[CML 025898] 「迎え火」の日に 日常の連なりとして込みあげてくる「怒り」について~辺見庸『私事片々(不稽日録)2013.8.8~』より

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2013年 8月 13日 (火) 23:08:11 JST


辺見庸が近ごろのおのれの「私事」の心象をブログに書き綴っています。辺見にとっておそらくこれまでになかった光景です。辺見はこの
8月31日に東京・四谷で「死刑と新しいファシズムーー戦後最大の危機に抗して」と題した講演をします。辺見によれば、この講演会は、
「これまでのように主催者側の要請によるものではなく、わたしがはじめて(年がいもなく)衝動的に志願し」て準備されたもののようです。
その8月31日に向けて、辺見はおのれのいまの「怒りの心象」といってよいものを書き綴っています。それは「怒り」いうよりも「悲しみ」。
「悲しみ」というよりも「苛立ち」。「苛立ち」というよりもいまという時代への「悲嘆(グリーフ)」。その辺見の「怒り」と「悲しみ」と」「悲嘆(グリ
ーフ)」に私は強く共振します。

「76歳の老人が熱中症で直腸内温度39度になって死んだ」。その怒りは私の怒りでもあります。「この病院にほどちかい歩道橋のたもと」
に「いつも汚れたふとんを敷いて横向きに寝て」「あんなに小さなからだからはげしい悪臭をはなっていた」ホームレスの老婆の「タスケテ、
タスケテ、タスケテ!」という心の叫び、それを「何百人、何千人が、ろくに彼女を見もせずに、ただ息をつめてとおりすぎたこと」への怒り、
は私の怒りでもあります。私は激しく辺見の「怒り」に共振します。そのとおりすぎた通行人のひとりはあるときはおそらく私でもあっただろ
う、という私への「悲嘆(グリーフ)」と「怒り」をも含めて。

8月31日に向けて私も辺見の同行者のひとりになろうと思います。

下記は、辺見の『私事片々(不稽日録)2013.8.8~2013/08/12)』。さらにその下にかつて辺見について書いた私の微々たる記事を再録し
ておこうと思います。

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辺見庸『私事片々(不稽日録)2013.8.8~』
http://yo-hemmi.net/

「この炎熱!きょうも貧しくてからだの弱いひとびとから順番に、ポッポッと命の火種を消していくことだろう。3年前の夏にも、たくさんの
貧しいひとびとが亡くなった。そのとき「ツユクサの想い出」というエッセイを書いた。じぶんで書きながら、石を呑んだような衝撃を受け
たのでまだ憶えている。いま反芻し、ふたたび予感している。3年前の夏、76歳の老人が熱中症で死んだという“よくあるできごと”につ
いて調べていておどろいた。なににおどろいたかというと、「フツウ」にであった。あるいはどこにでもよくあるだろう日常というものの、
そのじつ、 尋常ではない惛がりと灼熱と孤独に、絶句した。老人には月額7万円ほどの年金があった。妻をなくし、腰痛ではたらけない
息子と家賃5万5千円のアパートでくらしていた。不幸ではあるが、この不幸せはきわめて例外的とまでは言えない。大別するならば、
極貧にちかいけれども、他にもあるフツウの貧しさだろう。老人は役所に生活保護を申請し、あっさり断られた。これもよくあるケース。
生一本の老人は節約のため、みずから電気、ガス停止の手つづきをした。したがって、エアコンがあっても冷房はできない。電球があ
っても真っ暗。懐中電灯とカセット・コンロだけの穴居生活みたいなくらしが、死ぬまで10年ほどつづいた。2013年8月8日のいま現在も、
そのようなひとびとが暑熱のなかで息もたえだえになっているだろう。「てきせつにエアコンを使用してください」といわれても、そうでき
ないひとびとがいくらでもいる。あの76歳の老人は、死後1時間以上が経過していたのに、検死時、直腸内の温度が39度もあったという。
わたしは書いた。「この死はとうてい尋常ではない。まったく同時に、この死には私たちの居場所と地つづきのツユクサのようなふつうさ
が見える。異様とふつうが、ほの暗い同一空間にふたつながら平然となりたっている。それが怖い。たぶんこの国の日常とはそういうも
のだ。ふつうが反転して、ある日とつぜん悪鬼の顔になる」(『水の透視画法』)。あれから3年。大震災、原発炉心溶融、政権交代・・・。
どうだろう、悪鬼の顔は、いまはっきりと見えているだろうか。貧しい者はフツウによりいちだんと貧しくなり、いっときあれほど反省され
た原発がフツウに再稼働に道筋をつけ、極右政権の夜郎自大はますますフツウにとどまるところがない。すべてをフツウに見せている
なにか。とてつもない異常を、ごくフツウと見てしまう目、目、目・・・。わたしはけふもエベレスト*にのぼった。ツユクサが3年前とおなじく
花びらを閉じて合掌していた。わるい予感がする。」(2013/08/08)

