[CML 025407] 出向という名の「追い出し部屋」大京・リコー・日通・・・

BARA harumi-s at mars.dti.ne.jp
2013年 7月 15日 (月) 09:43:11 JST


新聞記事
朝日新聞・WEB
2013.7.14

(限界にっぽん)
出向という名の「追い出し部屋」退職拒めば過酷な業務
http://digital.asahi.com/articles/TKY201307130426.html?ref=reca

東京都心の高層ビルの一室に、マンション分譲大手の大京の社員十数人が集められている。
人事コンサルティング会社のベクトルへの「出向」を命じられた人たちだ。
彼らはそこを「追い出し部屋」と呼ぶ。

「はい。JINS(ジンズ)メガネです」

 問い合わせの電話に、低価格を売りにしためがねチェーンの名前で答えると、40歳代の
大京社員は、チェーン店でのアルバイトの面接日時について説明した。

 朝に出社すると、求人サイトへの応募メールをチェックし、JINSの採用面接の日取りなどを
連絡する。
夕方まで数十件続けると、くたくたになる。

 ほかの人もJINSと同じように、「マツモトキヨシ」や「ブックオフ」「ファミリーマート」を名乗り、
パートなどの募集業務を代行する。
不慣れなせいで、マツモトキヨシと思って電話をかけてきた相手に別の社名で答えてしまう
同僚もいて、不審に思った相手に詰め寄られてあたふたする。
そんな様子を見ると、情けなくなってくる。

 「嫌がらせとしか思えない。早く会社を辞めろと」

 ベクトルへの「出向」が始まって約3カ月がたった。
「同僚」は、大京の営業や経理、システム開発など様々な職場から集められた人たちだ。 


 「皆さんは成果の出ていない方々。これは『気づき』を与える教育出向と考えていただきたい」

 3月下旬、ベクトルへの「出向説明会」で、人事担当幹部はそう言った。

 だが出向先の実態は違う。「教育なんてウソだ」

■電話営業、教材からマグロまで

 出向者の給料は大京が払い、受け入れた営業代行会社などはタダ同然で大京社員を
自社のビジネスにつかう。
そんな「二人三脚」が社内で知られるようになったのは、大京がオリックス傘下に入り、 

リーマン・ショックで経営危機に陥った後からという。

 「とても売れそうにない商品を売るように言われて」。
希望退職への応募の打診を断ったあと、営業代行会社のセレブリックスに出向させられた
中年の男性社員はこう振り返る。
そこでの仕事も、さまざまな会社の営業代行だった。

 長机に出向社員ら約200人が肩がくっつくほどびっしりと座らされた。
「お世話になっております。○○と申します」から始まる電話営業の「台本」が渡され、 

電話を1日200件かけるノルマが課された。

 売り込む商品は毎月のように変わった。
メールソフトや幼児用の英会話教材、そして「マグロ1匹」。

 電話をかけるたびに報告シートに「正」の字で1時間ごとの「コール数」を書かされた。
わずかな昼休みをはさんで夕方6時まで座りっぱなしだ。
ノルマがちらつくなかで、午後3時ごろからは1時間で「正」の字が、六つ七つと並んだ。

 電話での働きかけがぎこちないと、一回り以上も若いセレブリックスの社員に1時間も
なじられる。

 キャリアを積み重ねてきた中堅社員たちが会社の都合でばっさり切られ、退職を拒めば
過酷な業務を強いられて使い捨てられる。
これまでの人生が否定され、これからの暮らしも見えない。

 「俺たち奴隷かよ」。帰路、何度も線路に飛び込もうと思った。

   ◇

 「教育出向」という新たな「追い出し部屋」や、退職を迫られた人をビジネスに利用する会社の
存在が明らかになった。
グローバル競争や国内市場の縮小で企業が余裕をなくし、働き手が追い込まれて疲弊する。
「限界にっぽん」第4部は、働く人を大事にしてきたはずの社会の変質を雇用の現場にみる。

----

「まるで会社全体が追い出し部屋」 出向に耐えても閑職
http://digital.asahi.com/articles/TKY201307130424.html

「『気づき』を与える」といった名目での「出向」が明らかになった大京だが、それだけではない。

 「まるで会社全体が『追い出し部屋』になった」

 自身も「出向」の経験がある中年の男性社員は、リーマン・ショック以降の大京の変化をこう話す。

 大京が2008年、社員の1割強にあたる450人の希望退職を募ると、東京・千駄ケ谷の
本社の一室に間仕切りされた小部屋ができた。
会社側は「希望退職の際の面談用の部屋」という。
だがそこに集められた人によると、室内にはパソコンが置かれ、再就職先を探すよう求められた。
「朝日新聞の『追い出し部屋』報道を見て、ウチにも似たのがあったと思い出した」と 

