[CML 023652] 雨ニモマケズ、反省セズ(1)

Maeda Akira maeda at zokei.ac.jp
2013年 4月 12日 (金) 11:32:41 JST


前田 朗です。

4月12日

雑誌『マスコミ市民』に連載した文章を下記に紹介します。1本にまとめ て投
稿したところ、長すぎるという理由ではねられたので、3回に分けて投稿します。

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『マスコミ市民』511号(2011年8月)

拡散する精神/萎縮する表現(5)

雨ニモマケズ、反省セズ

 三月一一日の東日本大震災・津波・原発事故以来、 「頑張れニッポン!」
「日本は一つだ」のナショナリズム合唱が続き、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」が
再びもてはやされている。テレビ・新聞 はもとより、被災者支援に携わる
NGOも、ミュージシャンも「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」の大合唱である。
賢治の本が飛ぶように売れて いる。インターネットで検索してみると、被災者
を励まし元気づけるための合言葉として無条件に持ち出されている。一部に、
「雨ニモマケ ズ」が、戦争意識高揚のために権力によって利用された歴史があ
ると指摘しているものもあるが、あくまでも「利用された」にすぎないので
あって、賢治が素晴らしい作家であることに変わりはないし、「雨ニモマケズ」
の精神が被災者支援にふさわしいと判断しているようである。

 しかし、はたして賢治は「利用された」のだろうか。 なるほど、求道者イ
メージの賢治の「雨ニモマケズ」の精神は、戦時下の「滅私奉公」のスローガン
に合致し、現に教科書にも掲載されたが、 それは結果として「利用された」の
だろうか。

 児童文学の西田良子によると、「『雨ニモ マケズ』が書か れたのは、一九三
一年十一月三日、即ち、賢治三十六歳の明治節の日である。明治生まれの賢治に
とっては、おそらく特別の感慨を抱く日だっ たと思われる」(『宮澤賢治論』
桜楓社、一九八一年)。

 西田の文章は奇妙なことに次のように続く。

 「彼が自分の死期の近づきをはっきり意識しはじめた時期に書いたものである
ということと、彼が大乗仏教の信者で、自分自身の幸せよりも、<あらゆる人の
幸せ>を至高の目的としていたということとを考えながら読む ことが、『雨ニ
モマケズ』を理解する上では非常に重要なポイントになると思う。」(同前)

 明治生まれの天皇主義者であった賢治が<あらゆる人の幸せ>を目的としたと
いうのは、論理的に理解できない。賢治も時代の中を生きていたのだから、天皇
主義者であったことをもって批判するべき理由にはならない。 しかし、天皇主
義者の思想を<あらゆる人の幸せ>を目的としたと粉飾するのは疑問である。

 一九三一年十一月三日の賢治は、一九一〇年の韓国併 合、一九二三年の関東
大震災朝鮮人虐殺、一九三一年九月一八日の「満州事変」をどのように見ていた
のだろうか。

 歴史家の琴秉洞によると、賢治は、田中智学が創立した国柱会という宗 教団
体の機関紙『天業民報』の熱心な読者であり、寄稿家でもあった。賢治は、一九
二〇年一二月二日の手紙に、「今度私は、国柱会信行部に 入会致しまし
た。・・・今や私は田中智学先生の御命令の中に丈あるのです。・・・田中先生
に絶対に服従致します」と書き、関東大震災のさ なかにも国柱会の文書を掲示
板に貼ったという。田中智学の思想は「日蓮主義と天皇至上主義を結合させた狂
信的国家主義」であり、その文章 では「国家を滅ぼさうとする凶悪の徒」「不
定鮮人」に対して激しい敵意をむき出しにしていた。『天業民報』は、警視庁が
朝鮮人暴動はな かったと発表した後も、執拗に朝鮮人暴動と書きたて、朝鮮人
を糾弾し続けた。朝鮮人差別の先頭を邁進する田中智学に「絶対服従」を誓った
のが賢治である。

 琴秉洞は次のようにまとめている。

 「賢治自身が、この時朝鮮人問題に言及した資料は未見としても、しかし、彼
が絶対服従を誓った田中智学の朝鮮人排撃の文と、連日の如くいわれのない朝鮮
人攻撃を続けている『天業民報』を辻々に張り回るという行為 によって、美事
に、朝鮮人攻撃と民族排外主義の旗ふりをやっていたといえる」(琴秉洞「大震
時の朝鮮人虐殺に対する日本側と朝鮮人の反 応」『震災・戒厳令・虐殺』三一
書房、二〇〇八年)。

だからと言って賢 治の思想を否定したり、切り捨てたりする必要はない。しか
し、自ら積極的に民族差別に加担した賢治は「利用された」のではなく「利用し
た」のである。このことを考えなければ、差別と排外主義への転落を繰り返すこ
とになりかねない。

 雨ニモマケズ 反省セズ 

 風ニモマケズ 反省セズ

 東ニ朝鮮人アレバ 行ッテ不逞鮮人トナジリ・・・



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