[CML 024338] 遅れた追悼 ――伊藤律(日本の被占領期の日本共産党政治局員)について(私の「覚え書き」)

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2013年 5月 19日 (日) 19:46:36 JST


■2013.05.19 遅れた追悼 ――伊藤律(日本の被占領期の日本共産党政治局員)について(私の「覚え書き」)
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-date-20130519.html

伊藤律という人は私にとっては長い間、日本の被占領期の日本共産党政治局員というよりも、「革命を売る男」(松本清張)、「生きて
いるユダ」(尾崎秀樹)というものでした。また、GHQによる追放令で1951年に中国に密出国し一時北京機関の一員となった後、同
地で消息不明、非業の死を遂げた人ということでしかありませんでした。

だから、伊藤律の「生きている」ことを伝える1980年7月31日の時事通信の報道には驚きました。そして、同年9月3日、伊藤律は
新聞の報道のとおり29年ぶりに「生きて」成田空港に帰国しました。帰国時は伊藤は67歳で車椅子に乗っていました。

伊藤の帰国後、私は改めて『日本共産党の五十年』史(当時としては一番新しい党史)を読んでみました。その五十年史にはやはり
「伊藤はスパイである」旨の記述がありました。渡部富哉著の『偽りの烙印―伊藤律・スパイ説の崩壊』(五月書房、1993年)という本
も読んでみました。同著によって私ははじめて「伊藤スパイ」説は誤りではないか、と考えるようになりました。渡部氏が指摘する「伊
藤スパイ」説の誤りを私なりにですがひとつひとつ検証していくと渡部氏の説を首肯せざるをえなかったからです。しかし、私は、この
問題についてそれ以上考えることはしませんでした。

それからさらに20年が経ちました。2013年4月15日付けの時事通信に下記のような記事が掲載されました。

      ■伊藤律スパイ説に注釈=「日本の黒い霧」否定証言-文芸春秋(時事通信 2013年4月15日)
      http://www.jiji.com/jc/zc?k=201304/2013041500861

       松本清張が「日本の黒い霧」(1961年出版)で、元日本共産党幹部の伊藤律をスパイだったとした記述について、出版
      元の文芸春秋が「否定する証言がある」との注釈を入れる方向で検討していることが15日、同社などへの取材で分かった。
      伊藤の遺族らは「スパイ説は近年の研究などでも否定されており、名誉回復の大きな一歩だ」と評価している。

       この作品では、太平洋戦争開戦直前の1941年に旧ソ連スパイのリヒャルト・ゾルゲや、元新聞記者の尾崎秀実らが逮
      捕された「ゾルゲ事件」について、伊藤がグループの情報を警察当局に提供した疑いがあるなどと指摘されていた。

同様の記事は東京新聞(同年4月21日)、共同通信(同年4月27日)、朝日新聞(同年4月28日)、NHKなどのマスメディア、また週刊
ポスト(同年4月19日号)などの週刊誌メディアにもありました。

そのうち東京新聞(同年4月21日)と週刊ポスト(同年4月19日号)の記事が詳しいので下記に転載しておきます。

      ■「日本の黒い霧」スパイ説に断り書き 伊藤律遺族「文春側の訂正」(東京新聞 2013年4月21日)
      http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2013042102000121.html

       作家の松本清張が代表作「日本の黒い霧」で、共産党元幹部の伊藤律を特高警察のスパイだったなどと記述しているこ
      とについて、遺族から誤りだと指摘された発行元の文芸春秋が、異例の断り書きを入れることが、遺族側への取材で分か
      った。遺族側は事実上の訂正とみて評価している。 (森本智之)

       作品は、戦後の混乱期に起きた事件の謎を追う全十三話のノンフィクション。一九六〇年に月刊文芸春秋で連載された。
      この中では伊藤が日米開戦前夜、日本で活動するソ連のスパイを、特高に密告した疑いがあるなどと記述されている。ド
      イツ人のゾルゲら二人が死刑となり「ゾルゲ事件」として知られる。

       この説は戦後の米国側の公表が基になった。元特高関係者に認める証言もあり、清張の作品などを通じて定説化した。
      伊藤は共産党から除名処分を受け、渡航先の中国で二十七年間投獄。八〇年に帰国したが、九年後に死亡した。

       生前、一貫して事件への関与を否定したことから、没後に知人らが「名誉を回復する会」を結成。ソ連崩壊による新資料
      の流出などで研究が進み、特高内で捜査幹部が「事件の検挙全体が伊藤の口一つから出たかと言うと絶対にそうではな
      い」と語った議事録なども見つかった。伊藤スパイ説は「共産党の内部対立をあおるため当局が仕組んだ」との見方が強
      まっていた。

       遺族側は二月、文芸春秋に出版差し止めを求め、同社は今月、文庫版に二ページ程度の断り書きを入れると説明。遺
      族側に提示した断り書きでは、資料の乏しかった執筆当時の時代背景を説明し「現在から見れば伊藤氏が戦前戦後の政
      治情勢、共産党内部の対立の中で運命を翻弄(ほんろう)されたことは明らかです」としている。次男の淳さん(66)は「今
      年は父が生まれて百年、党の除名から六十年。大きな一歩になった」と述べた。

