[CML 027148] 『いちえふ』掲載への疑念

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2013年 10月 19日 (土) 16:09:37 JST


竜田一人『いちえふ 福島第一原子力発電所案内記』は福島第一原発事故収束作業員のルポマンガとして注目を集めたが、その思想性には見過ごせない面がある。作者は脱原発運動に反感を抱く。作者の反感は脱原発そのものではなく、放射脳カルトに対するものである。放射脳カルトへの嫌悪感は市民感覚と合致する。脱原発運動は内部者だけの独善に陥らず、外の意見・感覚に耳を傾ける必要がある。脱原発運動には反省すべき点が多々ある。 

しかし、作者が現在の事故収束体制を擁護する側に回っていることは見過ごせない。これは批判的に受け止めなければならない。現場の立場として口だけ出す外野に反発を抱くことは当然であるが、それは事故収束体制上層部に向けられてもおかしくない。むしろ、その方が自然である。 

逆に現場の作業員が、それほど脱原発運動の存在を意識するものだろうか不思議である。東急不動産だまし売り被害者としてマンション建設反対運動に携わった経験から、現場作業員にインパクトを与えていると考えるほど反対運動にうぬぼれることはできない。二子玉川ライズでは完全に住民無視で工事を進めている(林田力『二子玉川ライズ反対運動』「二子玉川住民が再開発を意見交換」)。 

本来は虐げられ、搾取されている人々が体制の末端に連なることを誇りとし、体制を擁護する側に回ってしまう。作者の思想を現場の末端の人間が普通に思うこととする見方もある。その種の現状分析を否定するつもりはないが、それを好ましい傾向と思うか、悪い傾向と思うかは別の問題である。 

作者のような傾向に対抗する思想は現代日本ではブラック企業批判や反貧困になる。ブラック企業批判が盛り上がっている中では後進的である。ブラック企業批判もブラック企業で「普通」のことを批判することから始まる。東急ハンズでは心斎橋店員が90時間の残業で過労死したが、これに対して「俺は100時間以上も残業したが、ピンピンしている」などの社蓄自慢がなされる。そのようなブラック企業の「普通」を打ち砕くことが出発点である(『東急不動産係長脅迫電話逮捕事件』「東急ハンズ過労死裁判とブラック企業自慢」)。 
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『いちえふ』が現在の事故収束体制を擁護する内容になっているために、この種の作品を掲載する出版社の意図にも疑念が生じる。純粋に『いちえふ』のような作品を掲載することは出版社にとってハードルが高い。内容の真実性が担保されなければ掲載にはリスクがある。 

極端なことを言えば作者が本当に作業員であったかも分からない。『いちえふ』は作業員が作業場所に入るまでは具体的に描かれているが、具体的な作業内容や、それが事故収束にどのように機能しているかは分からない。 

また、『いちえふ』は東京電力発表の嘘も指摘している。週刊誌報道の嘘を明らかにする中で東京電力発表にも嘘があったと指摘するものである。全体的には東京電力擁護のトーンになっているが、それでも東京電力発表が嘘であると指摘している。これを、そのまま掲載することは勇気のいることである。 
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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