      *引用者注:辺見の「私事片々」の2013年7月16日付けの記に「アパートから200メートルも離れていないカフェまでよろよろ歩
      き、コーヒーを飲んで、またよろよろ帰ってくる(略)。帰途、「エベレスト」にのぼるのを忘れない。ハナミズキのある角の広場
      の土盛りは高さ1メートルもないのだけれど、わたしにとっては断崖絶壁なので、エベレストと名づけた」とあります。

「東京の病院にいく。眠剤、精神安定剤、血圧降下剤2種、抗血栓剤もらう。例によって、9年間、例のごとし。これもいわゆるフツウだ。
医者はいちおうヒトの顔をしているけれども、じつは脳に問題のあるまだ若いヤギが眼鏡をかけて白衣を着ているにすぎない。それは
きょうびもはや病気とも言えない、あまりにフツウの障害であり、症状は〈すべての痛みへの無感動〉〈政治、社会状況、とりわけ患者
の内面や固有の脳血管障害への無関心〉〈前記のことがらへの不干渉〉〈同無提案〉〈同不介入〉〈心にもない微笑〉〈曖昧な微苦笑〉
〈言辞、動作、気配全般における無気力〉〈あらゆる局面における完璧な非暴力〉・・・などをもって特徴とするらしい。まったくフツウであ
る。ただし、あのヤギがだれも見ていないところでなにをしているかは、わかったものではない。自動料金払い機で薬代を見たら、2か
月分で1万3千円ほどだった。ギョッとする。払えないひとだって少なからずいるだろう。払えないひとびとは降圧剤も抗血栓剤ものまず、
「自己責任」で脳溢血を再発し、自己責任でヨイヨイになり、自己責任でのたれ死ぬほかない。この病院にほどちかい歩道橋のたもと
に老婆のホームレスがいるのを以前、見たことがある。ほんとうは老婆ではないのかもしれないが。いつも汚れたふとんを敷いて横向
きに寝ていた。枕元にお茶の紙パックを置いていた。少し離れてとおるだけですごいにおいだった。あんなに小さなからだからはげしい
悪臭をはなっていた。存在の芯が黙って叫んでいたのだ。タスケテ、タスケテ、タスケテ! 何百人、何千人が、ろくに彼女を見もせずに、
ただ息をつめてとおりすぎたことか。すぐそばに病院があるというのに、だれかが飛びだしてきて助けようとしたか。人間ほどすさまじく
におう生き物はない。ホームレスの体臭ではない。通行人の腐れた心が鼻も曲がるほど臭いのだ。いま、気温34度。彼女はどうしてい
るだろう。もう死んだろうか。灼熱の路上でまだきれぎれの夢を見ているのだろうか。いや、こときれただろう。ここは満目の廃墟だ。
ruin・・・砂漠ですらない。時々刻々、ひとがむきだされていく。化けの皮がはがされていく。人生の中身も、ひとがらも、こころざしも、理
想も、そんなもの、なんのかんけいもございません。支払い能力がすべて。ひととはすなわち、支払い能力のことです。こまめに水分を
補給し、エアコンをてきせつに使用して、夏を快適におすごしください。ただし、電気代を払えなかったら、自己責任で直腸内温度39度
になって死んでもらいます。そのような死も、もうひとつのシステマティックな死刑執行である。内閣法制局長官の超弩級デタラメ人事
に怒ることができる(いかにも怒ったふりをしてみせる)のは、しごくまっとうであり、かつ、まっとうそうではあるものの、炎熱のこの廃墟
にあっては、なにか高級で贅沢な仕儀のようにさえ見えてくる。じかの路面に、老いて病んだひとの横たわる、その低く熱く臭くむきださ
れた地平からかすむ風景を見あげるならば、ほとんどすべてのことがらに殺意をおぼえるほかはない。こうなったらしかたがない、せ
めては睨めることだ。わたしにだってひとを睨めつける意思くらいはまだある。睨めてうごかざる殺意。はたと睨めて世界を刺しつらぬ
く、目のなかの青い刃。それをふりまわすくらいの殺意がないとはいえない。けふは駅についてからアパートに直行はせず、エベレスト
にのぼった。いつかはかならず斃れるだろう。しかし、いま斃れるわけにはいかないのだ。だからエベレストにのぼる。麓の芙蓉の花
が閉じて結ぼれていた。若い、顔の大きな男に後ろからいきなり声をかけられた。「熱いね。死ぬね」。男がとおりこし、ふりむいた。心
底うれしそうに笑っている。「みんな死んじゃうね・・・」。気持ちがほどけ、わたしも痴れた顔で笑いかえした。」 (2013/08/09)

