[CML 026010] イラクの死者を数える 「イラク・ボディー・カウント」創設者に聞く

BARA harumi-s at mars.dti.ne.jp
2013年 8月 22日 (木) 10:26:41 JST


新聞記事・朝日新聞・8月21日朝刊

イラクの死者を数える 「イラク・ボディー・カウント」創設者に聞く
http://digital.asahi.com/articles/TKY201308200532.html?ref=pcviewer
---------------------

イラク戦争から10年。今なおイラクで命を落とす市民を数える人たち
がいる。
地道な作業から見えてくるのは、暴力を断ち切るのがどれほど難しいか、
どの死者にも記憶されるべき物語があったということだ。
NGO「イラク・ボディー・カウント」創設者のハミット・ダーダガン氏と
ジョン・スロボーダ氏に「死者を数える意味」を聞いた。

 ――イラク戦争から10年が経ちました。

 ダーダガン 活動を始めた時、10年後にまだ死者を数え続けている
だろうなんて、私たちは想像もしていませんでした。
でも戦争が終わっても命を落とす民間人は増え続けた。
2005年に1万6千人、06年は2万9千人。
ショックでした。

 スロボーダ スンニ派、シーア派などの宗派対立が激烈を極めたころ
です。
09~12年は年間4千~5千人で大きな変化がありません。

 ダーダガン 実はそれこそ私たちが胸を痛めている点です。
米英部隊が撤退したにもかかわらず、イラクにおける暴力の規模に
改善の兆しが見えない。
この10年間にイラクで殺された外国部隊の兵士(約4800人)とほぼ同じ
人数の市民が毎年、命を奪われている。
今年に入って再び増えているほどです。
つまり低レベルとはいえ「戦争状態」が固定化してしまったといえます。

 ――だれが犠牲になっているのでしょうか。

 ダーダガン 警察を標的にした攻撃が際だっています。
昨年は犠牲者の20・5%が警察官。
それも特殊部隊などではなく、大半が市民の安全を守る普通の警察官
です。
さらに政府官僚や自治体首長、判事からゴミ収集員まで殺されている。
社会がきちんと機能するのを、何者かが妨げようとしているかのようです。

 スロボーダ 今のイラク政権は米英軍の占領下で樹立されました。
政治的合意を尽くさず、正統性を欠いた政府には暴力を抑え込めない
前例は、英・北アイルランドやスペインのバスク地方でもありました。

 ダーダガン 身内を殺されたことに端を発する報復の連鎖も続いています。
治安が崩壊した状況で止めるすべもない。
外国部隊の撤退がもっと早かったら事態は違っていたかもしれません。

 ――なぜ、あなた方は民間人犠牲者の数を数えるのですか。

 ダーダガン 重要なのは「何人死んだのか」ではなく、「だれが、どのように
殺されたのか」です。
日々流れるニュースは魚のフライ料理をくるむ新聞紙のようなもの。
一日たてばゴミ箱に捨てられてしまう。
スクラップ帳にしまいこまれたり、ネットの海に四散したりする前に、命を
落とした人々の情報を集め、それを整理し、分析する。
使われたのは銃か爆弾か。
だれの仕業か。
子供は含まれていたか。
そんな作業によってその戦争の本質が見えてくるのです。

 スロボーダ イラク戦争を始めた国の説明責任もきちんと検証する
必要があるでしょう。
ブレア氏(開戦時の英首相)は「軍事行動で民間人に犠牲は出るだろう。
だが、それはフセイン政権下で殺される民間人よりも少ない」と説明して
いました。
そう言い切れる根拠はいったい何だったのか。
客観的なデータがなかったため、鋭く突っ込めるメディアが当時は
なかったのです。

 ダーダガン 名前や状況が克明に記録され、後世への記憶が
残される兵士と違い、戦争で死んだ民間人の情報はあまりに少ない。
私たちが把握した犠牲者のうち身元が判明したのはわずか7%です。
後世に伝えられる記憶も限られています。
ブレア氏やブッシュ氏(前米大統領)の決定で直接影響を被った
市民の歴史も正確に記録したいのです。

 ――数える根拠とするメディアの報道は信頼できますか。

 ダーダガン 記者は基本的に現場にいきます。
記者の確認作業を経た情報は信頼度が高いと思います。

 ――リビアやシリアなど、メディアの関心も移ろいがちです。
イラクで働く特派員も減りました。

 ダーダガン 確かに05年ごろからイラクは外国人記者には危険な
場所になりました。
代わりに多くの報道機関がイラク人を訓練して記者にした。
今のイラクのメディア環境は彼らが担っています。
ただ暴力が日常化して、小規模の事件にメディアが次第に関心を
持たなくなっているのは事実です。

