[CML 028293] Re: 丸山眞男と澤藤統一郎さん(弁護士)の「福沢諭吉」論 ――赤穂浪士は義か不義か。「義不義、口の先で自由自在」の解釈に関して

T.kazu hamasa7491 at hotmail.com
2013年 12月 16日 (月) 12:47:51 JST


だからどうだというのですか?
東本さんはいつも御用達にしている澤藤さんとじっくりデベートしてください。
わたしらには無関係です。

私は、以前図書館でよんだ
『福沢諭吉と丸山眞男、「丸山諭吉」神話を解体する』 (単行本)
安川 寿之輔 (著) 高文研
を発注しました。

日本の革新運動主流が「侵略」を問題にし始めたのは、1980年代からでした。
福沢諭吉が侵略主義者だなんて1部の研究者以外はだれも思いませんでした。
「天は人の上に人を作らず・・・・」が福沢のすべてだったのです。
お札の人になったのもそのためでした。

そのあまりにものの鈍さには、
「国権主義者」「脱亜論者」福沢諭吉をあがめた
<わが国の戦後民主主義思想をリードしてきた大先達>(東本さん)
丸山真男さんの影響はなかったのかあったのか。 


東京大学法学部政治学科の無様な現状は、
丸山さんが死んで魂が抜けたのか、
それとも丸山(丸山諭吉)さんの精神を受け継いでいるのか?

ni0615田島拝



-----Original Message----- 
From: higashimoto takashi
Sent: Monday, December 16, 2013 12:03 PM
To: 市民のML
Subject: [CML 028291] 丸山眞男と澤藤統一郎さん(弁護士)の「福沢諭吉」論 ――赤穂浪士は義か不義 
か。「義不義、口の先で自由自在」の解釈に関して

一昨日の12月14日はあの『忠臣蔵』で有名な赤穂浪士の討ち入りの日でした。ただし、討ち入りは、現在の時刻では12月15日の
未明午前4時頃のことであったらしいので310年前(1703年)の12月15日、すなわち昨日のことだったといえなくもありません。

そういうことはともかく、弁護士の澤藤統一郎さんが自身のブログ『澤藤統一郎の憲法日記』に12月14日付けで「赤穂浪士討ち入り
と福沢諭吉」という記事を書いていて、そのなかに次のようなくだりがあります。

「このことに関して、「福翁自伝」の一節を思い出す。緒方洪庵塾の熟生時代の叙述として次のくだりがある。

  「例えば赤穂義士の問題が出て、義士は果して義士なるか不義士なるかと議論が始まる。スルト私は『どちらでも
宜しい、義不義、口の先で自由自在、君が義士と言えば僕は不義士にする、君が不義士と言えば僕は義士にし
て見せよう、サア来い、幾度来ても苦しくない』と言って、敵になり味方になり、さんざん論じて勝ったり負けたりす
るのが面白いというくらいな、毒のない議論は毎度大声でやっていたが、本当に顔を赧らめて如何(どう)あっても
是非を分ってしまわなければならぬという実の入った議論をしたことは決してない。」

ずいぶんと昔にこの文章に接して、福沢諭吉という人物のイメージを固めてしまった。これが彼の本性なのだと、今でも思い
込んでいる。彼にとっては、諸事万端が「本当に顔を赧らめてどうあっても是非を分ってしまわなければならぬという実の入
った議論」の対象ではないのだ。「どちらでも宜しい、義不義、口の先で自由自在、君が義士と言えば僕は不義士にする、君
が不義士と言えば僕は義士にして見せよう、サア来い。さんざん論じて勝ったり負けたりするのが面白い」というくらいな議論
でしかないのだ。

こういう人の言っていることは怪しい。言ってることは本音ではない。ホンネは計り知れない。ホンネが分からないから、言っ
ていることに信が措けない。そう思って以来、諭吉の言っていることすべてが、信用できないつまらない義論ではないか。」
http://article9.jp/wordpress/?p=1698

なるほど。弁護士の澤藤さんらしい正義感に燃えた解釈だな。まことに世間を見渡しても「中立」主義者は決して少なくない。しかし、
その実は、自身の身すぎ世すぎ、世渡りのための「中立」主義。すなわち、たんなる日和見主義であることが多い。そうであればたし
かに「こういう人の言っていることは」「信用できない」。と、一旦はそう思いました。


