[CML 025373] <テント日誌 7/10(水) ― 経産省前テントひろば 669日目 ―>

Kimura-m kimura-m at ba2.so-net.ne.jp
2013年 7月 12日 (金) 23:46:55 JST


テント日誌 7月10日(水) 
経産省前テントひろば 669日目

小暑を飛び越えて一気に大暑になったような気がするが……

暦の上では小暑なのだろうが、一気に大暑になったように思える。テントは入口を全面的に開け、蚊帳も吊られて暑さ対策は出来ている。家に居ても自然に汗が噴き出してくるのだから、テントはまだ、幾分かは凌ぎやすいといえるかもしれない。エアコンは言うに及ばず扇風機もないテントでは自然の風だけが頼りなのだが、夏になると簾(すだれ)程度で開け放していた昔の内を思いだす。
夜と朝方はまだ、熱帯夜という程ではなく過ごしやすいし、風でもあれば心地よい(マンションなどよりは暑くない)が、ただ風は強風になると厄介だから適度に願わざるをえない。官庁街のど真ん中での山テント風のシンプルな夏の過ごし方も悪くない。家で暑い暑いと言っているのもいいが、泊りがけでテントに来てもらいたい。歓迎されること請け合いである。

世の中は参院選挙の真っ盛りである。選挙で汗を流している友人には申し訳ないのだが、どうも選挙は心に響いてこない。選挙結果を想像すると暗い気分になりがちだが、選挙には身を乗り出すそうという気にならないのだ。原発再稼働という重要な事柄だって、政権の構成が影響するのだが、それでも積極的にはなれない。かつて選挙は棄権していた。意志的に棄権することが選挙への意志表示であると考えていた。このスタンスはいつのころから変えた。
だが、選挙が国民《地域住民》の政治的意志表示のすべてであり、それで政治も変わるということを信じられない。国民の政治意志が国家意志になることが理想であり、この間の乖離を考え続けてきたが、運動的な意志表示がそのためには必要であり、それが本筋だと考えることはかわらないのだ。自由な公共的空間(政治空間)をつくりだすことが革命であるとはアレントの言説だが、それはどのように可能かを考える時に、大衆的な運動での意志表示を本筋というしかない。
選挙に信を置かない、そのかわり自分の行動で責任を持つという自立的なスタンスは若いころから変わらないが、このことを自問自答することは多くなった。それは事実だが、この道以外今のところかんがえられないのも事実だ。

規制委の動き、自民党の再稼働の動き等、新聞を読むたびにどういうつもりだと怒りがわく。大した議論も説明もなくそれらを避けて、裏で原発再稼働を進めることと、福島第一原発事故における官僚(経産省、原子力ムラなど)や東電の無責任な対応とは同じなのだと思う。日本の政治構造、あるいは権力構造の無責任性は変わってはいない。原発再稼働を進める政治や社会と事故の結果にたいする無責任な対応は一対のものである。このままだともっとひどいことになるだけだ。

最近になって、福島の現状が表に出てくるが、隠しきれなくなってきているのであり、海や地下水の汚染は想像以上に進んでいるのだ。原発震災は今も進行中であり、その凄まじさが段々と見えてきているのだ。政府や電機業界、あるいは東電などは覆い隠す努力をするのだろうが、僕らはそれを明らかにして行く必要がある。原発に安全などないし、一度事故が起きればどうなるか、目を開いて見なければならない。
現に起こっていることに目をつぶらずに開いてあることは、僕らの世代の責任だし、そこが出発点なのだ。そして、それはずっと続くことなのである。僕らが目をつぶらなければ大丈夫だし、それが脱原発への道を支えていくのだ。

テントの外では大阪から上京したKさん、それにFさんや女性も加わっての協奏が行われている。道行く人は振り向いて行くが、ギターの音色がなかなかいい。そうえば、カラオケもしばらく行っていない。断片的に曲を口ずさみ、かつて演歌の好きだった中上健次のことを思い出していた。彼が作家でなくて、別の道を歩んでいたらなんてことを想像していたのだが、彼のうまかった都はるみの歌を口の中で歌ってみた。

7月22日(月)には第二回の口頭弁論が午後に2時から東京地裁で行われる。僕らはこの法廷として大法廷の使用を要求してきたが、103号法廷《大法廷》が地裁側との協議において決まった。連日、地裁への申入れ行動などを展開してきた皆さんはじめ、関係者の方々の努力のたまもので感謝をいたしたい。当日に大法廷を満杯にして僕らの主張をしよう。国や経産省側はこの件を国有地の不法占拠ということにしぼり、占有をめぐる法律的な案件として処理しようとする。
国有地の一角が、原発行政や原発事故の責任を問い、その政治的意思表示の空間として占拠され出てきたことを無視しようとする。経産省の管理する土地が占拠されたこと、その事実だけを法的な対象にしようとする。こういう法的な行為で、排除されるのがこの占拠(政治的意思表示空間の創出)の意味である。
そして裁判所側はこの土俵を枠組みとして容認する。だから、この裁判の土俵や枠組みから、排除された本筋を裁判において実現すること、そしてなお裁判の設定される土俵も無視できないことの二重性を負う。この二つも面を裁判の中でやるのは難しいことだが、これを可能にするのは僕らの結集力である。多くのみなさんの参加を願う由縁だ。(M/O)

7月22日(月) 第二回 口頭弁論に参加する意思表示をして下さる方を募っています!目標500人!
テントの受付で直接参加意思表明者カードにお名前をご記入いただくか、テントひろば(070-6173-1947)までお電話下さい。(「第二回口頭弁論当日に参加希望します」とお伝え下さい) http://tmblr.co/ZtOapwpQjkjL



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