「連絡があった。〈オババは生きています! 昨日、歩道橋ちかくの分離帯にノースリーブの臙脂のワンピース姿でたって、走りすぎる車
を見ながら、エヘラエヘラ笑っていました。そう見えました。歩道橋のたもとでしゃがんだとき、生白いお尻が見えました。布団はたたん
でありました。離れていても臭かったです。オババは昨日現在、生きていました!〉。うれしい。よかった。しぶとくなくてはやっていけない。
いま、気温37度。生きるか死ぬかだ。ここは戦場と大差ない廃墟だ。爆煙、地響き、硝煙、瓦礫。黒く乾いた血だまり。オババはこのた
び、そこをたまたま訪なうこととなった存在論的他者である。廃墟の穢れを浄めにきた異人かもしれぬ。オババに寄進せよ。オババに
涼しき場所をあたえよ。このさい禁中におつれせよ。首相官邸でもよい。ゆっくりと湯浴みしていただけ。首相らは跪いてオババに無礼
の段につき深く詫びよ。みずからの三百代言につき謝罪せよ。オババのお背中をお流ししてさしあげろ。そうしてあくまでも恭しく問え。
じぶんの罪の深さを。この世界戦争の行方を。さて、わたしは先月「永遠の世界戦争がはじまっている」と書いた。まだそうおもっている。
夜になると、ときたま酔っぱらってメールしてくる同年配の友人も昨夜、期せずして言ってきた。「ただいま世界大戦争中!」。そのとおり
である。わたしたちは目下、世界大戦争の渦中にある。逃げるか、戦うか、のたれ死ぬか、だ。歴史の錆びた蝶番がいま、きしりながら
ついにうごきつつある。戸がひらきつつある。ほら、そこに水羊羹のような夜(よ)のほどろが零れて見えるだろう。ほどろの色とはいえ、
暮れるとも明けるともいっこうにわからない、なんとしても名状のあたわない、それが無明の未来だ。無明の未来はすぐそこまでちかづ
いてきている。すでにきたという説もある。オババはその讖をしめしにきたのだ。無明の未来には、ひとびとが残り最後の市民権をも剥
奪されるだろう。それは言われることを一言も信じないという権利である(ボードリヤール)。残り最後の、ひとたる、ひとであるがゆえの
権利ーー〈なにも信じない〉という権利がうばいとられる。だれによって、なにによってうばいとられるのか。犬は人間によって再構成され
た動物である。それではひとは? ひとは神ならぬ資本によって、骨の髄まで再構成された生き物であり、資本こそが、なにごとも信じな
い権利=最後の人権を静かに簒奪する。一説にすでにそれは剥奪された。だから、なにかを信じるともなく信じている。そうともつゆお
もわずに、ひとはこの熱波を生きる。この熱波に死ぬ。オババは死を賭して言いにきたのだ。永遠の世界戦争について。最後の人権の
剥奪について。けふもエベレストにのぼった。スズメたちが臨終のアブラゼミをみんなでついばんでいた。セミは痛みとも喜悦ともつかぬ
声をあげつづけていた。」(2013/08/10)