しかし、丸山眞男の福沢諭吉評価はどうなのだろう? 丸山眞男は晩年にライフワークとして 
福沢の『「文明論之概略」を読む』(上
中下)(岩波新書、1986年)を著したほどの福沢好きだ。丸山ほどの知識人が澤藤さんが解釈する『福翁自伝』の「赤穂義士」議論
程度の福沢を評価するはずがない。そう思って、丸山は福沢の「赤穂義士」議論をどのように解釈しているか。パソコンで検索を懸
けて少し調べてみました(こういうとき、パソコンの検索エンジンは便利です。図書館で調べる手間が省けます)。

と、うまい具合に丸山の福沢の「赤穂義士」議論の解釈を紹介しているブログ記事に遭遇しました。そのブログ記事によれば、丸山
はまず一般論として福沢を次のように評価しています。
http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-c94a.html

「福沢から単なる欧化主義乃至天賦人権論者を引出すのが誤謬であるならば、他方、国権主義者こそ彼の本質
であり、文明論や自由論はもっぱら国権論の手段としての意義しかないという見方もまた彼の条件的発言を絶対
視している点で前者と同じ誤謬に陥ったものといわねばならぬ。文明は国家を超えるにも拘らず国家の手段とな
り、国家は文明を手段とするにも拘らずつねに文明によって超越せられる。この相互性を不断に意識しつつ福沢
はその時の歴史的状況に従って、或は前者の面を或は後者の面を強調したのである。要するに、こうした例に共
通して見られる議論の「使い分け」が甚だしく福沢の思想の全面的把握を困難にしているのであるが、まさにそこ
にこそ福沢の本来の面目はあった。彼はあらゆる立論をば、一定の特殊的状況における遠近法的認識として意
識したればこそ、いかなるテーゼにも絶対的無条件的妥当性を拒み、読者に対しても、自己のパースペクティヴ
の背後に、なお他のパースペクティヴを可能ならしめる様な無限の奥行を持った客観的存在の世界が横わって
いることをつねに暗示しようとしたのである」(「福沢諭吉の哲学」80ページ)。

次にこのブログ主宰者の解説を交えての丸山の福沢の「赤穂義士」議論解釈。

「むかし、『福翁自伝』を読んだとき、たとえば適塾で、赤穂浪士は義か不義か、なんてたわいない議論をする場面、福沢は
「お前が義だと言うならおれは不義だと言う、お前が不義だと言うならおれは義にしてみせる、さあ、かかってきやがれ!」な
んてことをやっているのが印象に残った。別にディベートの訓練なんてつまらん次元のことではない。ある一つの立論がある
として、それとは異なる立場にもそれなりに筋の通った理由があり得る、そうした配慮があってはじめて対話というものが成
立する。このあたりのことを丸山は役割意識という表現で語っている。

「・・・人生は、そこで大勢の人が芝居をしているかぎり、大事なことは、自分だけでなくて、みんながある役割を演
じている以上、自分だけでなく、他者の役割を理解するという問題が起こってくるということです。理解するというの
は、賛成するとか反対するとかいうこととは、ぜんぜん別のことです。他者の役割を理解しなければ、世の中その
ものが成り立たない」(「福沢諭吉の人と思想」196ページ)。」


澤藤さん

福沢の議論は、「諸事万端が『本当に顔を赧らめてどうあっても是非を分ってしまわなければならぬという実の入った議論』の対象で
はない」と思っているのではなく、すなわち、日和見主義者の世渡りの術ではなく、『ものろぎや・そりてえる』のブログ主宰者が解説し
ているように「ある一つの立論があるとして、それとは異なる立場にもそれなりに筋の通った理由があり得る、そうした配慮があって
はじめて対話というものが成立する」。すなわち、「役割意識」の重要性、ということを言っているのではないでしょうか?

ここは澤藤さんの母校の先輩でもある丸山眞男の「福沢諭吉」評価、わが国の戦後民主主義思想をリードしてきた大先達としての丸
山眞男の眼識力を尊重するべきではないか、と私は思います。


東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/



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