[CML 022457] 追記: Re: 「森美術館問題を考える討論集会――問われる表現の自由と責任」

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2013年 2月 3日 (日) 19:55:35 JST


「美術家・会田誠の「評価」私感 ――「会田誠展 天才でごめんなさい」の「犬」シリーズの評価をめぐって」の記事にさらに以下の
追記を3点追加しました。


追記8(2月3日):会田誠氏自身の「犬」シリーズについての見解。「学生時代に着想した『犬』シリーズは、我を殺してひたすら丁
寧に描く、という職人的画家のシミュレーションです。タッチはあくまでも高貴さを目指しつつ、しかしモチーフには変態性欲を選び
ました。そのギャップの味わいを試してみたわけです。近代日本画、あるいは古美術的なものに異質な何かをぶつけて揺さぶっ
てみたい、これが美術家デビュー以前の最初期にあったモチベーションでした。なので、ああいった切断・嗜虐志向は僕自身の
趣味というわけではないのです。ロリコン気質はちょっとありますが。このシリーズにはまだ描いていなかった図案があったので、
この機会に取り組んでみたという次第です。」(会田誠インタビュー ART iT (アートイット) 2008年10月号)
http://www.shinichiuchida.com/2008/10/art-it.html

追記9(2月3日):「犬」シリーズは主要先進国においては違法な児童ポルノとして処罰の対象となるか、についての一考察。
(すちゃもく雑記 2013-01-28)
http://d.hatena.ne.jp/beniuo/20130128

追記10(2月3日):平野啓一郎‏(芥川賞作家)の「犬」シリーズ評価。「会田誠さんの『犬』シリーズは、彼の勝手な妄想ではない。
古くは高祖の妻呂后が、高祖の死後、寵愛を受けていた戚夫人の「両手足を斬りおとした。その美しい目をとり去った。耳をつん
ぼにさせ、薬で口をきけなくした。それを厠に置いて『人ブタ』と名をつけた。」(『司馬遷』武田泰淳)とある。(続く」「承前)僕はむし
ろ、このサイト http://www5d.biglobe.ne.jp/DD2/Rumor/column/netlore3.htm に書かれているような都市伝説に基づく作品だと理
解していた。そうしたデマに顕在化した欲望が主題となっている。そんなことはみんな分かりきって見ていると思ってたけど、意外
とそうじゃなかったというのを今回知った。
https://twitter.com/hiranok/status/297151366730756097
https://twitter.com/hiranok/status/297152972570386434


東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/

━━━━━━━━━━━━Original Message Started━━━━━━━━━━━━
From: higashimoto takashi
Sent: Saturday, February 02, 2013 12:11 PM
To: 市民のML
Subject: [CML 022432] Re: 「森美術館問題を考える討論集会――問われる表現の自由と責任」
先の投稿便「美術家・会田誠の「評価」私感 ――「会田誠展 天才でごめんなさ
い」の「犬」シリーズの評価をめぐって」に追記を
7点ほど追加しました(すでに何点かは紹介ずみ。追記5~7が新追記)。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-514.html

実り多い議論のための一助としてご参考にしていただければ幸いです。

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追記(1月30日):主に映画情報を掲載しているシネマトゥデイ紙(2013年1月29日)によると、会田誠氏の問題の作品群を含む
展覧会を開催している森美術館は、ポルノ被害と性暴力を考える会などの「児童ポルノ・障害者差別を容認している」という抗
議を受けて現在その対応を協議しているとのことです。そのなりゆきを注視したいと思います。

■会田誠の展覧会に抗議文!児童ポルノ・障害者差別を容認しているとの指摘(シネマトゥデイ 2013年1月29日)
http://www.cinematoday.jp/page/N0049789

追記2(1月30日):上記の記事での私の意見の主意は、「権威」(この場合は最高裁)から「お前の『作品』は法律違反だ」と
断罪された永井荷風はまたあの治安維持法体制下の中でも「時局におもねることのない『断腸亭日乗』を遺した稀有の作家
でもあった、というところにあります(一個の例)。会田誠氏の作品の「犬」シリーズが「わいせつ」か否かを主題にしているわけ
ではありません。主題はあくまでも「権威」です。

