[CML 026190] ◆繰り返すが、新聞事業とは国民社会に対するテロリズムである。( 独りファシズム ブログ)

M.nakata gukoh_nt at yahoo.co.jp
2013年 8月 30日 (金) 09:17:13 JST


M.nakata です。
重複おゆるしください。


<下記転送拡散歓迎>
---------------------------------
首相官邸の情報収集機能を強め、外交・安全保障政策の司令塔になるNSCとの連携を強化する狙いがある。(朝日新聞デジタル)-http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/abe_cabinet/?id=6089150
-----------------------------------------------------------------------------------------
安部内閣は、米国にすべて日本国民の情報収集・統制を米国NSC一本化にするということなんだろう。

敗戦後の擬似植民地国家。主権国家のかすかな気概も棄て、歯止めもなく、
同じ手口の、国土・国家存亡の原発放射能問題・被害を、国民の目を戦争する国にへと、焚きつける。

マスメデイア(新聞・TV)の総力を使い、プロパガンダづくり。
これもショックドクトリン手法!。

国民の深い精神内部をつぎつぎ崩壊させ、死への道へ走らせようとする。
軍事国家日本への大衆動員・宣伝が始まっている。


(貼り付け開始)
**-********************************************
 
独りファシズム ブログ
We are the Natural Born Slaves.()

http://alisonn.blog106.fc2.com/blog-date-20130827.html

I am the Brainwasher 


2013/08/27 00:05

◆繰り返すが、新聞事業とは国民社会に対するテロリズムである。

彼らは戦前・戦中を通じて異様なナショナリズムを醸成し、国民精神を戦争イデオロギーの鋳型に落とし込み、1000万人以上にもおよぶ内外の犠牲者を生み出している。本来的にはGHQにより解体されるはずであったのだが、占領統治がマスメディアを中心手段とする認知支配へシフトされたことから、侵略集団の下部構造として存続することになったわけだ。

新聞社は民衆を無知に沈める支配装置として社会にビルトインされているのであり、「権力の監視」を自称しつつ報道組織にカモフラージュされているものの、本質として官庁の宣伝機関(propaganda machinery)であり、経済グループが私的所有する検閲組織と言えるだろう。

彼らは常に現実の改変を付託されているのであり、早い話し、米国、官吏、資本が利潤を得るよう事実を最適化し、本質と末節をすりかえつつ、虚説によって不都合を隠蔽し、体制を絶対化するという方法論である。

新聞という欺瞞の積層について叙述すれば一大叢書となるので割愛するが、とりあえずこの2年における論理操作を検証して頂きたい。一貫していることは、原発事故の被害はない、汚染ガレキは安全である、汚染食品は安全である、TPPの加盟は正当である、消費税率の引き上げは必須である、などという脱文脈化した深層構造のない論説であり、科学的検証を伴わない妄言のオンパレードだ。

ネットから能動的に情報収集を行い、冷静に現状分析をした人々は汚染地帯から脱出し難を逃れたのだけれど、新聞報道を鵜呑みにしてそのまま留まり、食品や水を摂取した人々は致命的に被曝したのであり、文字通り報道によって殺されるのである。

つまるところ新聞屋は「情報の非対称性」につけこんでいるわけだ。被災地の小中学生が文化行事やスポーツイベントに興じる映像などを復興シンボルとして大々的にとりあげ、人類史上最悪の放射能汚染を隠蔽し続けたのであり、どのような健康被害が及ぶか十分な理解と情報を得た上で、小さな生命をプロパガンダの生贄としたのであり、そのような調整原理はもはやナチズムと何ら変わりがない。

これについて、ある地方記者は「金にもならいのに、そんなことをいちいち問題視し、騒ぐ連中がバカ野郎だ」などと暴言を吐き棄てたのだが、結局のところ人間とは既得権益の中で腐っていく生き物なのだろう。

おおよそ社会人というのは熾烈な競争原理に晒され、そのような過酷によって人間が鍛え上げられつつ、人格が陶冶されたりもするのだけれど、再販制度や参入障壁、記者クラブ制度によって外部との競争原理を排除された彼らは、年ごとに知的営為が劣化しているわけだ。つまり購読者に蒙昧をしかける彼ら自身も、社会や生命や文明など高度な概念を抽象する能力を逸失しているのであり、すなわち、この国の媒体事業とは、馬鹿が馬鹿を騙してカネを毟るカルト商法の属である。

