[CML 026084] 藤圭子の時代の「歌」について 雑感 ――ある人への返信として

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2013年 8月 25日 (日) 23:37:10 JST


藤圭子は私も好きな歌手でした。ハスキーボイスでなにかしらアンニュイな感じ(ウィキペディアには「夜の世界に生きる女の感情
を描いた暗く陰鬱な歌(『怨歌』)を、伸びやかかつ深々と歌い上げた」とあります)もあって、そういうところがなぜか涙が出るくら
い好きでした。藤圭子がデビューした年の60年代の終わりから70年のはじめにかけては70年安保闘争があり、あさま山荘事
件があり、三島由紀夫の割腹自殺があり、という時代でもありましたが、藤圭子が醸し出すある種のアンニュイな感じ。あのアン
ニュイな感じはもう一面のその時代の空気でもあったような気がします。東大の駒場祭に「とめてくれるな おっかさん 背中のいち
ょうが 泣いている 男東大どこへ行く」という背中に唐獅子牡丹の刺青のある橋本治のあの有名なポスター&キャッチフレーズが
登場したのもこの時期でした。やはりどこかアンニュイな感じが漂っていますね。
http://bit.ly/16yf5bs

この時代、私は、山崎ハコやカルメン・マキも好きな歌手でした。

■カルメン・マキ/時には母のない子のように (1969年)
http://www.youtube.com/watch?v=ZQ0eLP-Upak

■山崎ハコ 織江の唄
http://www.youtube.com/watch?v=hOGUHjdDPek&feature=youtube_gdata

いま、あらためて聴いてもわけもなく目頭が熱くなります。

もちろん、藤圭子の『女のブルース』も大好きでした。「ここは東京、嘘の町」とカラオケならぬ安酒場のスナックで私も何度歌っ
たことか。

しかし、「『ここは東京、ウソの街』という歌が人々の潜在意識を捉えた」理由を「福島に当時出来始めた原発に依存する街東
京。そのウソ臭さ」に求めるのはどうでしょう?

やはり私の好きな歌のひとつに森進一の『ひとり酒場で』(1969年)という歌がありますが、この歌で歌われている「ひろい東京」
の哀しみは、井沢八郎が「就職列車にゆられて着いた」と歌った『ああ上野駅』の時代の哀しみを引き継ぐ「ひろい東京」の哀し
みでもあっただろうと私は思っています。藤圭子の「ここは東京、嘘の町」の東京もその「ひろい東京」の哀しみとほぼ同様の哀
しみではないか(だから、「福島に当時出来始めた原発に依存する街東京。そのウソ臭さ」というのは少し飛躍しすぎ)、とは私
の思うところです。

ちなみに森進一の『ひとり酒場で」(作詞:吉川静夫、作曲:猪俣公章)は以下のような歌詞。

ひろい東京に ただ一人/泣いているよな 夜が来る/両手でつつむ グラスにも/浮かぶいとしい 面影よ
夜の銀座で飲む酒は/なぜか身にしむ 胸にしむ

嘘で終わった 恋なんか/捨てて忘れて しまいたい/男の意地も おもいでも/流せ無情の ネオン川
夜の銀座で飲む酒は/なぜか身にしむ 胸にしむ

暗い東京の 酒場でも/夢があるから 酔いにくる/今夜はとても 淋しいと/そっとあの娘が 言っていた
夜の銀座で飲む酒は/なぜか身にしむ 胸にしむ
http://mojim.com/tw_search_u2_UTVdoEHPyPQ.html



東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/ 



CML メーリングリストの案内