[CML 026871] 【仲良くしようぜ!】

泥憲和 n.doro at himesou.jp
2013年 10月 2日 (水) 17:01:51 JST


【仲良くしようぜ!】

 ツイッターに朝鮮関係のことを書いたら、たちまちネトウヨがわらわらと寄り集い、粘着してきた。
 そこで連続ツイートしたので、少し編集して転載する。

 「悪虐な日帝に搾り取られた」という朝鮮側の認識。
 「朝鮮のためになることをした」という日本側の認識。
 ここには深い溝がある。
 どちらの言い分にも根拠がある。 

 が、独立国を植民地にしたのだから日本の言い訳は通らない。
 学業普及、産業振興、農業開発、そんなことはどこの植民地でもあったことだ。
 自慢になるわけがない。

 国立アジア歴史資料センター「大正2年朝鮮総督府統計要覧」による。
 韓国を併合した明治42年〜44年にかけての2年間で、
 国有地が約2倍に、東洋拓殖会社の所有地が9.7倍に増えている。
 併合前はゼロだったのだ。
 これでも土地収奪がなかったという人の顔が見たいものだ

 国立アジア歴史資料センターの資料から。
 日本は土地改革で土地登記を義務づけた。
 登記されなかった土地は所有者のない土地だとされた。
 そういう土地は国有化して、日本人地主に払い下げている。
 登記は個人名義で行う。
 先祖代々の村の土地は共有地だった。
 誰の物でもないという観念から登記しなかった。
 ら、いつのまにか国有地になっていた。
 払い下げられた日本人がやってきて、ここは自分の土地だ、小作料を払うか、払わないなら出て行けといった。
 農民が拒むと裁判を起こした。
 裁判官は日本人だった。
 そして農民が負けた。

 朝鮮の農業経営が不合理だったのは、事実だ。
 中間搾取者が沢山いて、国庫に納めるべき収穫を私物化していた。
 これが李朝の税収を阻害していた。 

 だから土地改革が必要だったのは間違いない。
 日本は中間部分を廃止して合理化した。
 だが、小作料を減らしたわけではない。
 地主の利益が上がり、税収が増えただけだ。

 小作契約は先祖代々の口約束だった。
 日本は書面化を義務づけた。
 法律で契約を三年更新とした。
 まるで派遣社員みたいなものだ。 

 小作農の身分は不安定となり、契約解除されて流浪する農民が相次いだ。
 小規模農民の没落は、彼らの消費をあてにしていた小商人の没落を招いた。
 日本の炭坑に職を求めてやってきた人たちは、こういう人たちだった。
 日本政府は、その渡来を自由意思によるものとしている。

 併合後、日本は全国の耕地を測量した。
 すると隠し田が見つかり、耕地が一挙に1.7倍になったという伝説がある。
 納税逃れのために、地方の両班(ヤンバン)が隠していたのだと。
 耕地面積すら測れない技術レベルの朝鮮、収税もろくに出来ない朝鮮、
 朝鮮は腐敗して停滞していた。
 だから併合は朝鮮を近代化したのだという。
 国立アジア歴史研で「土地測量事業報告書」の現物を読んだ。
 すると、日本が測量したはずの耕地は、李朝末期、併合の2年前に李朝が日本の技術援助で測量した数字だった。
 そのように日本の担当者の手で書かれていた。
 未完の報告書が、最終的にまとまったのが併合後だったにすぎない。
 進展していた朝鮮の改革。
 それを外部から遮断したのが併合だった

 イザベラ・バードがソウルを汚らしい都市だと報告しているという伝説がある。
 彼女は朝鮮を4度訪問しており、ネトウヨはその1度目の箇所だけを引用する。
 後の訪問では、見違えるばかりに変貌を遂げつつある美しいソウルを描いているのだが。
 (「朝鮮紀行」講談社学術文庫)

◇◇【補足】◇◇

第1回目訪問 1894年 
 「道は牛がすれ違えないほど細く迷路のようであり、家から出た汚物によって悪臭が酷い」
 「ソウルこそこの世で一番不潔な町」
 「ソウルの悪臭こそこの世で一番ひどいにおいだ」
 「都会であり首都であるにしては、そのお粗末さは実に形容しがたい」

第2回目訪問 1897年
 「ソウルの多くの区域が、なかでも特に《南大門》と《西大門》の付近が文字どおり変貌していた。」
 「両わきに石積みの深い運河があり、石橋のかかった、狭いところでも幅55フィートの大通りは、かつてコレラの温床となった不潔な路地のあったところである。」
 「狭かった通路は広げられ、どろどろの汚水が流れていたみぞは舗装され、道路はもはやごみの独壇場でなく、自転車が広くてでこぼこのない通りを「すっ飛ばして」いく。」
 「正面にガラスをはめこんだ店舗は何軒も建っているし、通りにごみを捨てるのを禁止する規則も強化されている。」
 「ごみや汚物は役所の雇った掃除夫が市内から除去し、不潔さでならぶもののなかったソウルは、いまや極東でいちばん清潔な都市に変わろうとしている!」

◇◇◇◇

 明治維新に学び、朝鮮で改革が始まっていた。
 アジアで最初の市電は京都だ。
 二番目はソウルだ。
 朝鮮は自律的改革で近代化に向かっていた。
 その発展を力ずくで断ち切ったのが併合だ。
 日本よりも長い文明史と高度な文化を誇る朝鮮。
 しかし李朝500年を経て、制度疲労していた。
 日本はその混乱期につけこんで支配したのだ。
 誇れるか、これを?

 日朝の歴史は長い。
 これからも長く続く。
 東アジアの二強国がいがみ合って得するのは誰だ?
 「朝鮮の所分(処分のこと)は、その初め既に誤る。
 如何ぞその終りを宜しく成さん」(勝海舟「氷川清話」)。
 勝の予言は半世紀も経ずに成就したのだった。

 「朝鮮といえば、半亡国だとか、貧弱国だとか軽べつするけれども
 …しかし朝鮮をばかにするのも、ただ近来のことだよ。
 昔は、日本文明の種子は、みな朝鮮から輸入したのだからのう。
 特に土木事業などは、ことごとく朝鮮人に教わったのだ」
 (勝海舟「氷川清話」)

 勝海舟は江戸時代の教養の人だよ。 

 こんな人にいまさら説教されるほど、ネトウヨは劣化しているわけだ。
 進歩がないね。
 朝鮮人は、普通の人だ。
 日本人と同じ、普通の人だ。
 えらい所もあれば、ダメなところもある。
 互いに尊敬すればうまくいくし、見下げれば怒る。
 当然だ。
 仲良くしようぜ! 



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