「アレントはどうも生理的に入ってこない。昔からだ。素直にいいなとおもうのは『嘔吐』をたかく評価していること。にしても、みんな、よく
もまあ、調子のいいことを言うものだ。嘘というか荒誕といいますか。いまある日常を壊す気なんかだれもない。あまり信用ならん。けふ
もエベレストにのぼった。これはもうただの習慣だ。風は、ほとんどなかった。頂上でいつもより長くたたずんだ。熱波のなかで気息をと
とのえ、眼下を見はるかした。麓のベンチにはだれも座っていない。せむしの侏儒もいなかった。死の床のまなかいをよぎるという、せ
むしの侏儒さえも。オババもいない。かわりに芙蓉がけふは目障りなほどたくさん咲いていた。芙蓉も嘘くさい。頂上で、わたしはきょう
が何年何月何日かをおもった。よく忘れるから。2013年8月11日。死刑のない日曜日。尾根をくだりながら「無限の陳腐」という、あまり
こなれていない言葉を胃からグエッと吐きだして、ろくに吟味もせずにまた呑みこんだ。いれかわりに「公的なものの輝きがあらゆるも
のの光輝をうばう」というセンテンスが浮かぶ。そりゃそうだ。わたしはさっきまで冷房がききすぎのカフェにいた。客はまばらだった。店
に入ったら、客も従業員もいっせいにわたしの顔を見つめるので、いたたまれない気持ちになったが、でていけと言われたわけでもな
いので、いつもの隅の席に座った。だれも実力でわたしを排除するほど眼差しにじぶんを賭けてやしない。わたしはただ8月のことをぼ
んやりとかんがえていただけなのだ。それだけで客や従業員に異常視されるいわれはない。コーヒーを飲んでいると、トイレにちかいテ
ーブルから赤い縁の眼鏡の女がちかよってきて、腰をかがめたままいきなり話しかけてくる。目のはしがすこし笑っている。口臭。なん
のにおいだろう。産まれたばかりの子猫の、腥いにおいだ。ああ、いやだ。コーヒーを吐きだしそうになる。「あなた、ツイッターやってら
っしゃいますよね。毎日たくさんハッシンしてますよね・・・」。そんなものやってませんよ。憮然として答えた。すると女はあたりをうかがい
小声にして「お写真も、ほら、でてるし、非公開じゃないんでしょ。あたしもフォロワーなんですよ。握手してください!」。女は右手でスマ
ートフォンをさしだし、左手で握手を求めてくる。スマートフォンには、たしかにわたしの顔らしい写真がある。たぶん倒れる前のだ。なに
か短い文のようなものもある。これはなんなのだろう。腐った海藻がからだにまとわりついてくる。意識のなかにことわりもなく巣くい、う
ごめいている他者の意識。なんてこった。全体から切りはなされれば、もはやわたしのものではない、かつてのわたしの片言隻句が、
順不同にかってに抜き書きされて、わたしの名前でだれかと交流している。気味がわるい。ウンベルト・エーコはかつてわざと贋作をし
てみたというが、自身が自身をまねたらどうなるか、という罪のない悪戯だった。これはちがう。頭が小さく、尾は左右に扁平でオール
状、ほとんどが無自覚的に有毒だという、透明な意識のミズヘビを想う。スマートフォンを左手で払いのけ、おもいっきり睨めつけてか
ら、低い声で、アンタ、アッチイケヨ!とすごむと、女はわなわなと怯えて眼鏡をずりさげ後ずさった。店中の者がわたしを見る。こうな
ったら、やるかやられるか、だ。わたしは8月のこと、わたしが生まれた年のことを、ひとりでおもいたかったのだ。8月4日、閣議が「国
民総武装」を決定、全国各地で竹やり訓練がはじまった。コクミンソウブソウ。翌月、わたしが生まれた。それから、神風特攻隊が初
出撃し、12月7日には東南海大地震があったのにもかかわらず、報道管制で知るひとは多くはなかった。尾崎、ゾルゲの死刑が執行
された。渋谷のハチ公像が金属回収で鋳つぶされた。両国国技館が軍に接収されて「風船爆弾工場」になった。なんてこった!「最も
暗い時代においてさえ、人は何かしら光明を期待する権利を持つこと、こうした光明は理論や概念からというよりはむしろ少数の人び
とがともす不確かでちらちらとゆれる、多くは弱い光から発すること・・・」。はい、はい、あなたのおっしゃるとおりです。が、ほんとうに
そうなのでしょうか。いまこそが最も明るくて、それだからこそ、最も暗い時代ではないのか。」(2013/08/11)