 スロボーダ シリア内戦でも死者を数えている団体がありますが、
ソーシャルメディアからの情報が多い。
ただツイッターのつぶやきだけでは信頼性が低い。
ジャーナリストは「死者の記録者」としては最強の存在だと思います。

 ――死者を数えたことで何がわかりましたか。

 ダーダガン 民間人が、兵士よりも60倍の確率で爆弾テロの犠牲
になっていることがわかりました。
また、子供は大人よりも爆弾テロで受けた傷で生存する可能性が低い。
イラクのように医療制度が整っていない場所では、身体の損傷が
複雑な負傷は、弱者にとって死に直結するリスクになるのです。

 米軍などによる占領期当初は、大勢の民間人が米軍と武装勢力の
交戦に巻き込まれて死亡しました。
その後の米軍増派で、宗派間抗争はいったんは減りました。
しかし、それが先に述べた「低レベルの戦争状態」を作り出したのです。
外国部隊の存在自体が暴力というものを正当化してしまう。
だから、外国部隊の撤退こそが問題解決の第一歩であると私たちは
提言しました。

 私たちは収集したすべてのデータをオンラインで公開している。
そのデータをもとに国際機関や各国政府が治安状況を把握したり、
難民認定や帰還の判断材料にしたりしています。
私たちの最大の願いはイラク戦争の教訓を導きだしてもらうこと。
現在、英国では独立調査委員会がイラク戦争を検証中です。
戦死した英国兵の人数だけでなく、どれだけの民間人が犠牲に
なったかで戦争の当否を判断してほしい。

    ■     ■

 ――いつまで死者を数え続けますか。

 ダーダガン 私たちは当初イラクで起きていることを西洋社会に
知らせようと死者を数え始めました。
しかし、肝心のイラク人が自分の庭先で起きている事態を知らされて
いないことがわかりました。
私たちが記録するのは、戦争がもたらした死や負傷で直接の影響を
受けた人々の歴史。
家族や愛する人を失った人々に当然知らされるべき真実です。
だから今、私たちはデータのアラビア語への翻訳を進めています。
そうすれば、私たちが把握していなかった事件についてイラク人自身が
ネットを通じて報告できます。
「数字」しかなかった情報に「名前」を加えることもできます。

 スロボーダ この作業には何十年もかかるでしょう。
私がこの世を去っても続いているはずです。

 ダーダガン 暴力を受けた人々にとって、経過した時間の長さは
関係ありません。
そして自分たちの悲劇について、世界がもっと知ってほしいと願っている。
70年以上前の第2次大戦中、2万人のポーランド人将校らがソ連秘密
警察に銃殺されたとされる「カチンの森事件」は典型例です。
犠牲者リストの整備が進み、その名を刻んだ墓地もできました。
市民が体験した喪失、家族が受けた苦難、村を襲った悲劇を知ってほしい。
向き合ってほしい――。
そんなメモリアル(記念碑)を私たちは石ではなく、世界中がアクセスでき、
教育の場でも活用できるオンラインで作り上げたいのです。

    *

 ハミット・ダーダガン Hamit Dardagan 61年生まれ。
トルコから英国に移住後、外国人労働者の支援団体や環境保護団体
などで活動。
オックスフォード・リサーチ・グループ研究員

    *

 ジョン・スロボーダ John Sloboda 50年生まれ。
安全保障や和平構築を扱う英シンクタンク、オックスフォード・リサーチ・
グループ前事務局長。
英キール大学名誉教授。大学での専門は音楽心理学


 <取材を終えて>

 闇夜を切り裂くミサイル、TVゲームのようなピンポイント爆撃、がれきが
散乱した爆弾テロの跡。
戦争から「人間」が見えにくくなっている。
2人が始めた活動には「人数が多すぎる」「もっと多くの市民が死んだ
はず」と批判もある。
だが彼らは「一人一人の死者を積み上げているだけ」と動じない。
戦争という悲劇に人間の存在を取り戻す。それが死者を数えることだと知った。

 (前ヨーロッパ総局長=沢村亙)


 ◆キーワード

 <イラク・ボディー・カウント> 
イラク戦争直前の2003年1月に創設され、現在は英米在住のボランティア
9人が活動している。
メディア報道、国際機関や政府、NGOの公式発表から、イラクで民間人が
巻き込まれた戦闘やテロの情報を収集。
複数の情報源で裏付けられた事例について、日時、場所、使用武器、死者・
負傷者の人数、犠牲者の名前、性別、職業などを記録する。
情報源によって人数などが食い違うため集計に幅を持たせている。
開戦からの民間人犠牲者の総数は20日現在、11万4138人~12万5049人。 




CML メーリングリストの案内