大京の元幹部はいう。

 そして、ほかの会社への「出向」が始まった。
AIGエジソン生命(現ジブラルタ生命)に行くよう命じられた社員の一人は「マンション販売で
培った人脈を生かして富裕層をとりこめと。
親類縁者からは確実に契約をとるようにもいわれた」。
3カ月間に総額30万円の保険料をえられる契約獲得がノルマとして課せられ、「達成できない
ときは、自腹を切らされたこともあった」。

 「出向」だけでなく、本社でも「閑職」しか与えられず、追い込まれていく人たちがいる。

 首都圏の大型マンションを販売するプロジェクトに異動させられた40代の男性もその一人だ。

 マンションの営業一筋で管理職にまでなったが、異動先での仕事は新入社員がするような
周辺住宅へのチラシ配布だった。
年下の上司に「一日2千枚のチラシをまけ」と命じられ、それをこなすと、「明日からは3千枚だ」と
告げられた。

 「3千枚なんて自転車で運べない。できないことをわかっていて命じる。実績があがらないと
給料も下げられる」。
顧客対応は一切やらせてもらえない日々が続き、年収は管理職当時より100万円以上減った。

 別の40代の社員はモデルルームに配属され、待っていた仕事は草むしりとチラシ配布だった。

 大京は以前から厳しい営業で知られていたが、「成果を上げれば報いてくれるので、やりがいは
あった」と、不本意な仕事をさせられているベテラン社員はいう。
それがこの数年は「365日リストラをしている会社になってしまった」とこぼす。

 こうしたやり方について大京の山口陽社長は「出向が『追い出し部屋』と見られるのはまったくの
誤解。
評価が低い方々に刺激を与えたい。異業種交流で目をさまし、気づいて戦力になって戻ってきて
ほしいという思いからだ」と話す。
社内の追い出し部屋も「存在しない」と否定する。
ベクトルの卜部憲社長は「大京と取引はあるが、詳細はお答えできない」。
セレブリックスの江川利彦社長は「出向社員を受け入れる事業はいまはやっていない。 

当時の責任者も退職し、状況は不明」という。

 オリックスの宮内義彦会長は、大京がマンションの分譲から管理へと事業の軸足を移して
いく過程で、人員削減が必要だったという。
宮内会長は「安定した利益を目指すビジネスモデルに変えた。ご迷惑をおかけした人もいる
かもしれないが、大京の人はよそでも通用する人ばかり。
残酷物語みたいなことはない」と語る。

 だが、今年ベクトルに出向した社員からは早くも退職者が出始めている。
社員を追い込む手法について、会社に見切りをつけた元社員は「人間の尊厳を踏みにじる
やり方だ」と憤る。

■行き場失い、追い込まれ

 行き場を失い、死を選んだ例も明らかになった。

 東京都内にある11階建てマンション。外階段の7階に立つと、近くの中学校の校庭から
生徒たちの声が届く。
昨年11月の夜、ここからオフィス機器大手リコーの元社員の男性(当時46)が身を投げた。

 その日の午前中、再就職支援会社を訪れ、前日に受けた面接がうまくいかなかったことを
報告していた。一度帰宅し、すぐ近くのこのマンションに向かったことが後で分かった。 


 自宅の居間のテーブルに1枚のA4判リポート用紙が残されていた。
両親への短いメッセージがあった。

 「このようなことになって、ごめんなさい」

 大手電機メーカーからリコーに移って約10年。外国語が堪能で、長く海外営業を担当
していた。
「やりがいを感じているようだったのに」。父親(70)は、力なく話す。

 リコーが国内外で1万人を減らすリストラ計画を発表したのが2011年5月。
しばらくすると、元社員は上司に声をかけられ、退職を勧められた。
「もう、今までのキャリアを生かせる仕事はない」

 当初は拒んだ。だが、残れば派遣社員がやっているような作業をしてもらうと、子会社
への「出向」をちらつかされたという。
4回の面談で折れ、心も病んでしまった。うつ病で1カ月ほど休職し、その年の秋に退職した。

 その後、リコーに紹介された再就職支援会社などを通じて職探しをしていたが、
環境は厳しかった。
自殺する直前には韓国系企業の海外事務所から内定をもらえたが、「3カ月契約」と短く、
その後も希望する条件に合う職はなかった。
再就職どころか、人生をあきらめるしかなかった。

