[CML 028585] 人にやさしいから希望へ

林田力Hayashida Riki info at hayariki.net
2013年 12月 30日 (月) 11:46:42 JST


「希望のまち東京をつくる会(仮)」が2014年1月8日19時から東京を変えていくキックオフ集会」を豊島公会堂(みらい座いけぶくろ)で開催する。「宇都宮けんじさんと子どもからお年寄りまでが希望を持って暮らせるまち東京をつくろう」をキャッチコピーとする。

2012年東京都知事選挙では「人にやさしい東京をつくる会」が宇都宮けんじ氏を擁立し、「誰もが人らしく生きられるまち、東京」を掲げた。それが途中から「希望都市、東京へ」「希望の政策」など希望が強調されるようになった。どちらも中途半端なブランディングになってしまい、広まらなかった印象がある。

 「人にやさしい」と「希望」を単純に言葉として比べると、政治的アピールとしては「人にやさしい」が数段上等である。「希望」は美しい言葉であるが、何も言っていないに等しい。それに比べると「人にやさしい」には意味がある。私も「人にやさしい」というコピーが登場した際は感激した。これは開発問題にもそのまま該当すると考えて「人にやさしい街づくりをめざし、宇都宮さんを応援する会」を呼びかけたほどである。

 選挙戦で途中からコピーを「人にやさしい」から「希望」に変更したことはブランディング戦略として上策ではないが、そのようにしたくなった事情は理解できる。

 第一に「人にやさしい」は宇都宮氏の一般的イメージと合わない。宇都宮氏が知られているとすれば消費者金融問題や反貧困運動である。そこには社会悪を許さない怒れる弁護士というイメージがある。その土台には人へのやさしさがあり、宇都宮氏と接した人はやさしさを感じるとしても、東京都知事選挙はブラウン管越しにしか接しない有権者への印象が重要である。

 社会悪と闘う怒れる人物像と「人にやさしい」のコピーが打ち消しあって没個性化してしまった。宇都宮氏は知名度が低いと言われるが、消費者金融問題や反貧困運動で十分すぎるほどの活動をしている。知名度アップ策は、そのイメージを強めることから始めるべきである。
http://hayariki.net/tobu/hope.html
 第二に「人にやさしい」は伝統的な革新勢力の政策とあいまって「特定人にやさしい」という印象を与えてしまった。たとえば住宅政策では家賃補助にも言及したものの、選挙戦では都営住宅の拡充ばかりが強調された。現在の状況下では都営住宅を拡充しても、住まいの貧困に苦しむ人々は救済されにくい。「人にやさしい」とは選対内部の人的軋轢を見ると「自分の息子にやさしい」が本音だったのかと思いたくなる。

この点を踏まえると最初から「希望」をコピーとして統一する戦略は有益である。加えて2014年は2012年末以上に希望が求められている。ブラック企業や脱法ハウス(住まいの貧困)が社会問題になった。成功するはずがないと思っていた東京オリンピックが決定し、特定秘密保護法が可決した。あらゆる災厄が世の中に流出した後で最後に残ったものが希望というパンドラの箱に重なる。宇都宮けんじ氏は希望である。
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林田力Hayashida Riki
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