[CML 026605] 藤原紀香「特別秘密保護法案」パブコメ問題追伸

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2013年 9月 17日 (火) 18:04:55 JST


一昨日前記事を発信した後、以下のようなブログの記述に遭遇しました。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-667.html

      「蛇足ですが、藤原紀香さんがパブリックコメントを提出したことをブログで公開しています。大いに歓迎したいですね。
      他のアーティスト、芸能人も続いて欲しい。有名人は『メデイア』です。/これに対して、過去の都知事選での「裏切り」
      の過去から、「信用出来ない,評価できない」とするネット上の意見も(→一例)ありますが、「信用」の意味が分かりま
      せん。このあと彼女の意見が変化しようと,それはその時に再評価すればいいことです。それとも今回の彼女の行動
      が何らかの『陰謀』の一環だとでもいうのでしょうか?」(「ペガサス・ブログ版」 2013-09-15)

上記の意見の発出者は佐賀大学名誉教授(物理学)の豊島耕一さんです。豊島さんとは居住するところも福岡と大分で近いで
すし、あるメーリングリストでのメーリス仲間でもあります。また、一緒に酒を飲んだこともあります。豊島さんには私の意とする
ところを伝えておく必要を感じ、少しばかりの反論を認めました。

以下です。

      豊島さんのパブコメを参照して「特定秘密の保護に関する法律案」への反対意見を送信しておきました。

      しかし、そのことがここでの主題ではありません。

      豊島さんのパブコメを参照しようと思って「ペガサス・ブログ版」の「特定秘密保護法案パブリックコメント提出」という
      記事を読んでいると同記事の末尾のところで以下のような記述を見出しました。

            「蛇足ですが、藤原紀香さんがパブリックコメントを提出したことをブログで公開しています。大いに歓迎し
            たいですね。他のアーティスト,芸能人も続いて欲しい。有名人は『メデイア』です。/これに対して、過去
            の都知事選での「裏切り」の過去から、「信用出来ない,評価できない」とするネット上の意見も(→一例)
            ありますが、「信用」の意味が分かりません。このあと彼女の意見が変化しようと、それはその時に再評価
            すればいいことです。それとも今回の彼女の行動が何らかの「陰謀」の一環だとでもいうのでしょうか?」
            (「ペガサス・ブログ版」 2013-09-15)

      上記の「一例」には「kojitakenの日記」ブログの「藤原紀香? 俺は全く評価しないね」という記事が挙げられています。
      http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20130914/1379168145

      前日の深夜に私は上記の「kojitakenの日記」ブログの転載記事をいくつかのメーリングリストにも発信しておきました
      が、おそらくその記事への反論という意味合いを込めての記述でもあるのでしょう。

      そこで私も同記事の転載者として豊島さんのご意見に少し異論を述べておきます。

      私はkojitakenさんの意見の方に共感するものですが(だから、転載もしたのですが)、その理由の第一は、下記記事
      (末尾)でご紹介している比屋根照夫さん(琉球大学法文学部教授。日本政治思想史)の「言論人、知識人とは、過去
      ・現在・未来についての自己の言説に断固として社会的責任を持つ立場にある人間のことを指す」という言葉に共感
      するし、その言葉は「思想」というものの本質を穿っている言葉だとも思うからです(比屋根照夫「『沖縄イニシアティブ』
      を読む」)。
      http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-496.html

      ここでは自己の言説に責任を持つ者は「言論人、知識人」と特定されていますが、「有名人は『メデイア』」であるななら
      ば、有名芸能人もその影響度という点で一種の「言論人」とみなせるでしょうし、また、みなさなければならないことも多
      々あるでしょう。したがって、芸能人だからといって「言論人、知識人」と区別される理由はないはずです。したがってま
      た、芸能人もまた「過去・現在・未来についての自己の言説に断固として社会的責任を持つ」存在というべきだろう、と
      いうことです。

      第二に以下のような考え方が私にはあります。

      「保守、革新を問わず、私たちの国のひとびとの有名人好き、あるいは有名人病には呆れ果てるものがあって、この
      点において私は、いわゆるサヨクのひとびとの人物鑑識眼にも大いなる不信感を感じているのですが、ヘタをすれば、
      この勝間和代という人ももしかしたらサヨクの主催する講演の売れっ子講師にならないとも限らない(「内容・結論と精
      神医学の間に」何も関係がないのに、「何かの関係がある」ように言う香山リカはすでにサヨクの売れっ子講師的な存
      在になっています)。そういうおそれを私は感じているものですから、あえてどうでもよいような人物の話を話題にして
      いるしだいです。」(CML 003194)
      http://list.jca.apc.org/public/cml/2010-March/003140.html

      このような風潮を糾さなければ市民の自発的な発意による政治革新も難しいだろう(そうでなければ「エセ革新」に流
      される)と私は考えています。


東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/ 



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