「けふはエベレストに2度のぼった。2度目は山の頂で時計回りにからだを一回転してみた。いつもは反時計回りなのだから、見た目
にはどうということはないだろうけれど、時計回りをするにはそれなりの決心がいった。シダレヤナギの枝葉が目にかかってうるさか
ったが、なんとか倒れずに回った。セミが礫になっていくつも斜めにあるいは垂直に降ってきては、あちこちで小さな衝突音をあげて
いる。これをどう聞くかだ。運命をわける大音響か、とるにたりない、たんなるノイズか。こぞの夏とひきくらべながら下山した。死に瀕
したアブラゼミが1匹、零戦と化して、ブーンブーン、花壇のベゴニアに突っこんでいった。赤い、小さな爆発がおきた。じぶん、銃後の
老残の身なれども、ここでうたひます! 起立。ウーミーユーカバーミーズークカバネー/ヤーマーユーカーバークーサームスカバネー/
オオキミノーヘニコソシナーメー/カエーリミハーセジー・・・。エベレストにむかって、総員、礼!〈体当たり攻撃しかない。しかし命令で
はなく、そういった空気にならなければ実行できない〉〈ふつうの戦法では間に合わぬ。心を鬼にする必要がある〉〈海軍全体がこの意
気でゆけば陸軍もつづいてくるだらう〉〈特攻をおこなへば、天皇陛下も戦争をやめろとおっしゃるだろう。この犠牲の歴史が日本を再
興するだらう〉・・・。ブーンブーン。わたしがなぜ死刑に反対するのかを、そろそろしゃべらなくてはならない。8月31日にどうせ、時間を
かけて語ることである。なにもいま語らずともいいのだが、なんせこのとおりのボケ老人、忘れてしまうかもしれないし、8月31日までに
だいいちなにがあるかわからない。やはり、おもいつくままに書いておいたほうがよいだろう。死刑に反対するか遅疑するかするひと
びとは、その質と程度を問わなければ、少なからずいる。どれが正しくどれがまちがっていると簡単に断じることはできない。死刑につ
いて語ることは、おそらく、ひととその世界の過去と未来を語ることであり、「国家」とその像を語ることであり、なにより、まだ見たことも
ないじぶんの内奥の暗がりをのぞき見ることである。とくに、この国の死刑を論じることは、「暗がりに鬼をつなぐ」の譬えどうり、実相を
知ることができなくて、とても気味がわるいので、やはり実相を知りたくない、というトートロジーのくりかえしになる可能性がある。それ
が死刑執行側権力の狙い目でもある。暗がりにつながれた鬼。それは悪鬼という他者であるとともに、見たくもない自己である。だから、
わたしは一般論ではなく、わたしの死刑反対論を述べるしかないのだ。それは証すことの困難なわたしの暗部を証す試みにどこかで
つながるだろう。おどろくべきことに、まことにそう前置きせざるをえないのだが、〈わたしはほんとうに死刑に反対しているのだろうか〉
という始原の問いからはじめなくてはならない。死刑反対はけっして自明の人倫でも常識でもモラルでもありえない。「海行かば」は、い
くら否定しても、わたしのからだにもかすかに棲みついているなにかだ。とおいひびきだ。「海をゆけば、水につかった屍となり、山をゆ
けば、草のむす屍となって、大君のお足もとにこそ死のうではないか。後ろをふりかえることはしない・・・」と誓って、ますらおの汚れな
いその名を、はるかな過去から今日にまでつたえてきた、そのような祖先の末裔である、という幻影と心性が、肉色の胸郭の闇のどこ
かに浮き沈みしてはいないか。若いころからそのことを気にしてきた。歌詞もさることながら、その律音階が気になった。雅楽や声明
(しょうみょう)でつかわれる五音音階。洋楽階で言うなら、レ・ミ・ソ・ラ・シの五音からなる恐るべき律音階と、天皇制ーirrationalでおぼ
ろなる明度ー死刑制度・・・がわたしの体内で、なにかいかにも抗いがたい気流としてつながっていた一時期があった。わたしは体内
にふたしかな律音をかかえたまま、ベトナム戦争や米原子力潜水艦寄港反対のデモに参加し、したたかに殴打され、インターナショナ
ルをうたった。インターナショナルは重苦しい律音階となじまず、しかし、気がつけば、妙になじんでいるときもあったのだ。それは、あ
ろうことか、すりこまれた「海行かば」としぶしぶ和してしまい、なんだかおかしな演歌のようになっていたのかもしれないな。」(2013/08
/12)
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Tさんのご投稿を読んで、私も思い出したことなどをつらつらと書いてみようと思います。