反体制を気取った「ポスト」と「現代」も3.11を契機に御用メディア化し、執拗にセックス特集を競いつつ、進行する原子炉事故の破局を隠蔽するとおり、雑誌媒体も本質として「焚書」されているのであり、すでに電脳を除く情報空間は全面的に禁圧状態であり、「言論の自由」などとっくに殺されているのだろう。

かつて自分はX日新聞系列の広告代理店で女性向け媒体の編集長を努めていたのだが、経営者は常に「オンナ向けの媒体に難しい言葉は使うな。最低の知性の連中なんだから、とにかく低次元に作れ」などと怒鳴りちらしていた。断っておくが、これは本紙に折込されるフリーペーパー(補完媒体)だ。

自分は当時からこのようなシンタックス(文体構造)を貫いていたため幾度も口論となったのだが、ついにカイシャは、「いかにしてゴミのようなくだらない文章を書くか」というレクチャーの受講を命令したわけだが、その「講師」とは外食ライターを肩書きとし、学識や知的素養など一切皆無の、おおよそ下品を絵に描いたような肥満の中年女である。

彼女の教説を要約すると、語彙を極限まで削り取り、レトリック(修辞法)は中学1年生が直感できる程度にとどめ、記事テーマは無教養な主婦層を想定しろということであり、すなわちそれが新聞社の想定するセグメント(読者層)であり、購読者の知性はこれほどまでに冒涜されている。

そのような構文モデルはオーウェルが「1984」で描写したNew Speak(新語法)の体現であり、つまりこの国ではマスコミが主導的に言語体系を破壊しているわけだ。おおよそ人間は語彙の範囲でしか思考ができないのだし、つまり語彙の削減とは思考の抑制と同義なのであり、メディアによって我々の精神活動そのものが退廃していると言えるだろう。

拙ブログがあまりにも難解で理解に苦しむというメールを頂いたのだが、そもそも何と相対して難解かという問題が生じるのであり、むしろ昭和初期の新聞記事などと比較した場合、拙文の語彙群は圧倒的に平易であり過小だ。つまり占領統治政策の一貫として、言語機能の解体が命題化されていたのであり、この半世紀において国民は常用的な語彙群を喪失し、言語運用能力とともに論理的思考能力が致命的に破壊されたのである。

その結果、首都圏で3基の原子炉が崩壊し、数千万人が放射線に晒されるという破局に直面しながら、国民は一切を意味化できず、最中にバラエティ番組やスポーツ中継に興じるという異常であり、つまり幼児性が我々の精神構造の支柱となっている。そのような民度なのだから、TPPによる主権委譲はおろか、徴兵制度が施行されたところで、何が起こっているのかすら理解できないだろう。

米国では新聞社の倒産や閉鎖が相次ぎ、ついにはワシントン・ポストがアマゾンに買収される事態となったのだが、爆発的な端末機器の普及はやがて日本国においてもそのような衰退の連鎖を引き起こすはずだ。しかしそれは旧媒体による認知操作の終焉ではなく、むしろ統廃合されたプロパガンダ組織が荒廃時代の要請とともに、支配装置として強化される契機なのであり、さらに事実群は原型を留めないほど改変を施され、我々はもはや知性劣化に歯止めが効かない状態に陥るのだと思う。

「未来は現実の復活ではなく、シミュレーションの更なる増大のみを約束している」というJ・ボードリヤールの理説が静かに炸裂するのだろう。

●個々は強大な支配勢力を前にして砂粒のように無力な存在なのだけれど、ささやかな抵抗が可能だとすれば、それは新聞購読の解約なのであり、テレビ受信契約の解除なのであり、報道バラエティというパラダイム(世界観)の排除なのであり、すなわち腐敗したコンテンツ群からの積極的な逃避ではないだろうか。

抑圧世界に存する我々にとって、正常な言語機能だけが、精神の自由を担保する唯一のツールなのだ。

*************************************************************************************


CML メーリングリストの案内