[CML 023001] 米原子力規制委員会(NRC)のグレゴリー・ヤツコ前委員長 インタビュー 東日本大震災2年

BARA harumi-s at mars.dti.ne.jp
2013年 3月 7日 (木) 00:10:01 JST


新聞記事
朝日新聞2013.3.6
http://digital.asahi.com/articles/TKY201303050521.html?ref=pcviewer

厳しい規制方針を打ち出す日本の原子力規制委員会に対し、原発再稼働が難しくなるという声が出始めている。
米原子力規制委員会(NRC)のグレゴリー・ヤツコ前委員長は昨年、米国で1979年のスリーマイル島原発事故
以来初めての原発建設が認められた際、5人いる委員のうち唯一反対した。
判断理由や規制当局のあり方を聞いた。

 ――日本の原子力規制委員会は、NRCをモデルにして原発を推進する省庁と切り離しましたが、電力業界から
不満や批判もあるようです。

 「業界の人たちが不満を持っているのなら、たぶんいいことです。
規制当局にとって最も大切なのは、許認可の意思決定の際、独立して判断が下せる能力です。
日本には今、それがあると信じます」

 「それには、自らが技術的な専門家集団でなくてはなりません。
そうでないと、他の人たちの情報に頼らざるを得なくなる。
規制当局の存在意義とは突き詰めると、事業者が自らノーと言いたくないことに対して、時にノーを言うことです」

 「もし東日本大震災の前に、日本の規制当局が東京電力に強固な津波対策をとらせていたら、きっと東電は
科学的でないと反論したでしょう。
事故が起きる前に規制当局を批判するのは簡単です。
でも、実際は正しいことをしているのかもしれない。
事故後に批判をするのも簡単です。そう、規制当局はいつも批判を受ける存在なのです」 


 ――米国での原発認可で、委員長1人が反対するのは異例では?

 「簡単なことです。
福島原発事故の教訓としてどんな対策をとるべきかをまだ検討している最中でしたから。 

車を買うとき『いまブレーキを修理しようとしている』と言われて買う人がいるでしょうか」

 「でも不幸なことに、NRCに対して認可を早く出すよう圧力がありました。
私は運転開始までに、事故の教訓を反映させることを条件にして認可を出すことを他の委員に提案しましたが、
拒否されました。
結果として反対票を投じる以外、手段はなかったのです」

 ――米国では2001年の同時多発テロの後、原発の安全対策が強化されていますが。 


 「テロでも自然災害でも、原子炉の冷却を維持し続ける点では同じです。
福島の事故が起こった当時、私を含め多くの人が米国のようなテロ対策をとっていれば防げたはずだと言いました」

 「でも今は米国の原発について、そこまでの自信はありません。
事故後の米国内の視察では、対策が十分にとられていない原発がたくさん見つかりました。
テロ対策では非常用発電機などの機器を被害の想定場所から離れたところに設置することを求めています。
でもテロリストからは守れても台風や地震ではどうか。その意味で改善の余地はあります」

 ――その後、NRCは自然災害への備えの強化など安全対策の第1弾を打ち出しました。
仮にいま投票があるとしても新設に反対ですか。

 「同じです。
大事なことは対策がすべて実行されることです。
私は福島の事故後、浪江町に入って、避難を強いられている人にも話を聞きました。
生まれ育った家や故郷だけでなく、家族や友人とも離ればなれになる。
二度と起こしてはならないとの思いを強く持ちました。
すべての対策が実行されていない以上、もう事故が起きないとは、まだ誰も断言できないはずです」

        ■        ■

 ――委員長になる前からNRCに対してはいくぶん批判的だったと聞いています。何が問題ですか?

 「最大の問題は委員の人選における原子力業界の影響力です。
業界のお墨付きなしで委員になった人はほとんどいません。
私は数少ない1人で、いまの委員長もそうです」

 「技術的にも人格的にも優れた委員はいますが、規制当局で最も大切なのは、業界の影響力に左右されない
独立した気風です。
今は多少なりとも原発に懐疑的な人は委員にはなれません。
根本的におかしいです」

 「米国にはトラブルを抱えた原発がいくつかあり、いい状況とは言えません。
ところが近年、規制に関してNRCの関与を弱め、より事業者の裁量に任せるやり方が強まっています。
私は委員長として流れを変えようとしましたが、他の委員の賛同は得られませんでした」 


 ――在任中は業界から色々な圧力があったのでしょうか。

 「確かに、いつもありました。
でも早い段階で、私に直接圧力をかけてもダメだと分かったみたいで、別の形でかけていたようです」

 ――圧力とは実際どんな形で?

