[CML 025192] 政治学研究者の「選挙分析」に「政治学」の名を冠することの愚かしさについて。または、「政治学」の劣化について――「学問」の装いを凝らしておのれの暗愚(床屋談義)を語るだけの「政治学」とはなにか

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2013年 7月 1日 (月) 00:03:02 JST


先の東京都議選の選挙結果についてある若手政治学研究者の次のような選挙分析があります。

■2013年東京都議選の簡単なデータ分析(菅原琢 東京大学先端科学技術研究センター准教授 ハフポスト 2013年06月24日)
http://www.huffingtonpost.jp/taku-sugawara/2013_1_b_3488128.html

以下、この若手研究者の分析のうち共産党の選挙結果に関する選挙分析の部分のみ抜粋してみます(図表は除く)。

      「共産党倍増のメカニズム

      自民党、公明党と同様の選挙結果を残したのが共産党である。得票数、絶対得票率は低下しているが、投票率の下落の
      おかげで相対的にポジションを上げ、議席を倍増させることに成功している。ネット選挙運動解禁を前にして皮肉なことだ
      が、昔から根を張った組織選挙が有効だったという結果である。

      もっとも、共産党は表1に示したようにわずか1ポイントの相対得票率を向上させたに過ぎない。それにもかかわらず、議席
      を倍増させているのはやや奇妙にも思える。図1は、3人区以上の選挙区における最下位当選者の得票率を比較したもの
      だが、過半の選挙区で当選ラインが低下しており、共産党が議席を新たに得た選挙区の多くがここに含まれている。

      わずかな得票率の増加で共産党が議席を倍増させることができたのは、自公以外は候補者過多で乱戦になり、当選ライ
      ンが下がったためである。今回共産党は、17人中8人の候補が最下位で当選している。維新の会やみんなの党が多数の
      候補を擁立し、民主党候補から票を奪い、共産党が相対的に浮上したというのが基本的な説明になるだろう。朝日新聞の
      ような護憲・反原発の訴え届くという解釈は1番目には来ないだろう。

      図2は、全得票に占める落選者の獲得した票の割合(死票率)を定数別に示している。3人区を中心に多くの選挙区で死票
      率が増加していることが明らかである。全体の集計でも22.6%から28.5%へと増えている。

      こうした構図は前回の衆院選挙と大きな差は無い。今回の選挙が東京都という日本最大の都市を舞台とし、複数定数の中
      選挙区が中心となる選挙であるという条件や環境の違いが、自公だけでなく共産党にも「漁夫の利」をもたらしたのだと言え
      るだろう。」

この若手政治学研究者は、今回の都議選における共産党の伸長について、「得票数、絶対得票率は低下しているが、投票率の下落
のおかげで相対的にポジションを上げ、議席を倍増させることに成功している」「共産党は表1に示したようにわずか1ポイントの相対
得票率を向上させたに過ぎない。それにもかかわらず、議席を倍増させている」と分析しています。そして、そのことを「自公だけでな
く共産党にも『漁夫の利』をもたらした」としています。

しかし、この研究者のこうした見方は「学問」的(客観的)に正しい見方といえるでしょうか? その見方が正しいというためには前提と
してのその分析手法が正確であるだけでなく、正鵠である必要があります。分析手法は多様であり、そこで求められているのは、数的
な正確さというよりも、むしろその分析の与件としての情況を核心的に捉えているかどうかこそが本質的な問題というべきだからです。

そこでまずこの研究者が提示している「得票数」の分析を見てみます。この研究者は、投票率の対前回比率を考慮せずにただ単純に
得票数の絶対的数値の多寡だけを問題にしています。しかし、投票率が下がれば仮に前回と同じ得票率だとすれば得票数が前回に
比べて減少します。低投票率であればあるほどその得票数の落ち込みは激しいものになるでしょう。したがって、対前回との投票率の
比較を無視し、得票数の絶対値のみを示して「得票数は低下」などと言っても情況を核心的に捉えたことにはならないはずです。それ
をこの研究者は得票数の絶対値のみを示して選挙分析をしたつもりになっている。愚かしい態度だといわなければならないでしょう。

次に「絶対得票率」の分析を見てみます。絶対得票率とは候補者や政党の得票数を有権者数で割ったものを言いますが、ここでも投
票率の対前回比率を無視して単に得票数を有権者数で割っただけでは情況の核心は見えてきません。理屈は上記と同じです。そこ
で絶対得票率ではなく、投票率の対前回比率を考慮してそれぞれの選挙年度の得票率を再計算し直せば次のようになります。