      ■松本清張『日本の黒い霧』 関係者遺族抗議で読めなくなる?(週刊ポスト 2013年4月19日号)
      http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130414-00000009-pseven-soci

       新たな資料の発見で歴史の定説が覆るのは、現代史においても例外ではない。誰もが知る有名作家の「傑作」に、書き
      換えを迫られるという事態が起きている。

       作家・松本清張(1909-1992)といえば『砂の器』『点と線』などの推理小説で知られる国民作家だが、近現代史に取り組ん
      だノンフィクション作品も有名だ。その代表作が『日本の黒い霧』である。 


       同作は下山事件や帝銀事件、松川事件など戦後日本で起きた迷宮入りの怪事件を題材とし、その背後にある米国の謀
      略に切り込んだ全13話の作品だ。月刊『文藝春秋』に1960年1月から12月まで連載された後、翌1961年に単行本化されて
      版を重ね、現在は文春文庫に上下巻で収められている。

       そんな「傑作」をめぐって起きた騒動の原因は「革命を売る男・伊藤律」と題された第6話だ。主人公・伊藤律(1913-1989)
      の遺族が、「全くの無根拠と憶測で当局のスパイであったかのように記述されている」として、伊藤律の名誉回復と遺族の
      精神的苦痛を除去するために第6話の出版を取りやめるように、文藝春秋に申し入れたのだ。

       松本清張は『日本の黒い霧』の中で、日本共産党政治局員だった伊藤律が1941年に警察の取り調べで供述した内容が
      ゾルゲ事件(*注)発覚の糸口になったと記述。つまり伊藤は権力のスパイとなって“仲間を売った”とされているのだが、
      遺族側は「信憑性の低い資料に依拠している」と反論。その他、逮捕歴の誤りや時系列の矛盾など、数々の事実誤認が
      あると指摘している。

       伊藤は1951年に中国に亡命したが、1953年に党を除名されると中国の監獄に投獄され、27年間幽閉された。その間、
      死亡説が流れるも1980年に奇跡の帰国を果たし、「(ゾルゲ事件で処刑された)尾崎を売るようなことをした憶えはない」と
      発言。9年後にその生涯を閉じた“悲劇の革命家”だ。

       近年、「伊藤律スパイ説」を否定する新たな資料が発見されたことも遺族側を後押ししている。

       一橋大学名誉教授の加藤哲郎氏は、2007年に米国国立公文書館が機密解除した資料の中から、川合貞吉という人物
      に関するファイルを見つけた。その資料から、川合がGHQ直属の謀略組織「キャノン機関」から月に2万円をもらって日本
      の共産主義者の情報やゾルゲ事件の情報を米国に売っていたスパイだったことが明らかになった。この川合こそ、松本
      清張が依拠した資料の執筆者だったという。

      「今でこそ日本の資料と外国の公文書を突き合わせて本格的な検証ができますが、松本清張が執筆した当時は一面的な
      資料に頼らざるを得なかったのでしょう」(加藤氏)

       気になるのは『日本の黒い霧』の今後だ。同作は1話ごとに独立した構成であるが、13話がまとまってひとつの作品となっ
      ている。遺族側が主張するように、第6話だけ削除するにも出版社の判断では難しく、著作権者である松本清張の遺族の
      了解が必要となる。

       伊藤の遺族側は「交渉の経緯は4月15日に開く記者会見で明らかにします」(伊藤律の名誉回復する会代表・渡部富哉
      氏)と回答。

       一方の文春側は「『日本の黒い霧』は、戦後史の謎を解明する上で、極めて貴重な視点を提示した名著です。ご指摘に
      対しては対応を誠実に検討し、話し合いを続けている最中であり、現時点でコメントは差し控えさせていただきます」(文藝
      春秋出版総局長・村上和宏氏)と答えた。
 
       いずれにしても、歴史の真実が明らかにされる解決を望みたい。

      【*注】ソ連のスパイ組織が日本国内で諜報活動を行なっていたとして、1941年から1942年にかけてその構成員が逮捕さ
      れた。リーダーであるリヒャルト・ゾルゲと元朝日新聞記者の尾崎秀実が死刑にされた。

また、この間の伊藤律に関する報道の一件資料を政治学者の加藤哲郎さんがPDFにしてまとめられています。その資料のURLも
示しておきます。
http://members.jcom.home.ne.jp/katote//kuroikiri.pdf

私は故・伊藤律氏をこれまでの長い間、「革命を売る男」「生きているユダ」とみなしてきたことについて深くお詫びしたいと思います。
しかし、伊藤にとってのなによりの供養は、彼が正の意味でも負の意味でも全生涯を費やした日本共産党がこれまでの「伊藤スパ
イ」説の誤りを明確に認めて彼と彼の遺族に謝罪することであろうと思います。

おそらく伊藤は中国での獄中生活27年などいろいろあったにしても、戦前の日本共産党の指導者のひとりであった市川正一(元
読売新聞記者)が検挙後の法廷陳述で高らかに述べたように「日本共産党員となった時代が、自分の真の時代、真の生活である」
(『日本共産党闘争小史』 1932年 非合法出版)と思いながら76歳の生涯を閉じたでしょうから。共産党は伊藤のその思いに応え
なければならないのです。以上、「覚え書き」として記しておきます。


東本高志@大分
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