[CML 026912] 『風立ちぬ』サナトリウム文学とのギャップ

hayariki.net info at hayariki.net
2013年 10月 5日 (土) 16:34:27 JST


スタジオジブリのアニメ映画『風立ちぬ』はゼロ戦の設計者・堀越二郎と作家の堀辰雄をモデルとして、戦前の日本で飛行機作りに情熱を傾けた青年の姿を描く。 

『風立ちぬ』のタイトルは堀辰雄の小説そのものである。そのためにサナトリウム文学の印象を抱くことは当然である。実際にヒロインは結核を患っている。しかし、映画はサナトリウム文学の設定を利用しながら、サナトリウム文学の対極に位置する。 

サナトリウム文学の特徴である長期に渡る療養生活、それを看とる配偶者という要素は映画にはない。反対に自分が美しいところだけ好きな人に見てもらいたい結核患者の思いが説明される。これは不健康な状態を認めず、パッと咲いてバッと散るという危険な思想にも通じる。重病人や他人のお荷物になる人間は生きる価値がないという危険な思想にもつながる。 

結核は難病であったが、すぐに亡くなる訳ではない。サナトリウム文学には長い療養生活の中で、ゆったりした時間が流れていた。それは患者本人だけでなく、付き添う婚約者や家族にも当てはまる。現代人からは信じられないような、ゆったりした時間である。そのゆったりした時間の中でサナトリウム文学という豊かな文学が生まれた。 

単純に昔の方が良かったと言うつもりはない。長い療養生活を送れた人は恵まれた人であっただろう。それでもサナトリウム文学の豊かさを踏まえると、「親の介護は地獄だ」という言葉がまかり通る現代日本の貧困を強く実感する。ところが、映画の主人公は仕事中毒である。ヒロインも自分の美しい時だけ一緒にいたいという発想である。病気に寄り添い、死に寄り添うという思想がない。サナトリウム文学の良さを破壊した映画である。 
http://hayariki.net/futako/51.htm
-- 
林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
Illegal Drug Advertiser (The Suit TOKYU Land Corporation Fraud) eBook: Hayashida Riki: Amazon.it: Kindle Store
http://www.amazon.it/dp/B00FDNCZDO


CML メーリングリストの案内