[CML 023524] なぜ戦いに行くのか 映画「アルマジロ」の監督、ヤヌス・メッツ
BARA
harumi-s at mars.dti.ne.jp
2013年 4月 5日 (金) 21:43:46 JST
新聞記事
朝日新聞2013.4.5朝刊
http://digital.asahi.com/articles/TKY201304040557.html?ref=pcviewer
アフガニスタンで治安維持にあたるデンマーク軍兵士を追ったドキュメンタリー映画「アルマジロ」が日本で公開された。
自国の領土や国民を攻撃しない国へ、なぜ兵士を送るのか。
集団的自衛権行使をめぐる議論が始まった今だから、日本にとって示唆に富んだ作品に思える。
意図するところはどこに。ヤヌス・メッツ監督に聞いた。
――「アルマジロ」、見ました。デンマーク軍と英国軍が駐留するアフガン戦争の最前線基地の名前がついた映画。ショッキングでした。
「世界10カ国、いや15カ国か。とにかくテレビも含めればたくさんの国で公開、放送された。
デンマークから遠く離れた日本人がショックを受けたというのは、うれしい驚きだし光栄でもある。
逆にどこがショッキングだったか教えてほしい」
――2点あります。デンマークは社会保障に厚く、自然エネルギーに熱心という平和な福祉国家のイメージが日本では一般的です。
しかし徴兵制があって海外派兵もしている。意外でした。これがまず1点です。
「福祉国家としての顔がデンマークのすべてではない。
自由で民主的で人権を大切にする国だ。
ただ、1960年代に世界で初めてハードコアポルノを合法化したヒッピー的な自由や寛容さがあったが、90年代から次第に政治が
保守的になり、派兵に前向きになっていった、という側面もある」
――そしてもう1点。映画は上官が兵士たちに「この任務が、デンマーク国民に関係あるのか。
そんな疑問が諸君の頭に去来したと思う」との旨、話すシーンで始まりますね。
国土や国民の生命、財産が侵されてはいないのに、死者を出してまで戦うのはなぜか。疑問でした。
「デンマークは、第2次世界大戦でドイツと戦わずに占領を許した恥ずかしい過去がある。
だから、どこかの国で市民を苦しめる為政者がいたら、自分たちが解放し、平和を築こうと考える。
自由と人権といったデンマーク人が信じる価値を守るために立ち上がることが重要だ、と。
小さい国だが、危険な場所で勇敢に戦い、世界平和に貢献することに誇りを感じる。だから国際貢献に積極的なんだ」
――国を守るためではなく、国際貢献のために軍隊を持っているということですか。
「国益を守るための軍隊というのは、第2次大戦までの考えだ。
今、デンマークには『敵国』がない。
国際政治の中で定義づけられた『敵』がいるだけだ。
その一つがテロリストだ。
9・11テロ事件後、米国はアフガンで軍事作戦を開始し、NATO(北大西洋条約機構)が支援した。
デンマークは、軍隊をNATOと連携するパートナーと位置づけている。
NATOと連携してテロリストと戦い、アフガンを民主的な国に変えるための『白馬の騎士』になろうとしたんだ」
■ ■
――でもデンマークにテロの脅威はないでしょう。なぜ米国と一緒に戦争をしなきゃならないんですか。
「9・11テロは、デンマークにとってもひとごとではなかった。
中東からの移民を多く受け入れているからだ。
テロリストにコペンハーゲンの中央駅が爆破されるかもしれないという恐怖が広がった。
欧州全体にも言えることだが、90年代から、移民の増加に対する嫌悪感があった。
人々は移民と交流しなかった。
自由で寛容だったデンマーク社会だが、逆にその自由と寛容さが移民を増加させ、彼らを排除すべきだとの声が強まった。
そして2000年代に登場した右派政権が米国が決めた国際ミッションへの参加を決めた。
『戦争へのよき協力者』となってテロと戦い、世界から悪を排除する。
アフガンの人々を解放し、民主的な国を作るためだと考えた」
「テロリストと戦えば世界はよくなるというのは、ウブな考えだった。
むしろまったく逆効果だった。
私たちがテロリストだ、国際犯罪者だと見ている国や人々は、自らを自由に向かって戦う戦士だと思っている。
テロとの戦いが新たなテロリストを生んでいる。
9・11当時より今の方が、中央駅が爆破される危険性は高いだろう」
