[CML 027295] もうひとつの問題提起 ――井上達夫さん(法哲学者)の「護憲」「改憲」両派の「自己欺瞞」の説への異議申し立てとしての「9条削除」論

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2013年 10月 28日 (月) 14:34:22 JST


井上達夫さん(東大教授・法哲学者)が「護憲」「改憲」両派それぞれの「自己欺瞞」の説への異議申し立てとしての「9条削除」論を
提唱しています(朝日新聞 2013年10月26日)。井上さんの指摘する「憲法をめぐっては、護憲、改憲両派が互いを批判する声ばか
りが耳に残り、『型通りの話』を超えた思考はなかなか深まらない。なぜか。自分の都合の良いところだけ憲法を『つまみ食い』する
両派はともに、自己欺瞞(ぎまん)にとらわれている」という問題提起はそのとおりだと私も思いますが、その問題提起がどうして「9
条削除」論につながりうるのか?
http://digital.asahi.com/articles/TKY201310250587.html?ref=pcviewer

井上さんのこの考え方は、井上さんが立憲主義を「立憲主義の基本は公正な民主的政治競争の条件と基本的人権、特に被差別
少数者の人権の保障で」あり、「安全保障問題は、政治という闘技場の中で争われるべきことで、闘技場の外枠である憲法で規定
すべきでは」ないと規定するところから生じる独自のコンセプションだと思いますが、「安全保障問題」を果たして「立憲主義」の「枠
外」の課題として「20世紀(前半)解釈」的に解釈することは正しいことか? 
「安全保障問題」も「平和的生存権」という立派な「人権
保障の課題」といいうるのではなかったのか? それが先の大戦後に国際的にも提言、定立(日本国憲法)されてきた21世紀的課
題というべきものではない(なかった)のか、という疑問は残りますが、「9条削除」論の前提となる井上さんの問題認識、問題提起
そのものは私にもよくわかります。これもよく考えてみたい問題提起です。いま、「これも」と書きましたが、このエントリは「2つの問
題提起 ――秘密保護法制定反対官邸前集会問題と大江健三郎らチシキジンの憲法改悪反対賛同呼びかけへの異議」の続きとし
て書いているものです。以下、井上達夫さん(法哲学者)の「護憲」「改憲」両派の「自己欺瞞」の説への異議申し立てとしての「9条
削除」論。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-693.html

■(今こそ政治を話そう)あえて、9条削除論 法哲学者・井上達夫さん(朝日新聞
2013年10月26日)
http://digital.asahi.com/articles/TKY201310250587.html?ref=pcviewer

(記事本文はすでにBARAさんが投稿されていますので省略します。上記URLをご参照ください。)


東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/



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