[CML 019626] Re: 耿諄さん逝去

金野奉晴 tk0612 at plum.plala.or.jp
2012年 9月 3日 (月) 23:50:54 JST


水上勉の「釈迦内棺歌」を地元で上演するにあたり、実行委員を引き受けた時に
「花岡事件」の事を知りました。

秋田県は私の生まれ故郷です。
その秋田県にこのような過去があったことに衝撃を受けました。
「花岡事件と中国人」というタイトルの本も読みました。(三一書房、野添憲治著)
その表紙に耿諄さんの写真がありました。
本当に悲惨な事件で、その顔には苦しみに耐え抜いた人にしか出ないと思える
風貌がありました。

日本は何故、中国大陸や朝鮮半島での出来事に蓋をして謝罪しようとしないのか、
その理由は大凡検討が誰でもつくのでしょうが、本当に恥ずべき事だと思います。

無念の思いが、おありだったと思います。

耿諄さんのご冥福をお祈りします。 


金野@山梨



>
> 既に報道されていますが8月27日、花岡蜂起を率いた耿諄さんが河南省の自宅で逝去されました。
> 満97歳でした。ご冥福をお祈りします。
>
> 戦時中、秋田県花岡鉱山の土木工事に従事させられた強制連行被害者たちは、
> 劣悪な環境と鹿島組の虐待によって次々と殺されていました。
> こうした状況の中で中国人たちは死を覚悟して蜂起しましたが、鎮圧され多くが虐殺されました。
>
> 戦後、耿諄さんを中心とした生存者が、日本人の支援を受けて鹿島建設に訴訟を起しました。
> この訴訟は鹿島との和解成立によって終結しましたが、和解内容は加害企業である鹿島の責任を
> 認めないものであり、耿諄さんら原告は深く失望しました。
> そして耿諄さんは鹿島の拠出した「基金」受け取りを拒否したまま、亡くなりました。
>
> 耿諄さんは和解前、鹿島が謝罪しないつもりなら敗訴してもいい、と語っていたそうです。
> 裁判の成果を得るよりも虐殺された同胞たちの尊厳回復を求めていたのです。
> そもそも耿諄さんは、花岡では中国人を統率する「労工大隊長」という立場にありながら
> 特別待遇を拒否し、同胞を助けるため共に立ち上がったのです。
> 同胞の尊厳を守るために闘い続けた耿諄さんの生涯を、決して忘れてはならないでしょう。
> 



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