映画「チスル」済州島4・3事件

Yabuta Tohru ynntx at ybb.ne.jp
2014年 4月 3日 (木) 17:42:04 JST


藪田です。


今日は4月3日、桜が咲き誇って、芳しい季節である。今から65年以上前、日本は戦後の復興のまっさかりで、同様にあちこち桜が咲き誇り、「平和っていいな」と実感していた時期である。同じ時期、朝鮮半島では、アジア太平洋戦争後から、朝鮮戦争の間「済州島4・3事件」と「保導連盟事件」という凄惨な虐殺事件が起きていたのである。


このことは、韓国国内でも、沈黙をしいられて事件当時の第2世代、第3世代に語られてこなかった事件である。「済州島4・3事件」では、虐殺をおそれ、日本へ逃避してきた済州島の人々がかなりいたそうである。なんとも悲惨なことである。


殺す側の理由は「アカ」だから。もちろん、済州島の人々にとっては、「アカ」など言われてもなんのことかわからない。


TVで紹介されいた映画「チスル」の試写会では、実際済州島から逃避してきた高齢の女性が、「殺される理由などなかった。事件についてもっと知ってほしい」と訴えていた。監督は、父親が済州島から逃避してきたそうで、後になって知ったそうである。


「保導連盟事件」は、もっと大量の人々が、殺害されている事件であり、日本でちゃんと報道されたのは、2008年である。なぜ、このような事件が隠ぺいされるのか。当然だが、虐殺事件に直接関与した人間がまだ、多く生きていたからである。


さて、これは南で起きた事件である。ちょうど裏返しの事が、北でも起きたと推察せざる得ないが、それはわからない。


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http://www.u-picc.com/Jiseul/intro.html
映画「チスル」済州島4・3事件。
許されざる慟哭の歴史が、劇映画として初めて完成。


※人間環境学部 文化コミュニケーション学科
   教授 藤永 壯    FUJINAGA Takeshi / 1959年生 
http://www.dce.osaka-sandai.ac.jp/~funtak/papers/introduction.htm
序にかえて  ――済州島四・三事件と私たち――


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http://p.tl/_lRA

済州島四・三事件

済州島四・三事件(さいしゅうとうよんさんじけん)は、1948年4月3日に在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁支配下にある南朝鮮(現在の大韓民国)の済州島で起こった島民の蜂起にともない、南朝鮮国防警備隊、韓国軍、韓国警察、朝鮮半島本土の右翼青年団などが1954年9月21日までの期間に引き起こした一連の島民虐殺事件を指す[2]。
韓国政府側は事件に南朝鮮労働党が関与しているとして、政府軍・警察による粛清をおこない、島民の5人に1人にあたる6万人が虐殺された[3]。また、済州島の村々の70%が焼き尽くされた[3]。また、この事件は麗水順天の抗争の背景にもなった。

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http://p.tl/W0r3

保導連盟事件

保導連盟事件(ほどうれんめいじけん)とは、1950年6月25日の朝鮮戦争勃発を受けて、李承晩大統領の命令によって韓国国軍や韓国警察が共産主義からの転向者やその家族を再教育するための統制組織「国民保導連盟」の加盟者や収監中の政治犯や民間人など、少なくとも20万人あまりを大量虐殺した事件[1][2]。

2008年9月6日、TBSテレビ『報道特集NEXT』にて日本のテレビでは初めて大々的に保導連盟事件がとりあげられた。虐殺に加担した者や生還者が、共産主義者狩りの名の下で、イデオロギーとは全く関係のない者や2歳児までもが虐殺の対象となったことを証言した。また虐殺の場となったコバルト鉱山での遺骨の発掘調査の様子が放送され、犠牲者数20万人とも言われる虐殺の一端が明らかとなった。


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