 「業界の幹部の人たちが直接会いに来て自分たちの望みを要求します。
国会議員を経由してやってくることもあります。
多くは対話や議論、疑問などの形で、彼らの力はとても浸透力があります」

 「NRCの職員はみなとても優秀です。
問題があるとすれば、業界と関係を持った委員のほうです。
たとえば現場の検査官の指摘に事業者が不満を持つことは珍しくありません。
そんなときに委員に直接『この件で困っているんだが、何とかならないか』などとやるわけです」

        ■        ■

 ――昨年、任期を約1年残して辞めましたが、きっかけはあなたの運営手法を批判する告発でした。
裏に業界の意向があったのでは?

 「よく分かりませんが、私に辞めてほしいという人がいたとは聞いています。
ただ、自分の意思で辞めたのであって、辞めざるを得なかったわけではない。
後悔はしていません。
後任の委員長は、業界のお墨付きのない安全対策に厳しい方です。
その道筋がついたので辞めました」

 ――業界と距離を置くのは簡単ではありません。

 「法的な独立性が確保されているのなら、あとはリーダーシップによって作られる気風に尽きます。
NRCを見たとき、ほとんどの職員は自分によって安全が保たれていると信じ、これこそ最善の仕事だと思って
業務に励んでいます。
私が委員長として腐心したのも、安全を最優先に考える気風でした。
事業者に対してもの申せるのは誰か? 
銀行なら言えることがあるかもしれないが、安全に関してノーが言えるのは自分たちだけなのだと」

 ――米国では安いシェールガスの登場で、原発がコスト面の優位性を失いつつあります。
原発の将来は?

 「予測するのは難しいですが、二つの未来が考えられます。
一つは今の原発が古くなって閉鎖し、原子力技術に関心を持つ人も少なくなって、業界もじり貧になる。
原発はゼロにはならないにせよ成長はしない。
そういう将来です」

 「今の形の原子炉が開発されて半世紀。
事故やトラブルが起きる度に追加の安全対策が必要となる。
そこらじゅう水が漏れている堤防の穴を防ぎ続けているようなものです。
実際、米国をみると状況は厳しい。
昨年認可された4基が予算内でスケジュール通りに運転開始できたとしても追い風にはならない。
地球温暖化対策の一環としての法的な位置づけができない限り、原発を増やしていくのは難しいでしょう」

 「しかしながら、デザインを根本から見直せば別の将来がある。
たとえば原子炉の規模を(今の約10分の1の)10万キロワットまで小さくする。
仮に、深刻な事故が起きても、周辺に出される放射性物質の絶対量が少ないので、半径10キロ圏の住民が
避難するような汚染は起きない。
安全対策のコストも下げられる」

        ■        ■

 ――使用済み燃料をどう管理・処分するかという問題が残ります。

 「誰もがこの問題を解決する方法を知っています。
保管場所を見つければいいだけのことです」

 ――地元同意を前提とした民主主義で場所が見つかるでしょうか。

 「不可能とは思っていません。
(白紙撤回された)米国のヤッカマウンテンでの処分場計画では、地元同意の前に政治的に勝手に決めてしまった。
これが問題の発端です」

 「ただ、科学の限界はあります。
地下に埋設する地層処分で今やろうとしているのは10万年先の予測。
予測しうる時間のスケールを超えているので『欠陥がある』と言われる。
でもその予測をしないと『安全です』とも言えない。堂々巡りです」

 「短期的には、(専用容器に詰める)乾式貯蔵なら、地上でも管理できることが分かっています。
数百年間、安全に管理できるかどうかというのが目下の課題です。
根本的な問題は起きないでしょう。
でも、その間に最終処分場が見つからなければ原発をやめるしかない。
それ以外の答えはないと思います」

 (聞き手 行方史郎、編集委員・前田史郎)

     *


 Gregory Jaczko 前米原子力規制委員会(NRC)委員長 70年生まれ。
物理学の博士号取得後、民主党のリード上院院内総務の政策アドバイザーを経て、05年にNRC委員。


 ◆キーワード

 <NRCとヤツコ氏> 約100基の原発の安全管理をするNRCの職員は原発検査官ら約4千人。
大統領の指名と議会の承認で決まる5人の委員が運営する。
現在は与党・民主党推薦の委員が3人、野党・共和党推薦が2人。
09年にオバマ大統領に委員長に指名されたヤツコ氏は昨年5月辞任。
他の4人の委員がヤツコ氏による職員のいじめ問題などを挙げホワイトハウスに告発状を送り、議会が調査する事態になった。 



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