[CML 026666] 不良図書と呼ばれて 高橋ヨシキさん、斎藤環さん

BARA harumi-s at mars.dti.ne.jp
2013年 9月 21日 (土) 10:38:11 JST


新聞記事・
朝日新聞・
9月21日
http://digital.asahi.com/articles/TKY201309200598.html?ref=com_top_pickup
(耕論)不良図書と呼ばれて 高橋ヨシキさん、斎藤環さん

 過激な表現って何ですか。
それって誰が決めるんですか。
見せなきゃそれでいいんですか――。
松江市教育委員会の要請による「はだしのゲン」の閲覧制限は解かれたが、
解かれず残った疑問も多い。どう考えますか、あなたなら。


 ■「臭いものにフタ」よほど有害 デザイナー・ライター、高橋ヨシキさん

 「はだしのゲン」の描写は、問題があるどころかもっと残酷でも構わないと
思います。
おおっぴらに人を殺せる立場に置かれた時、人間はどうなるか。
野蛮で残虐なことを成し得る本性を「過激だ」なんて理由で隠そうとするのは、
人は排泄をしないと教えるのと同じくらい、愚かしく危険です。

 <ムラ社会の論理> 
だいたい、「過激な表現は子どもを傷つける」とか言ってますけど、子どもに
とって本当に有害なのはどっちなんだって話ですよ。
自分の思想信条と相いれない本だから気に食わない、図書館から撤去しろと
クレームをつける大人。
「臭いものにはフタ」とばかりに、納得のいく説明もせずに閲覧制限を「お願い」
する大人。
それに唯々諾々と従う大人。
そんな大人が形作る現在の日本社会のありようの方が、はるかに有害です。
そういう日本的なムラ社会の論理にはじかれ、傷つけられ、生きる世界を
狭められて、自ら命を絶つ子どもが大勢いるんだから。

 今、東京でのオリンピック開催を批判すると非国民扱いです。
ムラ祭りでみんな気持ちよくなっているんだから邪魔するな、邪魔すると
村八分だぞと。
もちろんそんなこと、言語化されませんよ。
言葉じゃなくて空気で人を動かす。
それがムラ社会ですから。
同調圧力というか相互監視というか、オリンピックであれだけ盛り上がって
いるのは、「みんな一緒」を確認せんがためでしょう。

 何にでも「国民的」をつけたがるのも、その一環です。
AKB48は「国民的アイドル」、宮崎駿監督作品は「国民的アニメ」。
宮崎監督が引退宣言すると「宮崎アニメ、あなたのベストは?」なんて聞いて回る。
国民なら見ていて当たり前ってことですか?
 冗談じゃないですよ。「国民的」にみんなが無批判に乗っかっていく風潮と、
そんなヌルい状況を揺さぶるような表現を「過激だ」といって排除したがる風潮は
コインの裏表で、それを支えているのは、本や映画を、「泣いた」「笑った」ではなく、 

「泣けた」「笑えた」と評するタイプの人たちです。

 彼らにとって表現は、自分が気持ちよくなるためのツールでしかない。
映画「美女と野獣」を見て「泣けた」とか言うわけですよ。
だけど自分が、野獣を「殺せ」と取り囲む側の人間かもしれないということには
想像が及ばない。

 リンカーンの偉大さに感動しても、自分が、奴隷制を支持して黒人を人間と
認めなかった大多数の側の人間だったかもしれないとは思わない。
ナチス政権下でもフランスの恐怖政治の時代でも、それに異を唱えた人の偉大さを
理解するためには、それ以外の人たちがいかに、いわゆる「凡庸な悪」に染まって
いったかを理解しなければなりません。
すぐれた表現とは、そういう多面的なものの見方を提示してくれるものです。
なのに、常に自分が気持ちよくなれる側の視点に立って、「泣けた」。

 やっぱりバブルの頃からですよ、こんな堕落が始まったのは。
広告会社主導で一連のうつろな映画やトレンディードラマが作られるようになり、
見る側も消費者化して、俺たちが気持ちよくなれるような「商品」をよこせという
考え方が浸透してくる。
その傾向は、その後の不景気に後押しされてどんどん強まりました。

 <低レベルな共犯> 
さらに、世間の意向を過度に忖度(そんたく)することで成り立っているテレビ局が
斜陽の映画業界に参入し、「製作委員会」方式で出資企業を集めて映画が作られる
ようになった結果、どこからもクレームがつかないことが最優先された、大人の
鑑賞に堪えない「お子様ランチ」のような作品だらけになってしまいました。
表現の質が下がれば観客のリテラシーが下がり、それがさらなる質の低下を招く。
お子様ランチを求める観客と、お子様ランチさえ出しておけば大丈夫とあぐらをかく
作り手。
そのレベルの低い共犯関係が社会にも染みだしてきた結果が、いまの「国民的」
ムラ社会なのでしょう。