Tさん wrote:
> さて呑んだくれというのはどうでしょう?かつて盛んに呑んだくれただろう彼らも、仕事なく金もなければ、ドヤ代が何百円であれ払え
> ないし、炊き出しで食いつなぐのが精一杯ではないかという気がします。

そうですね。私もそう思います。

数回前のメールでもご紹介させていただいた辺見庸はそうした山谷のいま(といっても、10年ほど前)を「病んだ人の森」と表現してい
ます。でも、そうした中でもやはり「呑んだくれ」はいるのですね。

辺見はその山谷で「一月の寒さの中、路上で朝から酒を食らってひっくり返っていて、午後見てもまだひっくり返っていて、このおっさん
もう死んじゃうんじゃないかなと思ってどきどきするんだけど、次に日にはちゃんと立って歩いていたりする」男のことを以下で語ってい
ます。

Tさんのおっしゃる「諦観のようなものが覆っている」山谷のことも、「寄せ場労働者は底辺にあるがゆえに、私たちには見えない社会
の構造が見えている」ことも。

辺見庸はブンヤ稼業を引き払った後(共同通信社を96年に退社)、山谷界隈でいっとき安酒をあおりながら日雇い労働の仕事をして
いたことがあるようです。その契機については以下でも語っていますが、辺見は「偽善」としてではなく、東京・山谷の下町で人間の真
のありようを考えようとしていたのだ、と私は思っています。そのとき「奥さま」とも離婚されたようです。どのような理由で離婚されたの
か、もちろん私にはわかりません。が、新聞記者という一応「世間」に認められた職分を捨て、わざわざ東京・山谷で日雇いをするとい
う辺見の生き方に「奥さま」は結局のところついていけなかったのだろう、というのが私ごとき下衆の勘ぐりです。

(略)

以下、吉本隆明と辺見庸の対談集『夜と女と毛沢東』「山谷の鍋底から世の中を見ると・・・」の一節からです。

……………………………………………
吉本 辺見さんの最近の関心についてお伺いしていきたいんですが、いま山谷に通っていらっしゃるそうですね。

辺見 はい。私は昨年(注:96年)の暮れで勤めていた会社(注:共同通信社)をやめたんですけれども、ひとつには山谷へ足を踏み
入れちまったという経験がしからしめているところがありますね。最初は記事を書くつもりで、お恥ずかしい話ですが、その取材のた
めに通っていたんです。一ヵ月か二ヵ月で足抜きして帰ってくるつもりでしたが、通えば通うほど、取材すれば取材するほど書けなく
なりましたね。山谷はいってみれば鍋の底なんですよ。ちゃんと鍋の底の方に沈んでいる食い物ともいえないようなところから世界を
見るという、今までの私の方法とはまったく逆の取材だったんですね。それまで自分がドブの上澄みの方ばかり見ていたのがわかり
ました。

