[CML 026253] シリア情勢(1) 坂井定雄さん(龍谷大学名誉教授・元共同通信ベイルート特派員)の「シリアへの介入は遅すぎたが、やるべきだ ―大量虐殺と国土の破壊を続けるアサド政権」という論攷をどう見るか

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2013年 9月 2日 (月) 19:26:55 JST


龍谷大学名誉教授で元共同通信ベイルート特派員の経験を持つ坂井定雄さんがインターネット紙の「リベラル21」に「シリアへの
介入は遅すぎたが、やるべきだ――大量虐殺と国土の破壊を続けるアサド政権 」(2013.09.02付)という論攷を寄せられています。
http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-2504.html

坂井さんはその記事の中で次のように主張しています。

      「米国のシリア攻撃は遅れているが、オバマ政権はやるだろう。その間にも、シリアでは航空機、戦車はじめ軍の兵器を
      (おそらく化学兵器も)総動員した市民の虐殺と街や村の破壊が続き、難民は増え続ける。国際社会は、もっと早く、軍
      事介入を含め最大限に積極介入し、シリア軍による市民の虐殺に歯止めをかける努力をすべきだった。国連安保理が
      常任理事国の拒否権で動けないときにも、軍事力を含む人道的介入(オバマ大統領はこの言葉を避けているが)をしな
      ければならないケースがあるはずだ。今回のシリアのケースは、それに相当する、深刻な人道危機だと思う。」

      「米国のイラク戦争の場合とは違う。イラク戦争は、大統領とネオ・コン(右翼的な新保守主義者)が支配したブッシュ政
      権が、軍と軍事産業界にも押されて強行した、中東での覇権とイラクの石油を握るための帝国主義的戦争だった。だか
      ら、世界中に「No!War for Oil」の抗議デモが拡がり、わたしも、できる限り「米国のイラク戦争反対」を戦った。いま、
      この、最も重要な違いに触れずに、まるで米国のメディアのコピーのような報道をしている、日本の新聞やテレビは情け
      ない。」

      「わたしは、1973年から76年まで共同通信のベイルート特派員をして以来、中東の独裁政権を見続けてきた。イラン
      のパーレヴィ、イラクのフセイン、リビアのカダフィ、エジプトのムバラク・・・。その中で、シリアのハフェズ、バッシャール
      親子2代にわたるアサド独裁政権は際立って残虐だ。」

さらに坂井さんは以下のような理由をあげて「アサド独裁政権の際立った残虐性」を指摘しています。

      「人口2,112万人のこの国でこれまでに、国連によると死者10万人以上。その8割~9割が政府軍の空爆、戦車と重
      火器による砲撃による犠牲者だと推定される。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)に登録した国外難民だけで17
      0万人、うち隣接するレバノン、ヨルダン、トルコに逃げて登録した人だけで166万人を超え、今日も増え続けている。
      それ以外に、もう一つの隣国イラクや中東諸国、欧州にまで避難した多数の人たちがいる。国内難民も100万人以上
      いて、難民の全体数は「数百万人」と国連は推定している。この一人、一人が、家族の命を失い、あるいはひどく傷つき、
      家庭を壊され、家を捨てて国外難民になった。これが、きわめて異常な、残酷な現実なのだ。」

      「なぜこんなことになったのか。その理由は何よりも、シリアの政府=アサド政権が、航空機と戦車をはじめ軍の兵器を
      総動員して、国民を攻撃し、大量に殺害するからだ。(略)一部の地区が反政府勢力の支配下に入ると、政府軍はその
      全域を航空機で爆撃し、戦車や野砲で砲撃する。だから、反政府武装勢力の戦闘員だけでなく、すべての住民が、女
      も男も、子供も大人も、イスラム教徒もキリスト教徒も、区別なしに犠牲になる。しかも、いつ自分の住む町や村が、反
      政府勢力の支配下になり、あるいはそれを疑われて政府軍の無差別攻撃を受けるのかわからない。おそらく首都ダマ
      スカスの中心部以外では、安全な人は誰もいない。このため、これだけ多くの人々が、国外に逃れる。」

だから、坂井さんの結論は、「大量虐殺と国土の破壊を続けるアサド政権」にピリオドを打つためには「シリアへの介入は遅すぎ
たが、やるべきだ」ということになるようです。

坂井さんのご懸念はまっとうすぎるほどまっとうなものだ、と私も思います。しかし、坂井名誉教授のご指摘はたしかにまっとうで
はあるけれども、それにもかかわらず、私にとって2点ほど留保するべき点があるように思えます。

第1点はシリア情勢をどう見るか、という点にかかわる問題です。

坂井さんと同じようにやはりシリア情勢に詳しい田原牧さん(東京新聞「こちら特報部」デスク。フリーランスのジャーナリスト時代
の1987年に内戦中のレバノンを取材中にスパイ容疑でシリアの秘密警察に逮捕され処刑されそうになった経験を持ち、東京
新聞入社後も中日新聞カイロ特派員を務める)はシリア情勢を次のように見ています(下記の引用は1年前に書かれたものの
抜粋ですが、シリア情勢をどう見るかという基本認識のメソッドでは1年の時間差などたいした問題にはなりえないでしょう)。

