[CML 025949] Re: 阿波踊りにおける死者との交歓

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2013年 8月 17日 (土) 17:56:37 JST


熊田さん

「阿波踊りにおける死者との交歓」という主題に関してご紹介されている「平和祈念祭:戦没者の冥福祈り、阿波踊り奉納??徳島
護国神社 /徳島」という毎日新聞の記事を読んでみました。

「阿波踊りにおける死者との交歓」は別に「徳島護国神社」への奉納の形でなくともできるでしょう。そもそも「盆踊り」自体が死者
への供養から始まったものですし(wikipedia『盆踊り』)、「阿波踊り」も「精霊踊りや念仏踊り」を原形にして始められたもののよう
です(同『阿波踊り』)。阿波踊りそれ自体が死者への供養です。「護国神社」という舞台を必要としません。

私の故郷の近くの小倉(北九州市)に足立山という小さな丘のような山があります(私は20代の頃、この山麓の一角にある蕎麦
屋が好きでときどき通いました)。その足立山のさらに一角に標高365メートルほどの無名峰がありましたが、その無名峰がい
つの間にか「小文字山」と呼ばれるようになりました。その山でのお盆の迎え火として知られる「小文字焼き」の行事が有名にな
ったからです。

下記をURLをクリックしてみてください。美しい、ある意味で幻想的な風景です。
http://photohito.com/photo/2024832/

この「小文字焼き(迎え火)」の行事は、戦後間もない昭和22年に福岡県で国体が開催されたときに小倉で競輪競技等があり、
その選手の皆さんを歓迎するために足立山の中腹に「小」の字を掘り込み火を燃やしたことから始まったようです。「戦没者」慰
霊ということとは縁もゆかりもありません。それでも「迎え火」の行事として故郷に定着していきました。今度は下記のURLをクリッ
クしてみてください。みなさんそれぞれが故郷の「迎え火」の行事への愛着を語っています。
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/showa39/001/photo/sh_001_007.htm

「死者との交歓」とはこういうこと(風景)を指していうのではないでしょうか?

弁護士の澤藤統一郎さんが8月16日付けで「戦没者追悼の名で、戦死者の利用を許してはならない」という記事を書いていま
す。
http://article9.jp/wordpress/?p=990

また、作家の池澤夏樹もかつてエッセーの中で亡き叔母の言葉として次のような言葉を語らせていました。

      「死んだ人はもう死んでいるわけだから、後から出てきて弁明もできない。死んだ者の気持ちはわからない。それな
      ら、社会は人の死をどんな形でも利用してはいけないでしょう。もともと人は決して大義のために死ぬわけじゃなくて、
      それぞれにひっそりと小さな個人の死を死ぬのよ。そこに生者の勝手な都合を上乗せしてはいけない。誰かの死を
      テコにして、社会を変えようとしてはいけない。死の瞬間だけでその人の人生を意味づけるようなこともやっぱりいけ
      ない。共感をもってその人の生を見なおすことしか、残った者にはできないし、それで充分なんじゃないかな。」(朝日
      新聞文化欄「夏のかたみに 10」 1993.8.18)

護国神社への阿波踊りの奉納は「戦没者追悼の名で、戦死者を利用」することになるのではないでしょうか? それは「死者と
の交歓」とは違うことのようにおもいます。考えていただきたいことです。


東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/

From: 熊田一雄
Sent: Saturday, August 17, 2013 2:31 AM
To: cml at list.jca.apc.org
Subject: [CML 025941] 阿波踊りにおける死者との交歓
熊田です。

「阿波踊りにおける死者との交歓」
http://d.hatena.ne.jp/kkumata/20130817/p2

熊田一雄 



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