[CML 023395] 「小沢一郎氏は『集団的自衛権行使』否定論者だ」というある左翼・小沢擁護論者の論を論駁する

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2013年 3月 26日 (火) 22:06:14 JST


■「小沢一郎氏は『集団的自衛権行使』否定論者だ」というある左翼・小沢擁護論者の論を論駁する(弊ブログ 2013.03.26)
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-544.html

「小沢氏は保守系ではあるが、資質的には驚くほどリベラルな政治家」、あるいは「小沢氏は『対米独立派』であることからアメリカの
圧力によって逮捕された」、「西松建設事件と陸山会事件は、この国の中枢に巣くう従米派の謀略組織が企画し、実行した歴史的な
大冤罪事件である」、また「小沢氏は『集団的自衛権行使』否定論者である」などいまだに根拠もなく、また誤った根拠で小沢氏擁護
論を展開する人たち(それも左翼系小沢擁護論者とでもいうべき人たち)がいます。

「小沢氏は『対米独立派』である」という左翼系小沢擁護論者の主張についてはあるメーリングリストで憲法研究者の上脇博之さん
が完膚なきまでにその主張の破綻を衝いていましたので近いうちに同氏のブログなどでその論破の内容は公開されることがあるか
もしれません。

私はやはりあるメーリングリストでその左翼系小沢擁護論者の主張のうち「小沢氏は『集団的自衛権行使』否定論者である」という
主張のみそうした主張は成り立たない旨正しました。以下、その私のある左翼系小沢擁護論者に向けた反論のみご紹介させてい
ただこうと思います。ある左翼系小沢擁護論者の名義は便宜上Aさんとしておきます。 



     Aさん wrote:
     小沢氏は、「集団的自衛権行使」肯定論者ではないはずです。小沢氏のこの問題についての立場は少し複雑で・・・ 小沢
     氏は、国連決議が無い軍事行動を「集団的自衛権行使」と考えるのです。

Aさん。小沢氏が「集団的自衛権行使」肯定論者であるかどうかについて一点だけ介入しておきます(その他の問題は論点を錯綜
させないためにも控えておきます)。

小沢氏が代表を務めていた「国民の生活が第一」が2012年9月に発表した「基本政策 検討案」の「外交安全保障に係わる政策
」の困裡魁崋衛権の行使に係る原理原則の制定」には次にように記されています。

     「我が国の平和と安全を直接的に脅かす急迫不正の侵害を受けた場合には、憲法9条に則り武力を行使する。国連憲章
     上の自然権とされ我が国が国際法上も保有している集団的自衛権については、国民の意思に基づき立法府においてそ
     の行使の是非に係る原理原則を広く議論し制定する。原理原則の制定なくして、その行使はしない。原理原則は安全保障
     基本法に定める。」
     http://on.fb.me/Y2OnZp

上記は、安全保障基本法で原理原則を決めれば、集団的自衛権の行使を容認していいという立場の表明です。小沢氏は「生活が
第一」の代表なのですから上記の「生活が第一」の立場はすなわち小沢氏の集団的自衛権に関する立場の表明とみなしてさしつか
えないでしょう。小沢氏は「集団的自衛権行使」肯定論者です。

さらに小沢氏は2009年の衆院選前に行われた毎日新聞の「えらぼーと」に対する回答でも「集団的自衛権の行使を禁じた政府の
憲法解釈を見直すべきだと考えますか。」という問いに対して「見直すべきだ」と回答しています。小沢氏が「集団的自衛権行使」肯
定論者であることはここでも明らかです。

*上記の毎日新聞の「えらぼーと」の回答はリンク切れになっていいますので、「きまぐれな日々」の下記記事から小沢氏の回答を
示しておきます。下記記事は小沢一郎の回答を菅直人と対比させて掲載しているものですが、もちろん、小沢氏の「えらぼーと」の
回答をそのまま掲載しています。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1103.html

Aさんの「小沢氏は、『集団的自衛権行使』肯定論者ではないはずです」というご主張は、国連決議と「集団的自衛権行使」に関する
小沢氏の見解を検討するまでもなく誤まっています。このことは上記の例示だけでも判断できるものです。

以上の私の反論に対してAさんは小沢一郎氏のウェブサイトに掲載されている「永田町を驚愕させる『原則四項目』 小沢一郎×横
路孝弘 民主党の両極、ここに安全保障論で合意する」(「月刊現代」2月号 2003.12.17) 
  という対談記事と「小沢一郎さんと安全
保障などについて合意」という横路孝弘氏の文章を紹介した上で左記の「小沢氏と横路氏の対談を読んで頂ければ、誤解が解け
ると思います」という反論をしてきました。

小沢一郎ウエッブサイト
http://ozawa-ichiro.jp/massmedia/2003/03.12.17.htm
横 路 孝 弘
http://www.yokomichi.com/monthly_message/2004.03.19.htm

