[CML 028629] プロテスタント(抵抗者)の眼――辺見庸の「日録8」(2013/12/30)の言葉と澤藤統一郎さんの 「宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその10」の言葉

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2013年 12月 31日 (火) 18:48:27 JST


前便をブログに掲載するにあたって若干文章を付加しました。以下、付加部分のみ掲載します。

澤藤統一郎弁護士の「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」のその10の記事を読んで、はからずも行政とメディアを含む
原子力関連産業総体がしばしば揶揄の意味を含意して「原子力村」と呼称されるように、その原子力関連産業総体を「原子
力村」と揶揄するほかならない「革新・リベラル」勢力の側にも「民主勢力村」とでも呼ぶべきある意味での排他的利益集団が
存在していることを知ることになりました。この「民主勢力村」にも「岩波」や「週刊金曜日」などの一応名の通ったメディア集団、
出版社などがあり、大学、病院、弁護士などのインテリジェンス組織、労働組合、政党、各種の民主団体組織などがあります。
そこには、それらの団体が一種のコングロマリットを形成し、そのそれぞれが他の団体との緩やかなステークホルダー関係を
結び、そのそれぞれの「小さな利権」の分配と再分配を差配しあっているという一種の「村」の構図を見ることができます。

小さいといえどもそれが「利権」(利益(余剰)を生み出すという意味での)である以上、その「利権」にしがみつき、それを決し
て手放そうとせず、急激な変化を望まない保守主義や現状維持主義も生まれやすくなるでしょう。また、どんな「利権」集団に
もありがちなことですが、その「小さな利権」のおこぼれにあずかろうとする下心だけで「村」への参入を試みようとする者も少
なからず出て来るでしょう。逆にその「小さな権力」を誇示してその「権力」を恣意的に用いようとする者も出て来ます。不埒な
やからはどういうわけかこういう恣意の人を見つけるのが早い。類は友を呼ぶということでしょうか。そして、その恣意の人に
取り入り、それらがインフォーマルグループを形成していきます。こうして「民主勢力村」の腐敗は構造的に累乗していき組織
の根腐れが始まっていきます。澤藤統一郎弁護士が指摘する「人にやさしい東京をつくる会・運営会議」の根腐れはいつのま
にかこうして形成されてしまったものではないでしょうか。

以下、辺見庸の「日録8」(2013/12/30)の言葉を添えて 「宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその10」(澤藤統一郎の
憲法日記 2013年12月30日)を転載させていただこうと思います。辺見庸の指摘と澤藤統一郎弁護士の指摘とはなんの関係
もありませんが、私には共通するプロテスタントの眼が働いているように見えます。

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いまは権力の実相がきもちわるいだけではない。反権力を自称する者らの立ち居ふるまい、目つき、腰つきも、なにやら怪しい。
戦端は、ひとだのみにするのでなく、「個」がいま、みずからひらけばよい。惨めになんどでも負ければよい。『鏡』のなかでは、
できごと、あるいはエピソード が、大状況であれ 些事であれ、記憶と意識の襞に、きっとそうでしかありえないだろう 「個」の濃い
翳りと不思議な逆説性をおびた風景として埋めこまれ、見るわたしを「下品な浸透圧」からいっとき解放してくれる。(略)コビトが
九州から電話をくれた。(辺見庸「日録8」2013/12/30)
http://yo-hemmi.net/article/383248104.html
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以下、前便と同文につき省略。


東本高志@大分
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