1997年度:共産党獲得票(約70万7600票)÷{有権者×投票率(54.49%)≒570万5千人(投票者数)}≒得票率(12.40%)
2013年度:共産党獲得票(約61万6700票)÷{有権者×投票率(43.50%)≒460万6千人(同)}≒得票率(13.39%)

共産党の「絶対得票率は低下している」というこの研究者の絶対得票率の分析とは逆に同党の得票率は前回比で0.99%上昇する
ことになります。そして、この数字の方が今回の都議選における共産党の伸長という客観的事実と符合します。この場合、絶対得票
率の指標は自民党にのみ妥当的です。この研究者の視点のありようを示しているように私には見えます。

なお、上記で選挙分析手法の多様性ということについて私は述べましたが、今回の都議選についてのしんぶん赤旗の分析は次のよ
うです。視点しだいでこのようにも分析は異なるということの一例としてあげておきます。

      「日本共産党の総得票は61万6721票で前回比87・2%でしたが、得票率は12・56%から13・61%へ1・05ポイント伸
      ばしました。これを昨年の衆院選比例代表得票(48万4365票)で比べると、日本共産党は13万2356票増やし、比例得
      票比で127・33%となります。得票率の比較では183・67%です。 


      一方、比例得票比で自民党は100・45%で横ばい。民主党は68・51%、自民党に次ぐ比例得票となった日本維新の会
      は28・82%にまで落ち込みました。

      得票率比でみても自民144・91%、民主98・83%、維新41・54%。日本共産党は得票数・率ともに衆院比例比で最高
      の伸びです。」(「得票・率、共産党が最高の伸び 都議選と衆院比例を比較 政党の力関係、激変」しんぶん赤旗 2013
      年6月25日)
      http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-06-25/2013062503_02_1.html

以上、この若手研究者の都議選選挙の結果分析は同研究者の主観に基づく恣意的なものにすぎないことがおわかりいただけるもの
と思います。しかし、その一個の人間の恣意にすぎない分析が東京大学先端科学技術研究センター准教授という肩書を冠せることに
よっていかにも「学術」的な分析であるかのように「世間」には流通していきます。そのことの愚かしさを私は思わずにはいられません。

「学問」の装いを凝らしておのれの暗愚(床屋談義)を語るだけの「政治学」の二例目。 


二例目として「五野井郁夫氏(高千穂大学准教授)のファシズムや社会排外主義を容認する無知と無知ゆえの「危険」な論について」
(弊ブログ 2013.06.02)という拙論を挙げておきたいと思います。その批判の詳細は下記ブログ記事をご参照ください。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-588.html

最後に「『学問』の装いを凝らした暗愚な知」に被れない予防策として次のチョムスキーの言葉を引用しておきたいと思います。

      「イデオロギーの分析の場合、視野の広さと知力とがいささかあり、それに健全なシニシズムがあればたくさんだ。(略)こう
      いうわけだからこそ、専門の訓練を積んだ知識人だけが分析的な仕事をできるといった印象を与えてはいけないわけだ。
      それがまさしく、インテリが信じ込ませようとしていることなのだから。インテリは、門外漢にはわからない、ふつうの人のうか
      がい知ることもできない企てに自分が参加していると称する。これはまったくのナンセンスだ。社会科学一般、とりわけ現代
      の事件の分析は、これに十分関心をもとうとする者ならだれにでも完全に手が届く。こうした問題の「深奥」とか「抽象性」と
      かいったことは、イデオロギーの取締り機構が撒き散らす幻想に属するもので、そのねらいは、こうしたテーマから人々を
      遠ざけることにある。人々に、自分たち自身の問題を組織したり、後見人の仲介なしに社会の現実を理解したりする力が
      ない、と思いこませることによって、だ。(略)イデオロギーの分析の場合には諸事象をしっかりと見つめ、議論を深めていく
      意志があれば十分だ。デカルトの良識、「もっとも公平に配分されているこの世のもの」、これだけが必要なのだ…。デカル
      トの科学的なアプローチとはこのことだ――つまり開かれた精神でもって事実をみつめ、仮説を検証し、そして結論に到達
      するまで議論を深めていく意志のことだ。これ以上には、門外漢にわからないような特殊な知など、これっぽっちも必要で
      はない。たとえ「深奥」を究めるためでもだ。だいいちそんなものは存在しない」
      http://watashinim.exblog.jp/16581740/



東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/ 



CML メーリングリストの案内