[CML 025416] エジプト政変 二つの群衆、階層間の対立 川上泰徳

BARA harumi-s at mars.dti.ne.jp
2013年 7月 16日 (火) 08:39:02 JST


新聞記事
朝日新聞・WEB
2013.7.15

(風 カイロから)
エジプト政変 二つの群衆、階層間の対立 川上泰徳・中東アフリカ総局長
http://digital.asahi.com/articles/TKY201307140306.html?ref=pcviewer

歴史は繰り返すということか。カイロのタハリール広場から政変が始まった。

 イスラム政治組織、ムスリム同胞団のムルシ大統領に辞任を求めるデモが、
6月30日の大統領就任1周年に合わせて広場を埋めた。
テレビ画面で見る限り、2011年のエジプト革命の再現だった。
「イスカト・ニザム(体制打倒)」という標語も同じだ。

 しかし、実際に広場に入ると、そこにかつての緊張はなかった。
広場のあちこちにいすを置き、お茶を飲む身なりのよい人々の姿さえあった。
身の危険を感じることなく、「体制打倒」を叫ぶ群衆を見ながら、エジプトも
ずいぶん変わったものだ、と思った。

 2年前に「体制打倒」を叫んだ若者たちは治安部隊に阻まれ、800人以上の
犠牲を出して広場に入った。
外では独裁政権が続くなか、広場にはバリケードで解放区ができた。
国営テレビは広場のデモの映像を一切流さなかった。

 今回は野党系新聞によるムルシ大統領批判が規制されることはなかった。
国営テレビは、タハリール広場のデモとカイロ郊外のナスルシティーで続く
ムルシ支持デモを、画面を2分割して放送した。

 政府を批判する自由があれば、政治の危機は続いても、体制の危機は
ないと思った。
しかし、3日後、軍は国営テレビを通じて、「憲法を停止し、暫定大統領が
就任する」と宣言した。
大統領は排除され、エジプト革命で始まった民主化プロセスは崩れた。

 タハリール広場の群衆は花火をあげて軍の動きに歓喜した。
歴史は繰り返す。
だが、「二度目は茶番」である。

 ナスルシティーのデモを見に行った。
大通りに人々がテントを張り、泊まり込んでいる。
路上に紅茶やサンドイッチから衣料や雑貨まで、露店が並ぶ。
紅茶1杯が1エジプトポンド(約14円)。
実は、タハリール広場では紅茶は3ポンド、「いすに座るなら5ポンド」と
言われたのだった。

 二つの群衆は、紅茶1杯の値段の差そのままに、異なる世界に住む。

 ある女性(62)は夫に先立たれ、月額385ポンド(5500円)の恩給で暮らす。 

夫を事故でなくし、子供3人を抱える女性(35)が政府から受けている支援金は、
344ポンドしかない。
一家を支える男たちの月収にしても、1千ポンド程度である。

 これが同胞団の支持者だ。
1日2ドル以下で暮らす貧困層はエジプト国民の4割とされる。
彼らは、ムバラク時代には政治から見捨てられていた。
同胞団はそこに貧困救済活動などで浸透した。
革命後の民主的な選挙で、同胞団の勝利を支えたのも彼らだ。

 エジプトの会計年度は7月始まりで、ムルシ政権は新年度にいくつかの
貧困対策を始める予定だった。
社会保障年金の増加や新たな寡婦支援金などだ。しかし、実施前に同胞団は
政権を追われた。

 軍は、同胞団を排除したのは「民意の実現」だとした。
だがナスルシティーの民意は無視され、国営テレビには映らなくなった。

 同胞団が政府として貧困対策を実施すれば、富の配分は大きく変わっただろう。
逆に貧困を放置すれば、犯罪や過激派のテロの温床となる。

 エジプトのムルシ支持派と反対派の対立は「イスラム主義対世俗主義」の
争いとして描かれがちだ。
しかし、より深刻な階層間の対立が、テレビ画面の向こうに隠れている。 



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