■ ■
――日本の自衛隊イラク派遣も国家再建支援のためでした。デンマークのアフガン派兵は自由と人権のためだったわけですね。
しかし映画では現地が血みどろの戦争そのものである姿を描いていますね。
「この作品を通じて私が最も訴えたかったのは、その点だ。
決してこの戦争が良いか悪いかの解答を示そうとしたものではない。
ほとんどの国民はアフガンで兵士が何をしているのか知らない。
私は戦争の本質を描き、観客が自らを実際に戦っている自国の若者に重ねてほしかった」
――反応はいかがでしたか。
「国民はショックを受けた。
10年の公開直後から、これでいいのかという議論が巻き起こった。
戦争とは何かを知ってるつもりでも、実際に銃を口に入れられて初めて金属の味が舌にしみるようなものだ。
文明国デンマークの若者が、粗暴で残虐で野蛮な兵士になってアフガンで人を殺している。
市民は戦闘によって家族を失い、家を壊され、家畜を殺され、畑を荒らされた。
自由で民主的な国を作るはずの軍隊が市民の生活を悪く変えている。
デンマーク国民は映画を通じて『よきこと』と信じていた国際貢献の現実を見たんだ」
――映画でリアルな戦場を見て、デンマーク国民は「正義の戦争」の虚構性に気づいたわけですか。
「民間の調査会社の調べでは、映画公開後、アフガン派兵の支持率が初めて50%を切った。
政治家の中でも左派は『即時撤退すべきだ』と主張し、右派からは『これこそ英雄的努力だ』と反論が出た。
議論に学者や有識者も参加し、国民も考え始めた。
これが私が望んでいた状況だった。
『洗練された国際貢献』が12年経ってもよい方向に導けず、アフガンは過酷な国であり続けているということを私たちは理解した」
――デンマークの外交政策は変化したのですか。
「過酷さを増すアフガンから多くの国が兵を引き始めている。
11年、最前線基地のアルマジロは閉鎖され、デンマーク軍も撤退を始めた。
今、デンマークでは軍事予算の削減も議論されている。
政権が代わったことが関係しているのかもしれないし、派兵の費用対効果を冷静に分析した結果かもしれない。
しかし『アルマジロ』によって活発な議論がなされたことが、国民感情を変化させ、政策に影響を与えたと思う。
デンマークは少しずつだが変わり始めている。
政府は、もう何の議論もなく、自動的に軍隊を海外に派遣することはできないだろう」
■ ■
――日本では憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使についての議論が始まっています。
NATOと連携してアフガンで戦うデンマークと、米国と歩調を合わせて北朝鮮のミサイルを撃ち落とそうとする日本。
考えさせられました。
「米国は、テロリストと戦うことで自国の安全を守ろうと考えた。
デンマークは、抑圧された弱き市民を助けたい思いが強かった。
しかし名目はどうであれ、よりよい世界を作るための軍事行動が逆に市民を苦しめ、新たな敵意、テロリストを生み出している」
「日本人は、過去の戦争を通じて、戦争に参加することが何を意味するか分かっていると思う。
忘れているのなら、思い出して議論すべきだ。
そうすれば、政治に対して責任ある行動を取れると思う」
*
Janus Metz 74年生まれ。社会派ドキュメンタリーを手がける。
「アルマジロ」で10年、カンヌ国際映画祭批評家週間グランプリ受賞。
<取材を終えて>
国際貢献は美しくて侵略戦争は醜い。なんてことはなくて、戦争は常に血まみれで醜い。
国際貢献の美名に惑わされたか、徴兵制を持ち、海外派兵に熱心なデンマーク人ですらそんなリアルを知らなかった。
だから「アルマジロ」に衝撃を受けたに違いない。
日本が集団的自衛権行使を認めたら、北朝鮮のミサイル撃墜では終わらない。
テロリストか独裁者か異教徒か共産主義者か。次の戦場から手招きする米国にNOとは言えなくなる。
その時、集団的自衛権の血にまみれたリアルを「知らなかった」と言えるか。
日本版「アルマジロ」に衝撃を受けるのか。
中国、北朝鮮と軍事的脅威が迫る今だからこそ、デンマークとは事情が違うからこそ、丁寧に議論したい。
(聞き手・寺西和男、秋山惣一郎)
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