[CML 025450] 特定政党を支持も排除もしないこと、 自己批判できない左翼の敗北/太田昌国さん

石垣敏夫 motoei at jcom.home.ne.jp
2013年 7月 17日 (水) 22:03:46 JST


みなさん太田昌国さんBARAさん
お世話様です。
労働組合、市民運動の分裂が今日を生んでいます。
労働組合、市民運動は政党ではないのですから、
特定の政党を支持しないこと、特定の政党を排除しないこと。
思想信条の自由を保障すること、政治活動の自由を保障することでしょう。
憲法・民主主義を実践していればこのようなことは起きなかったのです。
労組が分裂しているから、新入社員はどちらの組合にも入りません。
市民運動が分裂していれば、市民は運動から手を引きます。
総括:例、日教組と全教は早急に統一すること、上部団体は個人加盟とすること。
改憲阻止、非核、反(原発、TPP、消費税、非正規雇用等)、選挙制度の改革、基地撤去、大幅賃上げ等
「過去を許すが忘れない」「小異を残して大道につく」
支配者、権力者は労働者・農民・市民が分裂していれば永久に安泰です。(カムイ伝:白土三平)
             (石垣)



自己批判できない左翼の敗北/太田昌国さん

新聞記事
朝日新聞・WEB
2013.7.17

自己批判できない左翼の敗北/太田昌国さん
http://digital.asahi.com/articles/TKY201307160573.html?ref=pcviewer

■自己批判できない左翼の敗北 社会運動家・太田昌国さん

私たちはいま、現代資本主義という怪物がたどりついた頂点の時代を生きています。

新自由主義経済とグローバル化が生み出した世の中は、実にすさまじい。

多くの若者たちが熾烈な競争の中にたたき込まれ、ろくに休みもとれない低賃金の
長時間労働にさらされています。
精神的に追い込まれながらも、みんな耐えている。
それが大変な問題とされない社会になっている。
しかも経営者は涼しい顔をしているのです。

本来なら、公正な社会の実現を求める左翼運動が支持を広げるチャンスなんでしょう。 


しかし現実には、もはや左翼は消滅したも同然です。
僕らの言葉は若者たちの胸に響かない。
それどころか、左翼は時に彼らの批判の対象にすらなっています。

<ソ連崩壊が契機>

なぜなのか。一つには、僕らの時代と違って今の若い人は社会主義への
幻想が皆無だからです。

僕が高校生のときにはキューバ革命、大学生のときにはアルジェリア独立革命が起き、 


欧米中心の世界地図を革命勢力が塗り替えていました。
新しい歴史が刻まれていくのを同時代に体験し、よりよい社会の実現に夢を抱いた
多くの若者たちが、左翼の陣営に走ったのです。
そこには「新しい時代が来る」という希望がありました。

しかし、ソ連崩壊は社会主義の理念と実態があまりにもかけ離れている現実をさらけ

だした。
日本でも左翼は分裂に分裂を重ね、内ゲバなど陰惨な抗争が起きました。
それでもなお、左翼が踏みとどまろうというのなら、厳しい自己批判と新たな試行錯誤を
始めなければならなかった。

ところが特に日本では、そんな姿が人々の目に見えなかったんじゃないでしょうか。

これは僕らの世代の責任が大きい。
旧来の左翼って、やっぱり自己批判ができないんです。
自分は正しいという確信の、あまりの強さによって。使命感の裏返しではあるのですが。 



日本は産業構造が大きく変化し、少子高齢化も進んで新しい時代を迎えています。
私たちはかつてのような「経済成長第一」の考え方自体を見直すべき時期に来ている
はずです。
いったんは解決したと思われた貧困問題も再び浮上し、中堅の働き手も高齢者も子どもも、
それぞれつらい状況を生きている。
問題の根がどこにあるのかをよく見極め、具体的な解決策を打ち出していくのが、
本来の政治のあるべき姿でしょう。

ところが安倍政権は、目の前に山積している課題を放置しながら、矛盾を糊塗する
かのように外に「敵」をつくり、ナショナリズムをあおっている。
「日本を取り戻す」という威勢のいい言葉で目くらましにしようとしている。

残念ながら、社会全体が抵抗力を失っている感じがします。
メディアの批判的な言論もすっかり衰退しました。
社会はここまで、むざむざと壊れるものなのかと、呆然とすることもあります。

<新しい運動模索>

もともと無政府主義に惹かれていた僕は、党や組織を絶対化することが諸悪の
根源だと考えていましたから、無党派ラジカルの立場からイラク派兵阻止や反安保
など様々な社会運動にかかわってきました。
ソ連崩壊は抑圧的な社会主義の崩壊であって、広い意味での社会主義思想が再生
するためにはプラスだと評価する立場です。

だからこそ、ますます非人間的になっていく状況を人間の理性がいつまでも放って
おくとは思わない。
批判の理論と実践が人々の間から生まれないはずがない。
こういう時代だからこそ、左翼は再登場しなければならないんです。

そんな芽はどこにも見えないじゃないか。
一体どこにあるんだと言われれば、確かにそうかもしれない。
でも失敗に学び、どうすれば「権力を取らずに社会を変えられるか」という問題意識は 


