[CML 022580] 2.11信教の自由を守る集会に参加して

泥憲和 n.doro at himesou.jp
2013年 2月 11日 (月) 19:52:05 JST


 今日は第43回「信教の自由を守る集会」。
 いつもは姫路カトリック教会で開かれるが、
 今年は姫路市民会館で開催された。

 毎年あるのに自分は行ったり行かなかったりだから、
 あまりまじめな参加者ではない。
 ゲストが浄土真宗大谷派の日野範之師だったので、
 真宗門徒の一人として、今年は参加した。

 「宗教者の戦争責任」と題しての講演。
 「宗教者」と表題がついているが、
 大部分は浄土真宗教団の戦争協力についての話だった。

  いろいろと難しい熟語が出てきたので他宗の方にはわかりにくかったかなと思う。
 自分としては、門徒のひとりとして、貴重でまた耳の痛い話として受け止めた。
 講師が話された話題の中から、自分なりに門徒として重大だと感じた点を取り上げ、感想をまとめておきたい。

1.「王法為本」ということ

 明治27年、日清戦争の開戦にあたり、
 東本願寺が「御門跡御直命」というものを発していることを、
 今日教えていただいた。

 これは、真宗教団から門徒に対して下された命令だ。
 そこには、戦争に協力することが、
 真宗の教義からいって当然だと書かれている。
 その理屈はこうだ。

 蓮如上人が「王法為本」と言っておられるではないかと。
 それが宗義なのだから、一身を投げ打って国家に尽くせと。

 「王法」とは、「仏法」の対立語だ。
 為政者のつくった法律、これを王法という。
 つまり、仏法は内心のものにとどまる。
 あるいは死んでから後のことだ。
 生きている間は天皇政府の法を大切にせよ。

 これが浄土真宗の教えだというのだ。
 バ、バ、バカを言ってはいけない。
 蓮如はそんなことを書いていない。
 彼はこう書いた。

「ことのほかには王法をもておもてとし、
 内心には他力の信心を深くたくはへて、
 世間の仁義をもて本と」せよ。

 これが「王法を本となし、仁義を先となす
(王法為本・仁義為先)」
 とされる文章だ。

 一見してわかるとおり、「王法為本・仁義為先」という略し方は誤りだ。
 「王法をもておもてとし」
 「世間の仁義をもて本となす」、
 だから、
 「王法為表・仁義為本」が正しい。

 つまり、

 「表(行動)は世の法に従え」
 「本質的なのは信心」
 「生きる上で基礎とするのは世間の仁義(人倫道徳)」

 こういうことだ。
 では、現実世界の法が、
 仏法や人倫道徳に背いたら、どうするのか。
 その答えは親鸞聖人が、その生き方で示している。
 親鸞はその著書『教行信証』に、
 堂々とこう書いている。

 「天皇・上皇もその臣下も、
 仏法にそむき、正義に違反し、
 怒りにまかせて怨恨を生じた。
 そして法然上人や、門徒たちを、
 無実の罪で無残にも死刑に処し、
 あるいは僧侶の資格を奪い、
 還俗させて遠国に流した。
 わたしもその一人である。」

(【原文読み下し】主上・臣下、法に背き義に違し、忿を成し、怨を結ぶ。これによりて、真宗興隆の太祖源空法師、ならびに門徒数輩、罪科を考えず、猥しく死罪に坐す。或は僧の儀を改め、姓名を賜うて遠流に処す。予はその一なり。)

 ここで主上と呼ばれているのは、
 当時の今上天皇である土御門天皇とその父である後鳥羽上皇である。
 実名を上げての指弾だった。
 仏法、人倫道徳に背いたならば、天皇・上皇であっても許さない。
 それが親鸞の姿勢だった。

 では、仏法では戦争について何と教えているか。
 いうまでもなく仏教は「不殺生」の教えである。
 戦争を勧めるはずがない。
  浄土真宗の根本教典である「仏説無量寿経」には、こんな一節がある。

「仏教の精神が行き渡るところは、
 国は豊かになり、
人びとも安心して暮らし、
武器をとって争うこともなくなる(兵戈無用)。
人は人間らしさを回復し、礼儀正しく、
互いに思いやる社会ができあがるだろう。」


 仏は命をあやめるなと教えておられる。
 いまは仏の世ではないのだし、
 世の法である徴兵を拒めとまでは教団が言えないだろうが、
  「兵戈無用」が理想の仏国の姿だというのだから、
 その姿を追い求めるべき教団が、
 戦争をあおりたてて良いはずがないのだ。 

 ところが真宗教団は、蓮如の言葉をねじ曲げた。
 ねじ曲げも出来ないほどはっきりした親鸞の言葉については、
 なんと存在しないものとして、教団の出版物から削除した。
 なんという背教行為だろうか。

