[CML 027256] 文化こそ戦争を滅ぼす いま顧みたい金森徳次郎の憲法論

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2013年 10月 25日 (金) 20:49:20 JST


新聞記事
朝日新聞・名古屋本社/夕刊
9月23日

文化こそ戦争を滅ぼす いま顧みたい金森徳次郎の憲法論
鈴木正(日本思想史家)
すずき・ただし1928年名古屋市生まれ。
名古屋経済大学名誉教授。
『憲法を愛していますかー金森徳次郎憲法論集』を編集・解説。
今月、『戦後思想史の探究』(平凡社)を刊行。

平和提唱へ「文一道」の精神
律義なねばりで制定へ導く

11月3日の「文化の日」は日本国憲法の公布日にちなんでいる。
敗戦から昭和21(1946)年11月3日にいたる国の変化は新日本の「創世記」
にあたる。
そういえば私たちは日本国憲法を長く「新憲法」と読んで慣れ親しんできた。

その生みの親ともいえる第1次吉田内閣の憲法担当国務大臣・金森徳次郎
には、日本の侵略戦争を深く反省して語った「文化をして戦争を滅ぼす」と
いう名言がある。
「今回の憲法は、あらゆる未練な考えをすてて一直線に真剣に、日本は世界
平和を提唱するために、自ら戦争を放棄し、しかも、その戦争放棄の実行面を
確保するために、武力をもたないこと、交戦権を有せざることを宣言した」。
それは有史以来はじめての、世界に誇るべき「歴史的な日本の大乗的活動」
だと誇らしく語っている。
そして、戦争放棄は正しいが、世界の諸国が従前通りなら、日本だけでは
意味をなさないという議論に対し、「正しいことを行うのに、ひとより先に着手
すれば損をするという考え方をもつならば、永久にその正しいことは実現されない」
「その困難な第一主張の役割を日本が買って出たわけである」と説いた。
1950年代末に憲法第九条の改正議論がわき起こった時には改めてこう
書いた。
「われわれは侵略戦争はやらない(第一項)。
自衛戦は理論上出来るのだが、戦力を持たないし、交戦権を持たないのだから、
実際非常にやりにくい。
つまり日本が平和国家たるの事実を挙げる保障が発生するのだ」

金森は明治19(1886)年に名古屋で生まれ、一高・東大法科を卒業したエリート
官僚だ。
戦前に法制局長官となった。
だが、天皇の権力を絶対視せず、内閣や議会とともに政治を行う最高機関だ
とする憲法論が災いして退官し、戦争中、晴耕雨読の暮らしに耐えた苦難の
日々を経験した。
だから、金森には戦争遂行のために思想弾圧を強行した権力にたいする
怒りがあり、文化の独立を否定するのは「人類そのものに対する反逆」とまで
断罪した。
昭和22年に書いた「国会論」では、主権在民を人類普遍の原理とみて、
それが憲法の上にあるとした。
「われわれが権力に従うというも、権力に反抗するというも、要するに自分の
意思の命ずるところだ」というシンプルな考えには、抵抗権・革命権が公然と
出ているではないか。
これほどリベラルな思想を持つ金森が請われて憲法担当大臣となり、制定
まで百日を超す期間中、千数百回も答弁に立った。
ときには一回の答弁が一時間半を超えたという。
名古屋人らしい律義なねばりで憲法の出産を助けた功績は大きい。
ソクラテスは街頭で人びとと議論をかわして道義に目覚めさせる産婆役を
果たしたといわれている。
戦後に新しい憲法が生まれたことによってアジアの国々は、かつての
侵略者日本に対し寛容になった。
昨今、日本の首相が8月15日の戦争を反省する催しでアジアの人びとに
迷惑をかけたという言葉を削り、集団的自衛権の行使を可能にすることを
目指すという。
再び近隣諸国から疑いの眼で見られている。
侵略戦争を深く反省し、戦争放棄を「美しい企て」だとみて、文武両道の
伝統を捨て「文一道」でいいとまでいいきった金森。
その理想は、いま一度、顧みるに値するであろう。 



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