以下はそのAさんの反論に対する私の再反論です。

私のメールに対するあなたの返信で一番の問題点は私が前回のメールで提示したふたつの例示を完全に無視した上で相変わら
ず独自の「小沢氏『集団的自衛権行使』否定論者」論を展開していることです。

小沢氏は前回例示しているよう2009年の衆院選前に行われた毎日新聞の「えらぼーと」に対する回答で自らの言葉ではっきり
と「(集団的自衛権の行使を禁じた政府の憲法解釈は)見直すべきだ」と述べています。左記は「集団的自衛権行使」肯定論以外
のなにものでもありません。あなたはその事実をどうして無視するのでしょう? あるいは無視できるのでしょう? 本人が「白」と言
い、証拠も「白」とあるものをあなたがいくら「黒」と力説してもまったく意味のないことです。あなたにはこの当然の道理がわかりま
せんか?

上記で私の反論は言い尽くされており、私の反論はこれで終わりとしていいのですが、つけたしとして以下のことを少し述べてお
きます。

まず第一にあなたは「小沢氏と横路氏の対談を読んで頂ければ、誤解が解けると思います」と述べて、集団的自衛権の問題に関
して横路氏と小沢氏との間で「合意」が成立しているから小沢氏は「集団的自衛権行使」否定論者であるという奇妙な三段論法を
展開していますが、その三段論法の前提になっているのは無条件に横路氏を「集団的自衛権行使」否定論者としていることです。
しかし、あなたが紹介されている横路氏の「小沢一郎さんと安全保障などについて合意」という文章を読むかぎり、横路氏は「集団
的自衛権行使」否定論者ではありえません。すなわちあなたは前提を誤った上で三段論法を展開しているのです。前提を誤った
三段論法が誤りであることは明らかです。

すなわちこういうことです。横路氏は「小沢一郎さんと安全保障などについて合意」という文章で「国連憲章2条4項は、日本国憲
法9条と全く同じ精神です」と述べていますが、国連憲章2条4項と日本国憲法9条はまったく精神と性質を異にします。

日本国憲法9条には次のように書かれています。

     第九条【戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認】
     1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力
     の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
     2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

一方、国連憲章2条4項には次のように書かれています。

     第二条
     4 すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治
     的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。

見られるとおり、日本国憲法9条には「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と明確に
書かれていますが、国連憲章2条4項には「武力による威嚇又は武力の行使を(略)慎まなければならない」と書かれているのみ
です。「慎まなければならない」とは「武力による威嚇又は武力の行使」そのものは認めるという意です。日本国憲法9条と国連憲
章2条4項が「同じ精神」であるはずがありません。横路孝弘氏の前職は弁護士かもしれませんが、横路氏のこの条文解釈は誤
っています。その誤った条文解釈を基にして横路氏と小沢氏との間で合意が成立したとしても、その合意が「集団的自衛権行使」
否定論の論拠になりえるはずもありません。

第二にこのことについて、すなわち日本国憲法9条と国連憲章2条4項が「異質」のものであることについては元外交官で政治学
者の浅井基文さんの次のような論究もあります。少し長いですが引用してみます。

「問題は、「個々の国が行使する自衛権と、国際社会の平和維持のための国連の活動は全く異質のものだ。日本が憲法9条に則
りつつ国連の活動に積極的に参加することは、成立可能」とする主張が成り立つか、ということです。特に問題となっているISAFに
ついて見てみましょう。

アフガニスタンの和平プロセスを定めたボン合意(2001年12月5日)の附属気任蓮◆屮▲侫ニスタンの治安及び軍の部隊が完全
に構成され、機能するまでには一定の時間がかかることを認識し、国連アフガニスタン討議の参加者は、国連安保理に対し、国
連に委任された部隊の早期配備の権限を与えることを考慮するよう要請する。この部隊は、カブール及びその隣接地帯の安全
維持を支援する。この部隊は、適当な場合には、他の都市部及びその他の地域に段階的に拡大することもあり得る。」(3項)と
定めています。

つまり、国連の軍事能力では事態に対応できないことを見越して、NATO主体のISAFの派遣を予定し、国連安保理に「お墨付け」
を与えることを促しているのです。そして国連安保理は、その筋書き通りに、決議1386(2001年12月20日)を採択し、次のように
決定しました。

「ボン合意附属機3項における国際治安部隊のアフガニスタンへの早期配備の権限を与えることを安保理が考慮する旨の要請
及び事務総長特使のアフガニスタン当局との接触(当局側は国連の権限を受けた国際治安部隊のアフガニスタンへの配備を歓
迎)に留意し」
「アフガニスタン情勢はなお国際の平和と安全に対する脅威を構成していると決定し」 