・「公共空間」(森美術館)という「権威」を問題にする人が逆に暗黙の前提として「時代の道徳観」(世論)という「権威」
に依拠してモノを言っていないか(本人はそのことに気づかず「正義」と思いこんでいる)。

・そうした「権威」によって会田誠氏の犬シリーズをただちに「作画によるあからさまな児童ポルノであり、少女に対する
性的虐待、商業的性搾取」 に結びつけることは正しいことか?

・「エロ・グロの境界」を描いたからといって作者の思想もそのままエロ・グロということにはならないだろう。

・「エロ・グロの境界」を描くことによって逆にエロ・グロの問題性がかえって浮かび上がってくるということもあるだろう
(作者の意図のありなしにかかわらず)。

要は「犬」批判は短絡的ではないか、という問いが主題でもあります。

追記3(1月31日):J-CASTニュースも1月29日付けで「会田誠展 天才でごめんなさい」への抗議問題を報じています。また、
その記事の中で当事者の会田誠氏のツイートも紹介されています。

■「首輪の全裸少女」作品に市民団体が抗議 会田誠展は本当に「性差別」なのか(J-CASTニュース 1月29日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130129-00000006-jct-ent

追記4(1月31日):上記との関連で会田誠氏のツイートを見てみましたが、なかなか面白い。当然、ここ数日間の「抗議問題」
についても触れられています。「(フェミニズムに)片足突っ込んで」いるフェミニストのお連れ合いの岡田裕子さんもご意見を
開陳されています。会田氏によれば、会田さんのお母さんも「頑迷なる初期フェミニスト」だったとか・・・

追記5(2月2日):以下の論も有用な論だと思います。ただし、「『PAPS』なる団体から、性暴力展示に対する抗議文が送付され
たことで、様相が変わった(参照)。会田作品では1990年頃から既に暴力に晒される少女が登場していたし今更感が拭えない」
という部分は私もそう思いますが、「(『PAPS』は)団体の名前を売りたいために有名な芸術家をターゲットにしたのでは、という
疑いも感じる」という部分は筆者の思い込みにすぎない誤解でしょう(弊ブログ筆者は『PAPS』に近い人たちに(メーリングリスト
上での)知り合いが多いのでほぼそう断言できます)。また、同記事中の下段にある「意見」欄もいちいち例示はしませんが参
考になる意見も少なくなく見受けられるように思います。

■『会田誠展:天才でごめんなさい』を観て考えたこと(Blogos 2013年02月01日)
http://blogos.com/article/55362/?axis=g:0

追記6(2月2日):会田氏の画風と思想の関係についての理解には会田氏を評価するサイドの人の記事ですが以下の記事も参
考になります。

■「会田誠 トリックスター」「会田誠 昭和40年生まれ」「会田誠 境界線」「会田誠 津田大介 対談」(イソザキコム Archive for
11月, 2011)
http://www.ith.ne.jp/president/2011/11

では会田誠は?
アートと何の境界なのだろう。
エロ?テロ?オタク?
そんな疑問には意味はない。
なぜならアートに境界がそもそもないのだから。
(「会田誠 津田大介 対談」より)

追記7(2月2日):細谷実さん(関東学院大学教授 倫理学)は「会田誠展」問題に関して「不快にさせられることについて」岡本
太郎の言葉を引いて次のように言っています。「『不快になる』ということにも、いろいろなあり方があります。岡本太郎の主張す
るところでは、綺麗で感じのいい芸術なんてナンセンスで、見る者に嫌な感じを与えてこそ芸術であるということ(言葉は細谷な
りに変形)。さらに敷衍して言えば、そこで言う嫌な感じとは、現状に安住しようとする志向あるいは無難に世界に関わろうとす
る志向に違和がもたらされ居心地悪くさせられるが故の「嫌な感じ」・不快感です。
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東本高志@大分
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