 この男性とは別の道を選び、退職を拒んで「出向」を受け入れた社員たちにもつらい 

現実が続いている。

 工場や倉庫が立ち並ぶ東京湾岸にあるリコーの物流子会社。50代の男性は、若者に 

交じって半導体部品を段ボール箱から取り出し、注文通りの数の部品が入っているか、 

数量を確認する毎日だ。
作業の間は立ちっぱなし。「夕方には足がかなり痛くなる。週後半は本当につらい。
いつまで続けられるか……」

 以前はリコー本社の研究所で、コピー機などに組み込むソフトや電子回路の開発を
していた。
大学の理工学部で電気工学などを学び、入社後は一貫して研究開発の部署にいた。
「不慣れな肉体労働をさせ、『やめる』と言うのを待つ。まさに追い出し部屋だ」

 こうした実態についてリコー広報室は「コメントは差し控える」としている。

 だが、出向社員がつらいのは体だけではない。評価基準は出向前のままの「管理職級」で、
いまの仕事ではどう頑張っても、基準で求められる「指導的立場の役割」を果たせない。 

最低評価がつけられ、2年続くと降格が待っている。

 「会社をずっと支えてきた気持ちはあったのに。こうやって体も心も参っていくのでしょうか」

■心の病で労災 10年で5倍増

 仕事が原因でうつ病などの「心の病」になり、労災を認められた人がここ10年で5倍
近くに増えた。
2012年度は475人、うち93人が自殺(未遂含む)でいずれも過去最多だった。 


 自治医科大学の精神科医、西多昌規氏(43)は「過重労働」や、従来とまったく違う
仕事をさせられる「労働環境の変化」を理由に挙げる。
将来への不安があると発病しやすくなると言い、「クビになるかもしれない」などと常に
考えてパニック状態や過呼吸になる症例が増えた。
「追い出し部屋」のような厳しい職場環境の広がりも、背景にあるとみられる。

--------

朝日新聞・WEB
2013.7.15

「自分が機械になった気分」
http://digital.asahi.com/articles/TKY201307130426.html?ref=reca
日通管理職の「アマゾン行き」 商品棚の海、探す「注文」

 「いつまで、こんな作業を繰り返すのだろう」

 蒸し暑い巨大倉庫の中で40代の男性は、本やおもちゃを入れたカートを押しながら、 

ぼんやりと考える。
インターネット通販の世界大手、アマゾン・ドット・コム。
その物流拠点「市川フルフィルメントセンター(FC)」(千葉県市川市)で働き始めて
4カ月目に入った。

 日本通運の中間管理職だった。
都内の支店から市川FCの中にある日通の「アマゾン首都圏事業所」に配属された。
仕事は、予想もしなかった「ピッキング」と呼ばれる作業だった。

 通路をはさんで左右に並ぶ商品棚の海をかき分け、全国からネットで注文が
入った商品を選び出す。
書籍やDVDソフト、食品、お菓子、雑貨、衣類――。

 手に持ったバーコードを読み取る端末機の液晶画面に、その商品の棚の位置などを
示すアルファベットと数字のコードが送られてくる。
その場所を探して商品を見つけたら、端末機をあてる。ピッという音。
商品をカートに入れると、間髪なく次の「注文」が送られてくる。
間違ってエラーがでたら、また探し直しだ。

 朝8時半から夕方5時まで、これをひたすら繰り返す。
サッカー場が2面取れる広さのフロアでは、数百人がカートを押しながら棚と棚を
何度も行き来する。
大半は契約社員や派遣などの若者だ。

 「端末機の指示で動き、人と会話することもほとんどない。まるで、自分が機械に
なったような気分にさえなる」

 別の40代の男性は、ここで働き始めて1週間が過ぎたころ、上司から「貴職の
生産性推移グラフ」と書かれたA4用紙を渡された。
作業の経験日数に応じた、1時間当たりの作業員の平均ピッキング数と、自分の
実績が一目で分かるグラフも添えられている。
9日目で、平均は1時間に102個だったが、自分はそれを下回っていた。

