[CML 026758] 「コンクリートから人へ」の失望

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2013年 9月 25日 (水) 17:32:51 JST


民主党の政権交代時のキャッチコピー「コンクリートから人へ」は絶大な支持を集めたが、多くの有権者の失望を招いた。有権者の怒りは明白であるが、民主党の受け止め方にはギャップがある。「中妻じょうたタウンカンファレンス すずかんさん、ぶっちゃけどうでした?&どうします?」での鈴木寛・元文部科学副大臣の発言は「コンクリートから人へ」が有権者も期待に応えられなかった背景と民主党再生のヒントを提示する。 

鈴木氏は政権交代時の民主党のキャッチコピー「コンクリートから人へ」の発案者とされる。鈴木氏は自分が文部科学副大臣をしていた時に文部科学省の予算が国土交通省の予算を上回ったとする。これを「コンクリートから人へ」の実績とする。同趣旨の発言は別の場所でも行っている。 

「政権交代によって、「コンクリートから人へ」のスローガンの下、これまでにない変化を起こしました。その一つに、文部科学省の予算額が国土交通省のそれを上回ったことが挙げられます。これは戦後日本の財政政策史に残る出来事と言えますが、この結果、社会保障関係費が16%増、文教及び科学振興費が6%増となり、一方、公共事業費が30%カットとなりました。」(鈴木寛「第1回 コンクリートから人へ ─ 卒近代という視点で見直すもの」学研教育総合研究所) 

福祉予算や教育予算が増えたことをもって「コンクリートから人へ」の成果とするならば(そのこと自体は意味あることとしても)、大型開発の中止は必須目標ではなくなる。大型開発が中止されなくても福祉予算や教育予算が確保できればいいとなる。悪く言えば文教族と建設族の予算の奪い合いである。 

開発問題の立場は「コンクリートから人へ」に対して不要不急で住環境や自然環境を破壊する大型開発の中止を期待した。そのために八ッ場ダムや築地市場移転問題などでの民主党の姿勢は失望と怒りを招いた。大型開発の中止は、青島幸男・東京都知事(当時)の世界都市博中止や田中康夫・長野県知事(当時)の脱ダム宣言のように、それ自体が意味のある政策である。開発中止を貫徹できないならば、民主党からの離反は当然の成り行きであった。 

「開発予算を福祉に回す」という主張ならば、日本共産党が徹底的に行っている(林田力『二子玉川ライズ反対運動10』「「コンクリートから人へ」の行方」)。各地で民主党が共産党の後塵を拝する結果となったことも理解できることである。 

一方で鈴木氏の発言には民主党再生のヒントがある。「施設主体ではなく、子ども主体で考える」との発言である。これを貫けば福祉や教育の拡充の主張が公務員労働運動の利益要求になりがちな革新政党と差別化できる。福祉や教育の中身を深めるべきである。 
http://hayariki.net/futako/41.htm
また、鈴木氏が民主党の存在意義として「自由・平等・博愛の中で博愛を重視する」と答えた点も意義深い。単に二大政党の中のリベラルな方という位置付けでは民主党に未来はない。もはや有権者は中途半端さには満足せず、ラディカルな方に流れるからである。 

民主党内には自由を重視する人も多いが、その方向に進むならば第三極と一緒になっての野党再編になる(林田力『東急不動産だまし売り裁判13選挙』「民主党の行方」)。旧社会党的な平等重視を期待する人々も多いが、それでは共産党より中途半端な政党として凋落を免れない(林田力『東急不動産だまし売り裁判16脱法ハーブ宣伝屋』「リベラル派の凋落と脱原発」)。 

これに対して博愛は平等重視の政党の硬直的な政策に代わり得る政策を提示できる可能性がある。それはブラック企業や貧困ビジネスなど現代日本の社会問題とも対峙できる価値である。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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