[CML 026311] 『風立ちぬ』で思ったこと

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2013年 9月 4日 (水) 18:10:43 JST


 今上映中のアニメ映画『風立ちぬ』(宮崎駿監督)は、反戦映画なのか、戦争
賛美映画なのかとの論争が起こっています。

 『風立ちぬ』は、「5歳以下の子どもが見て喜ぶ映画をつくるのが僕の使命」
が口癖の宮崎監督にしては、きわめて異色の大人向けの作品です。しかも、魔法
も剣も使えない近眼の飛行機設計技師が主人公です。アニメではきわめて珍しい
主人公です。ヒット中の 『ONE PIECE』や『プリキュア』、『ポケモン』と比べ
たら異色さが際立ちます。
 
 この映画を論ずる点で踏まえて置かなければならないことがあります。
 
 この映画は利益追求を目的とした商業映画であることです。制作費用や上映費
用、宣伝費を速やかに回収し、儲けを得なければなりません。この映画を製作し
たスタジオジブリや親会社である徳間書店は営利企業です。カネ儲けをするため
に『風立ちぬ』を制作したのです。そのためには、とにかく映画館に足を運んで
もらわなければなりません。一人でも多く映画館に来てもらう映画でなければな
りません。アニメで「メシを喰う」ためです。

 その点で私があとになって「これは宣伝戦略だったかもしれない」と思ったの
が、スタジオジブリが発行している小冊子『熱風』2013年7月号の憲法改正特集で
した。憲法改正反対を名言した宮崎の発言を掲載したこの冊子は大きな話題とな
りました。期間限定でダウンロード配布されました。
 
 これを読んで、『風立ちぬ』に関心を持ち、観に行った人がいました。

「夢に忠実な人生」が、そんなに美しいのか?
http://www.labornetjp.org/news/2013/0727eiga
 
 この人はジブリの映画宣伝戦略にひっかかったと私は思いました。観に行くつ
もりがない人が、映画を観に行ったのです。そして低く評価する感想をウェブに
掲載した。これを読んだ人は、「ではどんな映画だろうか」と興味を持って観に
行くかもしれません。無料で映画を宣伝してくれたようなものです。

 感動しようが、反感を抱こうが、カネを払って観に行ってくれればいい。それ
が商業映画である『風立ちぬ』です。
  
 次に、この映画はあまりにもリアルに描いているので、主人公の堀越二郎を始
め登場人物や物語は史実であると思っている人がいるようです。

 しかし、この映画は、あくまでフィクションであり、『崖の上のポニョ』や
『千と千尋の神隠し』と同様のファンタジーです。そして、司馬遼太郎の歴史小
説と同質のフィクションです。

 東映動画労働組合の活動家であり、共産主義者であった宮崎監督は、マルクス
主義を放棄したあと、司馬遼太郎の歴史小説や随筆を熱心に読み、強い影響を受
けたと公言しています。彼は熱烈な司馬ファンです。

 没後も人気が高まる一方の司馬遼太郎は、膨大な資料を駆使して歴史小説を書
きました。臨場感ある描写によって、多くの読者は史実そのものだと思っていま
す。しかし、司馬が描く徳川家康や織田信長、秋山実之は司馬が創作した「架空
のキャラクター」です。作品中の家康や信長は、司馬の想像や思い入れによって
発言し行動するキャラクターです。あくまで小説です。厳格な史料批判によって
書かれた歴史書ではありません。

 司馬を尊敬している宮崎監督は「司馬遼太郎の歴史小説のようなアニメをつく
りたい」と考えていたのではないかと私は思います。それが、堀越二郎と、彼と
同時代を生きた小説家堀辰雄を合体させたキャラ「堀越二郎」を創作したのでは
ないでしょうか。
 『風立ちぬ』の「堀越二郎」は、実在の堀越二郎とは全く違う創作キャラです。

 「アニメ制作は駄菓子作りに過ぎない」と自嘲する宮崎監督は、物作りの職人
に強いあこがれを抱いていると指摘されたいます。宮崎監督が初めて本格的に関
わった長編アニメ『太陽の王子ホルスの大冒険』は鍛冶職人、ずっと後の『魔女
の宅急便』にはパン職人が描かれています。『紅の豚』は、手作業で飛行機を作
る光景を詳細に描いています。
 コンピューターがない時代、計算尺で設計をする「二郎」は宮崎が描きたい飛
行機作りの職人です。二郎が夢の中で出会うカプローニも、飛行機作りの職人で
す。現在のように機械が機械を作るのではなく、人間が機械を作る古き良き時代
へのオマージュとしてこの映画を作ったと思います。
 
 技術の面では文句のつけようはありません。キャラの動きはすばらしいもので
す。描くのに大変な手間がかかる群衆(モブ)シーンは手を抜くこと無く、詳細
に描いています。
 明治末期から大正、昭和初期の風俗はきわめて正確に描いています。男性は羽
織袴、女性は和服に島田髷の明治末期から、男女とも洋服になる昭和初期の変化
を的確に描いています。特に、映画の主要な時代である昭和は、画面から匂いを
感じるほど見事に描いています。鉄道車両の描写も正確です。今は消えてしまっ
た風景を余す所無く描いています。
 また、貧困や格差も描いています。それに対してどうすることもできない二郎
の途惑いの描写が良いです。

  さて、この映画は反戦映画なのか、戦争賛美映画なのかと言う議論に対して、
二回見た私は思いました。
 これは、悲劇の映画である、と。

 少なくとも、戦争賛美映画ではありません。在特会やヤクザ右翼が涙を流して
感動するものではありません。本当に賛美するなら、「堀越二郎」をもっと英雄
的に描く必要があります。
 
 また、反戦映画かと言えば、それは弱いと思いました。『はだしのゲン』のよ
うなストレートな反戦のメッセージはありません。
 「二郎」は戦争に対する反省や後悔の言葉は一言も発していません。

 悲劇というのは、美しい飛行機を作りたいと夢を抱き続け、それに邁進し、繰
り返される失敗を乗り越えて、ついに世界水準においついた飛行機を完成させた
技師の努力の結果が、ガレキと死体の山だったという無残な結末にならざるを得
なかったことです。
 そして商業映画としての限界があることです。
 宮崎監督はもっと言いたいことがあったと思いますが、それ以上言うと客は来
ないと封じたところがあったのではないでしょうか。

 なお、この映画の最大の欠落は、関東大震災の朝鮮人虐殺事件を全く描かなか
ったことです。この事件を描かなかったことで、「日本人はたぐいまれなる勤勉
さで震災復興を成し遂げた」となってしまいました。これは批判すべきです。
 
坂井貴司
福岡県
E-Mail:donko at ac.csf.ne.jp
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「郵政民営化は構造改革の本丸」(小泉純一郎前首相)
その現実がここに書かれています・
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