生まれています。
反権力ではなく、非権力・無権力の立場から新しい言葉、新しいスタイル、新しい
社会運動の模索が始まっています。
それは、大きな希望です。

いま世界をおおっている現代資本主義は、5世紀かけて形成されてきた強靱な
システムです。
これを批判する思想と運動が、いったん敗北した後によみがえるには、まだまだ
時間が必要なのです。

(聞き手・萩一晶)

おおたまさくに 43年生まれ。
「現代企画室」編集者。南北問題や民族問題を研究。
著書に「『拉致』異論」「鏡としての異境」「チェ・ゲバラ プレイバック」など。

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■お手軽な愛国主義に席巻され 「一水会」代表・木村三浩さん

和をもって貴しとなす。
これこそが日本の伝統であり、私たち右翼が目指してきた日本の
あるべき姿です。
国や民族や文化や考えが違っても、相手を尊重するのが「大和」の国、日本です。

しかしどうですか、いまの日本は。
嫌韓国、嫌中国を語ることで日本人の劣化から目を背け、見せかけの自信を
得ようとしています。
お手軽で、非歴史的で検証に耐えない。
日本は右傾化したと言われていますが、民族派右翼である私はむしろ、暗然
たる気持ちでこの社会を見ています。

ソ連崩壊と、それに伴う左翼の失墜にあぐらをかいてしまっているのではない
でしょうか。
左翼とは理想を語る人たちです。
その理想は強力でしたから、私たちも彼らに対抗できるようマルクスや
エンゲルスを読んで勉強したし、彼らと議論することによって、自らの思想を
深めました。
しかし日本の左翼思想は外来であるがゆえに脆弱で効力を失い、それに伴い
右翼も理想を語らなくなった。
代わりに出て来たのが、他人をさげすんで自らを慰撫する、夜郎自大な
お手軽ナショナリズムです。

<惰性の米国追従>

戦後自民党はもともと、反共産主義、つまり理想ではなく「反」に立脚した
政党だと考えた方がいいと思います。
アメリカの要請、時代の要請だったのでその是非を問うても仕方ありませんが、
少なくとも冷戦終結後は、「反」を超えて、世界の中でどういう日本を目指すのか
自分の頭で考えなければならなかった。
ところが結局、アメリカについていけばいいんだという惰性に流れてしまいました。
損か得か、ごく短い時間軸でしか物事を考えられない定見を欠いた国。
それが今の日本です。

「アメリカと仲良くすることが日本の国益につながる」という政治家や官僚の
言説がまかり通っていますが、国益は、目先の損得とは全く違う次元で構想
されるべきでしょう。
大国の陰に隠れてものを言うような国が、他国から尊敬されるはずがありません。

決定的だったのは、イラク戦争への加担です。
真っ先に開戦を支持し、協力した。
そこには日本独自の判断なんかみじんもないし、その判断が妥当だったかの
検証すらいまだに行われていません。
こんな現状を放置したまま憲法を改正したら、集団的自衛権の旗印のもと、
アメリカの下請けとして、どこまでも引きずられて行くことになる。
ゆえに現時点では、憲法改正には反対せざるを得ません。

<何を「取り戻す」>

TPP(環太平洋経済連携協定)もそうです。
日本をアメリカに売り渡すことになると、右翼の立場から反対しています。
だけど安倍晋三首相は、東京都議選告示前の街頭演説で遭遇した反対派の
人たちを「左翼の人達」「恥ずかしい大人の代表」とフェイスブックで批判しました。 


日の丸を持っている人もいたのに、自分の言うことに反対する人間はみんな左翼
だとレッテル張りをして攻撃する。
お手軽な時代にふさわしい、お手軽な政治手法です。

何よりも許せないのは、アメリカに付き従っている代償行為として、お手軽ナショ
ナリズムを政治がくすぐっていることです。
その典型が、今年4月28日の「主権回復の日」。
沖縄を例にとるまでもなく、主権なんて回復されていないじゃないですか。
あまりにも腹が立ったので、「羊頭狗肉の戦後レジームからの脱却を許すな」と
いう横断幕を掲げ、記念式典の開催に合わせて3日間、初めて国会前で座り込み
をしました。

自民党は「日本を取り戻す」と盛んに言っていますが、どこから何を取り戻すつもり

なのでしょうか。
政治の言葉にくすぐられ、踊らされたらロクなことにならない。
「取り戻す」の内実はきちんと検証されなければなりません。

成田空港の建設に反対する三里塚闘争のような異議申し立てが社会から消え、
人々がいきり立たずに生きていける社会になったことは喜ぶべきかもしれません。
しかしその結果、思想の力が弱まり、みんな自分の生活さえ守れればいいとなって、
問題が起きた時に、何が「正義」か問うことすらできなくなっている。
お手軽に生きているツケは、いつかきっと払わなければならないでしょう。

(聞き手・高橋純子)

きむらみつひろ 56年生まれ。
81年、「反米愛国・自主独立」を掲げた新右翼「統一戦線義勇軍」を結成、議長に。 


00年から現職。著書に「憂国論」「『男気』とは何か」など。 



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