      「(ジャーナリストの山本美香さんの殺害事件に関連して)記者を狙う非道なシリア軍」を非難するのは分かる。しかし、
      反政府派も政府系の放送局(アフバリーヤなど)を爆破し、死傷者が出ている。政府系の記者も反政府派の部隊に
      誘拐されている。実際、「国境なき記者団」は、それに抗議している。ところが、そのことは無視される。」

      「シリアには四半世紀行き来してきた。現地の友人たち(シリア人、パレスチナ人)の大半は昔からのアサド嫌いだ。
      その友人たちの多くが、最近は政府軍を非難しない。最大の理由はいまの段階で現体制が倒れれば、サダム・フセ
      イン体制が倒された後の凄惨なイラクの二の舞になると考えているからだ。イラクでもフセイン政権が倒れた直後は、
      現地では歓喜の声が溢れた。それから二年ほどが経ち、爆弾テロが猛威を振るい始めた。現地では「サダムの時代
      の方がましだった」という嘆きばかりを聞かされた。」

      「シリアの対立は、巷間言われる「権力を握る少数派のアラウィー派と多数派のスンナ派の宗派対立」ではない。たと
      えば、知人の事務所で働く十数人の従業員の半数はアラウィー派だが、その全員が現政権に批判的だ(ただし、批
      判的=親自由シリア軍ではない)。逆に長らく政権と緊張関係にあったスンナ派宗教機関の番頭役の知人は「アサド
      がよくないのは当然だが、スンナ派過激派の台頭はもっと危険だ」と、いまは政権側を支持している。」

      「生粋の反政府派の友人は最近、首都郊外タルでの戦闘のニュースを聞くや、こうなじった。(略)「騒いでいるのはこ
      れまでアフマルのお膝元で、さんざんいい思いをしてきた連中だ。奴らは反対派のふりをしているだけで、実はギャン
      グ同士の抗争みたいなもんだ。」

      「アサド政権は擁護しない。しかし、反政府派諸派の大半も信用しないし、支持しない。そもそも、情勢は地域での代
      理戦争(シーア派と湾岸のスンナ派)の様相を濃くしている。双方の合間で息を潜める市民たち(友人たちも含む)の
      身を案じている。あえて、それを立場と呼ぶなら、それが私のスタンスだ。それはアラブ人の友人たちとも、ほぼ一致
      する立場でもある。」(田原牧『インナーの論理』上・下)
      http://www.the-journal.jp/contents/maki/2012/09/post_11.html#more
      http://www.the-journal.jp/contents/maki/2012/09/post_12.html#more

坂井さんは「アサド独裁政権の際立った残虐性」を問題視するあまり、政府軍と反政府派がそれぞれ問題性を抱えながら相対
峙しているというシリア情勢のシリアスな局面をいささか見損なっているように思われます。

坂井さんの論の第2点目の問題は、「シリア政府の化学兵器の使用」を口実にした米英仏のシリアへの軍事介入は、国際法を
無視した不正義の軍事介入にほかならないという「国際正義」の追求の視点を欠如させた論であるということです。

化学兵器の使用は、化学兵器禁止条約が明確に禁じる「国際法の重大な違反」(潘基文国連事務総長)ですが、国連調査団
が調査を進めている現状での一方的な軍事介入、すなわち、「シリア政府の化学兵器の使用」の真偽が明らかになっていない
段階での軍事介入には正当性はありません。また、国連安保理決議なしの軍事介入にも正当性を見出すことはできません。
正当性のない軍事介入は、大量破壊兵器を口実にした米軍のイラク攻撃や「民族浄化」の防止を掲げた北大西洋条約機構
(NATO)によるセルビア攻撃にその端的な例を見出すことができるようにその国の主権を侵害し多大な人的物的被害をもた
らすだけでなく、長期にわたる地域の不安定化や宗派対立など重大な否定的影響を惹起させるだけです。

坂井さんの論にはこうした「法の支配」による「国際正義」の追求という視点が皆無です。こういうことでは、米英仏の軍事力に
よってアサド独裁政権を打倒することが仮にできたとしても、真のシリアの安寧と「国際正義」を実現することは到底不可能と
指摘しておかなければならないでしょう。田原牧さんは「シリアには四半世紀行き来してきた」経験として、現地の友人たち(シ
リア人、パレスチナ人)の「いまの段階で現体制が倒れれば、サダム・フセイン体制が倒された後の凄惨なイラクの二の舞に
なる」という悲痛な声を伝えています。「イラクでもフセイン政権が倒れた直後は、現地では歓喜の声が溢れた。それから二年
ほどが経ち、爆弾テロが猛威を振るい始めた。現地では「サダムの時代の方がましだった」という嘆きばかりを聞かされた」、
とも。



東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/ 



CML メーリングリストの案内