 状況は絶望的です。
僕に言えるのは、せめて「多数派の論理」に振り回されないよう、「みんな一緒」を
確認し合う状況からは距離をおき……なんて、あまりに無意味で無力で、自分で
言ってて泣けてきますけど。

 (聞き手・高橋純子)

 たかはしヨシキ 69年生まれ。ホラー映画を中心に映画宣伝ビジュアルを担当。
「冷たい熱帯魚」の脚本を園子温監督と共に手がける。近著に「悪魔が憐(あわ)れむ歌」。

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 ■衝撃から立ち直る力こそ必要 精神科医・斎藤環さん

 俗に「トラウマ漫画」と呼ばれる作品があります、暴力や差別など人間の
暗部をテーマにしたり、それを表現するためにあえてショッキングな場面を
描いたりして、読者に強烈な印象を残す漫画のことで、「はだしのゲン」も
その一つに数えられることがあります。

 私自身、子どもの時に学校で「ゲン」を読んでショックを受けました。
原爆投下直後、大やけどを負った人々が、自らの皮膚を垂れ下がらせつつ、
さまよい歩く。
だが、絵としては漫画的に様式化、抽象化されています。
描かれた事実は残酷だが表現は控えめで、一定の配慮がされているとさえ
言えます。

 <究極の性善説> 
にもかかわらず、「ゲン」が今になって問題視されるのは、「刺激的な表現は
子どもの心に傷を残すから、極力見せるべきではない」という考えが世間で
強まっているからでしょう。
それと似ているのが「学校現場からいじめをゼロに」という主張です。
両者に共通するのは「子どもは純粋無垢な存在なので、できるだけ悪影響を
受けない無菌状態で育てさえすれば、まっすぐ育つ」という、究極の性善説です。

 しかし、現実には子どもたちを「無菌状態」に置くのは不可能だし、決して
望ましくもない。
いじめについて言えば、学校でいじめを体験せずに社会人になってから
初めて直面すれば、より大きなパニックに陥ったり、深く傷ついたりすることも
あるでしょう。
重要なのは、実態とかけ離れた「いじめゼロ」を目指すことではなく、いじめが
起きた時にどう対応し、子どもたちをどうケアするか、という実践的な
ノウハウを蓄積し、共有することのはずです。

 それと同様に、子どもを刺激的な表現から遠ざけることにばかり心を砕く
べきではありません。
むしろ、戦争や核兵器に対して本当の恐怖心を持つには、「ゲン」を読んだり
原爆資料館を訪れたりして、ある程度のショックを受けることも時には必要ではないか。 


  <物語が傷癒やす> 
衝撃的な体験がトラウマになってしまうのは、見聞きしたことを「わけの
分からない怖いもの」と認識してしまうからです。
現在のトラウマ治療では、衝撃的な体験について「実は、これこれこういうもの
だ」と解釈・説明し、本人が納得できる物語を与えることが、傷を癒やし、精神的
成長を促すことにもつながる、という考えが主流です。
刺激的な表現から守ろうとするだけでは、子どもの成長の機会を奪いかねません。

 「ゲン」についても、子どもたちの関心が高まっている今こそ、学校で積極的に
教材として取り上げて欲しい。
「ゲン」には、物理学者のアインシュタインが積極的に原爆開発に加担したかの
ように描くなど、事実と違う部分もあります。
「この漫画には偏りもあるが、全体としてはこんなメッセージがある」と教師自身が
解釈・説明し、読み方を教えればいい。

 ただし「事実を説明する物語を与える」ということは本質的に主観的な行為であり、 

「事実関係をありのままに伝える」という表面上の客観性とは両立しません。
トラウマを乗り越えられるほど説得力のある物語をつくるには、自らの価値観に
基づいて事実を取捨選択したり、特定の事実を強調したりすることが不可欠だから
です。
客観的な情報や両論併記が増えるほど、何を言いたいのかよく分からなくなり、
物語としては破綻(はたん)せざるを得ない。

 現代は主観的であることが難しい時代です。
微妙な問題について何の留保もなく意見を表明すると、すぐにネットなどでたた
かれる。
先の戦争をどう考えるか、という問題はその典型です。
松江市教育委員会が「ゲン」の閲覧を制限した主な理由も、旧日本軍の兵士が
中国人男性の首を切り落とす場面などがあったことでした。
実際に「ゲン」を学校で教えようとしても、周囲からの反発は避けられないでしょう。 


 だが、大人が保身のため中立的であろうとするあまり、子どもたちに物語を
与えるのをさぼってはいけない。
人が衝撃から自力で立ち直れるようになるには、自らの経験を物語として再構成
する力を身につけることこそが、必要だからです。

 (聞き手・太田啓之)

 さいとうたまき 61年生まれ。筑波大学教授。専門は引きこもりなど思春期・
青年期の精神病理学。近著に「世界が土曜の夜の夢なら」「原発依存の精神構造」。 



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