[CML 027975] 覚悟を決めないと権力批判的なものはつくれない時代。 物書きとしてせめてできることを、・・・

京都の菊池です。 ekmizu8791 at ezweb.ne.jp
2013年 12月 1日 (日) 08:04:04 JST


覚悟を決めないと権力批判的なものはつくれない時代。 物書きとしてせめてできることを、・・・


転送・転載歓迎


京都の菊池です。

・・・
 さらに今、ここぞとばかりに『特別秘密保護法案』などが出てきて、
覚悟を決めないと権力批判的なものはつくれない時代になってきています。

世界が平和でありたいと願う自分の行為がなんと、かぼそいことかと思う。

しかし、

物書きとしてせめてできることを、
・・・

と述べる


蓬莱泰三さん

の「詩」に



 合唱という媒体は、

・・・言いたいことが率直に言えるというメリットがあるようにも思います。

人々への伝わり方の速度は・・・じっくり浸潤し、思いを繋ぎ合い、広がっていく・・・生身の人間が声を合わせる合唱ならではの在り方だと思っています。

 しかし合唱の当事者として私は、
その在り方に

安住してはいけないのではないかとも考えています。
(「この数十年、特に近年、マス・メディアは権力との結びつきをより強固なものにしながら、恐るべき力で世論を誘導しているように見えます。
カッコ付きの「世論」に異を唱える人たちの声をいとも簡単に吹き消すかのように。」

という状況だから)

と述べる


信長貴富さん

による作曲


で、つくられた
新曲混声合唱組曲「きみたち」
を中心とした、演奏会を

神戸市役所センター合唱団
(ホームページは
http://center-choir.jp
です)
が、

昨日11/30土曜、
が第一日目の演奏会を行い、
そして今日12/1日曜第二日目千秋楽
13:30開演で
神戸で行います。

※当日券販売あります。
※後日、この演奏会のCD、DVDを、神戸市役所センター合唱団が発行します。お問い合わせください。


詳しくは、

[CML 027682] 蓬莱泰三の渾身の書き下ろし詩を得て信長貴富が言葉の真実に迫る音楽を書いた「きみたち」初演11/30、12/1
2013年 11月 16日 (土) 14:31:08 JST

http://list.jca.apc.org/public/cml/2013-November/027639.html

を参照ください。


蓬莱泰三さん、信長貴富さんの言葉をはりつけます。


うたごえ新聞
(ホームページは
http://www.utagoe.gr.jp/journal/
です)
2013/12/3号

蓬莱泰三氏に聞く

より


大人の責任として書き続ける


・・・
混声合唱組曲「きみたち」は、
イラクが大量破壊兵器を持っていると
虚偽の情報操作をして米国軍らが侵攻して起こされたイラク戦争をテーマに描かれている。

・・・
「でも、書いていてうしろめたい想いはぬぐえませんでした。
結果的に“私たちの国はイラク戦争を支持した”のですから。
テレビを観て突き動かされたと言っても、僕が直接的に何かできるわけではない。結局書いたのはかなりセンチメンタルなフィクションです。
イラク戦争を直接知っている人から『なんだ』と言われてもしかたがない。

けれど
『チコタン』以来、戦火や飢餓で大人の犠牲になっている子どもたちの
グラビアや映像に触発され、

私たち大人の責任を自問してきた
延長線上に『きみたち』はあります。

24年間やらせてもらったテレビドラマ『中学生日記』も根底には私を含めた大人の責任を問うてきました」。

・・・

「今、報道はかなり角が取れてしまっています。
僕は50年、テレビの世界に身を置き、報道のいかがわしさをイヤと言うほど観てきました。
真実を伝えられることに都合の悪い人たちからのクレームに揺れ、自己規制してしまう。

 さらに今、ここぞとばかりに『特別秘密保護法案』などが出てきて、

覚悟を決めないと権力批判的なものはつくれない時代になってきています。

世界が平和でありたいと願う自分の行為がなんと、かぼそいことかと思う。
しかし、物書きとしてせめてできることを、うしろめたくても書くしかありません」。




演奏会のパンフレットより


信長貴富(作曲家)


・・・
 何よりもまず、訴えるべき言葉が必要であると強く感じました。
蓬莱泰三先生の渾身の書き下ろし詩を得なければ、この仕事を成し遂げることはできなかったでしょう。
蓬莱先生の詩は、一言たりとも聞き逃せない綿密な構築性を持っています。
この詩に私の拙い作曲力で立ち向かうことは、ほとんど戦いに近い精神状態だったと言えます。
歌い手の皆さんも同じような精神状態を経て、本番を迎えられるのではないでしょうか。

 合唱という媒体は、幸か不幸かメジャーなメディアではありません。
しかしマージナルな分野であるからこそ、
言いたいことが率直に言えるというメリットがあるようにも思います。
人々への伝わり方の速度はマス・メディアのようにはいきませんが、
じっくり浸潤し、思いを繋ぎ合い、広がっていく・・・生身の人間が声を合わせる合唱ならではの在り方だと思っています。

 しかし合唱の当事者として私は、その在り方に

安住してはいけないのではないかとも考えています。

この数十年、特に近年、マス・メディアは権力との結びつきをより強固なものにしながら、恐るべき力で世論を誘導しているように見えます。
カッコ付きの「世論」に異を唱える人たちの声をいとも簡単に吹き消すかのように。

合唱の中で発信される言葉は、思いを共有する者同士の間で温め合っているだけでは
実を実らせないのです。
社会の中で、その存在が認知されなければ。

そのために作曲家は力を振り絞って音楽を作り、
歌い手たちは歌声を磨かなければなりません。

私たちの声に、より多くの人たちの耳を傾けさせるには、
同人としての合唱にとどまらず、
合唱音楽を芸術として認めさせていく努力が必要だと思うのです。

道のりは険しいですが、
それでも前に進むのだという勇気を、今回の演奏会で得ることができたらと思っています。




菊池
ekmizu8791アットezweb.ne.jp
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