[CML 019624] 耿諄さん逝去

鷹嘴 factories_of_death at yahoo.co.jp
2012年 9月 3日 (月) 22:19:41 JST


 
既に報道されていますが8月27日、花岡蜂起を率いた耿諄さんが河南省の自宅で逝去されました。
満97歳でした。ご冥福をお祈りします。
 
戦時中、秋田県花岡鉱山の土木工事に従事させられた強制連行被害者たちは、
劣悪な環境と鹿島組の虐待によって次々と殺されていました。
こうした状況の中で中国人たちは死を覚悟して蜂起しましたが、鎮圧され多くが虐殺されました。
 
戦後、耿諄さんを中心とした生存者が、日本人の支援を受けて鹿島建設に訴訟を起しました。
この訴訟は鹿島との和解成立によって終結しましたが、和解内容は加害企業である鹿島の責任を
認めないものであり、耿諄さんら原告は深く失望しました。
そして耿諄さんは鹿島の拠出した「基金」受け取りを拒否したまま、亡くなりました。
 
耿諄さんは和解前、鹿島が謝罪しないつもりなら敗訴してもいい、と語っていたそうです。
裁判の成果を得るよりも虐殺された同胞たちの尊厳回復を求めていたのです。
そもそも耿諄さんは、花岡では中国人を統率する「労工大隊長」という立場にありながら
特別待遇を拒否し、同胞を助けるため共に立ち上がったのです。
同胞の尊厳を守るために闘い続けた耿諄さんの生涯を、決して忘れてはならないでしょう。
 


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