 さらに、7月に入ると「3カ月の振り返り」と題した紙を渡され、「この3カ月で何を
したか」「何を学んだか」「これから何をするのか」を書いて提出するよう求められた。 


 どんどん追い込まれるような気分になる。
「今回の人事は、『もう日通に居場所はないぞ』という通告なんだな」と理解した。


 ■PC取り上げ、机も無し

 この4月に日通からアマゾンに来たのは、15人。
このうち10人が市川FCで働き、ほかの5人は別のFCに配属された。
ほとんど40代で、支店でトラックの手配や引っ越しの業務をしていた事務系の中間
管理職だ。
通勤の姿もスーツから、ポロシャツとジーンズ、ペットボトルを差し込んだナップザック 

姿へと変わった。

 40代の男性が上司の課長から「アマゾン行き」を告げられたのは3月末のことだった。
「えっ、正直えらいことになったと。単純作業の部署に異動になった人もいたし、いい 

イメージはなかったから」

 上司には「雇用は保証してくれるのか」と思わず聞いた。
だが、「絶対とはいえないが会社も考えている。
まずは頑張ってくれ」といわれただけ。「どうして自分が」との思いはいまも消えない。 


 社内では「アマゾン異動者」と呼ばれ、それまで使っていた個人用のパソコンは
取り上げられた。
一方で新たな職場には専用のロッカーも机もない。
名刺だけは渡された。「名刺なんて、もう配ることもないのに」

 唯一、「日通」を感じるのは作業の時に肩にかける「日通カラー」のオレンジ色の
タスキだ。
倉庫内では新人作業員などの一部がタスキをかけて作業し、指導員はピンク色の
ベストを着る。
新人はじきにタスキを外すが、自分たちは着けたまま。「見せしめなのだろうか」とも思う。

 運輸業界の過当競争が進む中で、日通は4月からの新中期経営計画で「国内事業の
経営体質強化」を掲げ、全国に約170ある一般支店の統廃合や首都圏営業所の
合理化などを打ち出した。
「ペリカン便」で知られた宅配事業が不振のため他社に譲渡され、管理部門などに
余剰人員が生まれるなど、厳しいリストラの下地はほかにもあった。

 「会社としては頭でっかちの管理部門を切りたい。給料が比較的高く、内勤の中間
管理職がねらい撃ちされている。バブル世代だし、実際、若い人より給料も高いから
カットに来るのはわかる。でもここじゃ、キャリアや経験も生かせない」。今までの会社員
人生を否定された気分になる。


 ■「頑張るぞおー」

 「便利さ」を売りに急成長するグローバル企業のすそ野で、会社人生が急変した
中間管理職がさまよう。

 「元の職場に戻れるのだろうか」「そのうち退職勧奨が始まるのではないか」

 不安にかられる中で、帰宅する電車の座席に身を沈め、思い浮かべるのは家で
待つ家族のことだ。子どももまだ就学中、進学にもお金がかかる。
残業がほとんどないため、月7万~10万円は収入が減った。

 上司からは「ピッキングの成績が上がらないと、給料が下がる」といわれている。
「ツテがあれば転職もと考えるが、もう年齢的にも厳しい。
だから石にしがみついてでもやるしかない。正直、しんどいけど」

 一方で、別の異動者は「会社の置かれている状況はわかる。給料をもらっている以上、 

従うのが筋。それにここではアマゾンという巨大企業のビジネスの一端もかいま見えて、 

それなりに勉強になる。ここで頑張って次のステップを考えるしかない」という。

 中間管理職まできた意地と誇りが顔をだす。
とはいえ、ここでの「昇進」の道は、ピッキングから、商品を棚に入れる作業に昇格し、 

さらに新人に仕事を教えるトレーナーになっていくことしかない。

 賃金も勤務内容も激変するこうした人事について日通広報は「普通には起こり
えない」と、特殊なケースだと認めながら「『追い出し』との認識はないし、会社員ならば
与えられた仕事で成長するのが当然だ」という。
アマゾンの日本法人アマゾンジャパンは「他社との協業については一切答えられない」 

としている。

 6月下旬の週末の夕方、駅ビル内の居酒屋に「アマゾン異動者」が集まり、早めの
暑気払いをかねて「飲み会」が開かれた。

 かつての職場の話やたわいのない話で盛り上がったあと、「中締め」で一人が
あいさつにたった。

 「4月に来て約3カ月がたちました。これから先、何カ月、いや何年いるかもしれ
ませんが、頑張りましょう」。
じっと聴き入る人、遠くをみつめる人、そんな中ですでにお酒のかなり入った一人が
連呼する。

 「頑張るぞ。頑張るぞ、頑張るぞおー」。
自らに言い聞かせるかのような叫びが響いた。

 (横枕嘉泰)




CML メーリングリストの案内