2.「朝家の御ため国民の為め」

 昭和6年、こんどは宗務総長の名で「諭達」というものが出された。

 いわく、
 宗祖親鸞聖人がおっしゃられた。

 「朝家の御ため国民の為めに
 念仏をもうし合せたまいそうらわば、
 めでとう候うべし。」

 このとおり、念仏は、
 「朝家(天皇家)の御ため国民のため」なのだ。
 だから念仏門徒は、
 「朝家の御ため国民の為め」に、
 「帝国の生命」、「満蒙確保」のために戦え、と。

 今日、はじめてこの文書の存在を教えてもらったのだが、
 もうなんというか、
 ぐぐぐぬぬぬ・・・。
 ここまで宗祖を愚弄する教団て、なんだろうと、
 本当に怒りがこみ上げてきた。

 親鸞のいう「朝家の御ため国民のための念仏」とは何で、
 それがどうしてめでたいのか、
 親鸞のことを何から何まで知っているはずの教団が、
 どんな神経を持っていたら、
 宗祖の意図をここまでねじ曲げられるのだろう。

 親鸞の名誉のために、教団のトンデモ説をデバッグしておきたい。

 親鸞が「朝家の御ため国民のために」と書いたのと同じ頃、
 親鸞は『正像末和讃』というものを書いている。
 漢文ばかりでむずかしい仏法の教えを、
 耳で聞いて分かる日本語に直したものだ。

 『正像末和讃』には、みだりがわしく真宗教団の弾圧に奔走する国家や、
 付和雷同して教団を誹謗してやまない民衆への批判が遠慮なく書かれている。

↓

念仏の信者を疑謗(ぎぼう)して
破壊瞋毒(はえしんどく)さかりなり

五濁(ごじょく)の時機いたりては
道俗ともにあらそいて
念仏信ずる人をみて
疑謗破滅さかりなり

↑

 う〜ん、今日ではこれでも難しいけど・・・。
 ともかく、
 親鸞が「朝家の御ため国民のために」と書いた、その朝廷と国民とは、
 自分たちを無実の罪で弾圧して命を奪い、
 追いやり、誹謗して破壊しようとする、
 そういう「朝家」であり、「国民」だった。

 ところが親鸞の師である法然は、これらの人々をあわれんだ。

 「真実の仏法を誹謗し、破壊しようとするこれらの人々は、
 成仏がかなわないではないか」と。
 (法然聖人絵伝 第三十三巻)

 (【原文読み下し】ただしいたむところは源空が興する浄土の法門は、濁世末代の衆生の決定出離の要道なるがゆえに、常随守護の神祇冥道さだめて無道の障難をとがめ給はむか、命あらむともがら因果のむなしからざる事をおもひあはすべし。)

 そこで、親鸞が記録しているように、

「(法然聖人の命日の)25日のお念仏も、
 つまりは、このような邪見のものを助けるためにこそ、
 念仏を称名するのだから、
 よくよく、念仏をそしる人よたすかれとおぼしめして、
 称名念仏してくれるように。」
(親鸞聖人御消息集八)

 こういうことだから、
 「朝家の御ため国民の為めに
 念仏をもうし合せたまいそうらわば、
 めでとう候うべし。」
 と親鸞が書いたほんとうの意味は、

 「わたしたちを弾圧し、死罪・遠島を下した朝廷のため、
 わたしたちを誹謗中傷して、石を投げてくる国民のために、
 彼らがその罪をこうむって、仏罰を受けることのないように、
 念仏をそしる人よ助かれと願って、
 念仏をみなで寄り集まって唱え合せるならば、
 それはとてもよいことだ。」

 な、な、なんと、なんと気高い精神なんだろう。
 他国を侵略して他国の国民を殺しまくれとか、
 それがうまくいくように念仏しよう、なんて思想と、
 まったく正反対じゃないか!

 この親鸞の気高くも誇り高い人間性とその思想を充分に知っている真宗教団が、
 門徒にはわかるまいと見下して正反対の思想を押しつけた。
 この許し難い所行は、
 今日に至るも教団として必ずしも払拭されていないのではあるまいか。

 たしかに戦争を推進したことの「政治的過ち」を認めてはいる。
 反省もし、謝罪もした。
 しかし、教団として最も大切な、
 「誹法」−宗祖の思想を正反対にねじ曲げたこと−
 これに対する反省は、いまだにほとんどなされていないと思う。
 
 門徒としてはこちらの方がじつは衝撃で、今まで知らなかったのが、まことに恥ずかしいことである。
 これはヘッポコ門徒とはいえども、
 なにがしかのことをせねばならぬのではなかろうか。
 しかし巨大教団相手に、ろくなこともできまいとは思う。
  う〜む、と考え込んでしまったが、
 いままでこんな大問題にほとんど気づきもしなかったのだから、
 大切なことを教えていただいて、自分なりの気づきもあり、
 今日はほんとうに参加してよかった 



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