吉本 退社のきっかけになったのですね。

辺見 昔の、労働力紙上としての山谷より、いまの山谷のほうがおもしろいんですね。いまは、病んだ人の森です。私自身がちょっと
現実の風景からなぎ倒されるものを感じるんです。人間が倒木のように見えます。いま山谷にホームレスは千人くらいいて、どんどん
増え続けています。見ていますと、彼らの肉体的、精神的な根腐れの仕方にはすごいものがあると思うのです。いっぽう私はどこか
で彼らに対する親近感というか、彼らに近いものを自分に感じています。すなわち、私も根腐れしている、と。戦後五十余年の時間が
つくってきた負の部分がほんとに露骨に出ているという感じがするわけですね。消費資本主義が無感動に排泄してきたものですね。

 それから身体としてのホームレスたちがまた興味深いのです。一例をあげれば彼らは実によく歩くんですね。新宿から山谷までな
んかは当たり前ですね。千葉から山谷とか、長野五輪の施設を作る飯場へ行って、そこでひとしきり働いて、喧嘩して飛び出して長
野から松本まで歩いたとか。彼らはしきりに歩くんです。途中でも旅館なんかには泊まらずに。また路上生活、アオカンと言いますが、
冬場は非常に厳しくて、一週間続ければ病気になると言われています。にもかかわらずこの冬空の下で寝ている。彼らをドヤ(簡易
宿泊所)や病院に収容しても、不思議なことに一ヵ月もするともう出たいという男もいるんですね。屋根と暖房があればよさそうなもん
だけど、屋内にいる方がどんどん体調が悪くなってゆく。それが路上生活に戻ったとたんに元気になったりするんですね。一月の寒
さの中、路上で朝から酒を食らってひっくり返っていて、午後見てもまだひっくり返っていて、このおっさんもう死んじゃうんじゃないか
なと思ってどきどきするんだけど、次に日にはちゃんと立って歩いていたりする。私はそういうのを何度見ても、不思議な感動を覚え
るんですね。

 こういう風景は語れば尽きないんですけれど、どうも山谷にホームレスが集まって来るのは、単に景気が低迷しているからとか、
企業でリストラが進んでいるからという経済的理由だけではないものを感じるんですね。もっとメンタルなものも理由ではないかと思
うんです。さらにいえば、この時代の人間とはこういうものではないか、いわば国家とか、家族とか、会社による束縛を、心底嫌がっ
ているんじゃないか。それらからすべて抜けて「無」になりたがっている者もいるんじゃないか、と。

(略)

最近、彼らとの関わりの中で、ほんとに人とも言えないような、土の中から生まれてきたような人間を抱き起こす作業をしたことが
あるんです。裸足でしてね。ベルトのかわりに腰に針金巻いて、そりゃひどい臭いです。まだこの手や胸の中に感触が残っている
んですが、そのとき感じたのは、憐憫でも同情でもないんですけどね、ある種のいとおしさなんです。まったくの負として、そのよう
に生きているといういとおしさですね。じゃあ、負でない世界にどんな意味があるというのか、私は山谷に行く以前は都心で暮らし
ていましたが、そこには果たして根腐れはないのか。この消費資本主義の中で根腐れがないかというと、隠蔽しているだけで、地
下茎部はもっとひどいかもしれない。少なくとも私は、きんきらきんのビルから出てくるスーツ姿の男女にいとおしさを感じたことは
ありません。いま、健全に見せかけているものって、すべていかがわしいと思います。 


私は宗教者ではありませんけど、人間が神に似せて作られたのだとしたら、彼らの方がわれわれより神に近いのではないかとま
で考えました。戦後社会の矛盾を矛盾として額面どおり身体で受け止めてしまっている人間たちに、私は不思議なプラスの要素を
見たんです。
……………………………………………
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東本高志@大分
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http://mizukith.blog91.fc2.com/ 



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