「ISAFが、ボン合意で設立されたアフガニスタン暫定当局と協議しつつ、その権限を完全に行使することを確保することを決意し」
「これらの理由により、国連憲章第7章のもとで行動し」(以上前文)
「1 ボン合意附属気傍定するように、カブール及び隣接地帯でアフガニスタン暫定当局を支援するISAFを6ヶ月間(注:その後
随時安保理決議で今日まで延長)設立することを認める。」
「2 加盟国に対して人員、設備その他の資源をISAFに対して貢献することを要請する。」 

「3 ISAFに参加している加盟国がその権限を果たすためにすべての必要な措置をとることを認める。」

分かりやすくいえば、正規の警察(国連の集団的措置)では無法状態のアフガニスタンの治安を取り締まる能力はないので、暴
力団(NATO主体のISAF)に取り締まりを白紙委任するということなのです。このことがどういうことを意味するかということを身近な
例で考えれば、「国際社会のいうことを聞かない無法者」の北朝鮮をやっつけるためにアメリカと日本が軍事行動を起こそうとす
るとき、その任に堪えない国連(安保理)に日米軍事同盟に基づいて組織される米日主体の軍隊に白紙委任の安保理決議を出
させる、ということです。国際社会の名の下で大国間の足並みがそろうと、安保理決議をでっち上げさえすれば何でもできるとい
うことなのです。小沢党首の主張は要するにそういうことです。(「民主党・小沢党首のアフガニスタンISAF参加合憲発言」 浅井
基文 2007年10月10日)
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2007/196.html

第三に上記の浅井基文さんの考察とほぼ同様の観点に立っての「平和への結集」をめざす市民の風の次のような論究もありま
す(下記のアピール文はほかならないAさんあなた自身も討議に参加して作成されたものです。そして、このアピール文は、あな
たのほかには私(東本)、太田光征さん(現「風」代表)、河内謙策さん(弁護士)が中心的に関わって作成されたものでした。

■憲法9条を高く掲げた「国際協力」の道を探求しよう  私たちは自衛隊のISAF参加に反対します
http://kaze.fm/wordpress/?p=183

そのアピール文作成の討議の過程であなたは次のような意見を述べていました(上記URL参照)。

A Says:
12月 13th, 2007 at 0:15:01

東本さん、ほとんど異論はありませんが、いくつかの懸念です。

>第1。「ISAF参加合憲」をいう小沢氏の依拠する前提は「国連=正義」論(注5)です。

たぶん、民主小沢派は、安保理の非民主制については、認識しているのではないかと思います。つまり、民主主義理念からは、
現在の国連、つまり安保理は不完全ではあるが、国連しか安全保障を守る世界的な仕組み、システムがないので、という現実
論からの判断でしょう。

そこで、正義論だと批判すると、正義論ではない、現実論だという反論が出てきそうです。この反論にどのように反撃するか考
えておかないとなりません。その前に、本当に単純な正義論なのか、もう一度確かめる必要がありますが。

TVで小沢の発言を聞きましたが、必ずしも正義論ではない印象でした。本当に単純な正義論であれば批判は簡単ですが、現
実論だと少し批判は、やっかいです。根本的な問題から、説明して批判しなければなりませんから。

>2003年のアメリカの一方的なイラク侵攻も安保理決議によってそれが可能になったのです。

「安保理決議によってそれが可能になった」というよりも、ロシア、中国、フランスは、イラク侵攻に対して明確に反対していたの
で、「安保理決議1441」の文言を恣意的に解釈して、と言った方が正確でしょう。 


東本さんが指摘した大国の同士のボス交=恣意的な安保理決議の問題だけでなく、だいたい、安保理決議は、ほとんどが大
国の妥協の産物。どうにでも解釈できる玉虫色ですから、決議そのものが常任理事国により恣意的に解釈をされる場合もあり
ますね。

小沢派のように国連を重視すると言っても、安保理決議さえ、当の安保理の常任理事国自身が恣意的に解釈して行動し、しか
も、誰もその行動を阻止できないのが国連の現状ですね。国連を重視を唱える小沢派は、こうした安保理決議の恣意的な解
釈から一部の常任理事国(たとえば米国)に派兵を要請された場合、どうする気でしょうかね(笑)。

今回のあなたの意見とずいぶん様変わりの感があります。


注記:小沢一郎氏の評価と小沢氏が代表を務める生活の党の評価は必ずしもイコールの関係ではありません。生活の党が
小沢氏の政治的理念を体現している政党であることは明らかというべきですが、政党は公表されている政策(公約)に縛られ
るという性格を持っています。「2022年までの原発の全廃」「消費税増税の廃止」「TPP反対」「中学卒業まで子ども一人当た
り年間31万2000円の手当を支給」などの同党の政策はそれが公約である限り同党はその公約に縛られます。そういう意
味で小沢氏の評価=生活の党の評価とすることは適当ではありません。同党を評価するに当たっては政党同士の院内外の
共闘、共同の課題もあることから慎重を期する必要があるでしょう。 



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