[CML 020700] 【報告】第558日目報告★原発とめよう!九電本店前ひろば★

青柳 行信 y-aoyagi at r8.dion.ne.jp
2012年 10月 29日 (月) 07:11:11 JST


青柳行信です。10月 29日。

【転送・転載大歓迎】
☆原発とめよう!九電本店前ひろば第558日目報告☆
    呼びかけ人賛同者 10月28日現在 総数2606名。
★原発とめよう!の輪をひろげる【呼びかけ人】を募っています。
      
★さよなら原発! 11・11福岡集会
  http://bye-nukes.com/fukuoka 

★私たちの声と行動で原発・再稼働は止められます。★ 
<ひろば・想い・感想・ご意見等 嬉しいです>

★ 横田つとむ さんから:
青柳さま
お疲れさまです。
今日は、自治体フォーラムに参加してきました。
基調講演は 神戸女学院大学の石川教授、分科会は 福岡医療団の小西さん、
弁護士の国嶋さんの講演を聞きました。

石川教授の講演は「人間の論理か、資本の論理かーー原発・消費税・地方自治」
分科会は 「原発事故・脱原発問題を考えるーー」
私たちの要求と一致していたもので、いい勉強になりました。

 力のある正義 たたかう市民の連帯・共同が大事だと思いました。
あんくるトム工房
原発事故・脱原発問題  http://yaplog.jp/uncle-tom-28/archive/2114
人間か?資本か?   http://yaplog.jp/uncle-tom-28/archive/2113

★ 川崎順哉 さんから:
 <民族的限界>
青柳様
少し雨が降って暖かいような寒いような気候です。
実は横田さんのブログに触発されて、
会員制SNSで日記をアップしました。
(朝日新聞の写真無断借用、お赦しを→横田さん)
すると反論が寄せられました。

論調としては「リスクとは多かれ少なかれ存在するのだから」です。
それも一理ある意見なのです。
福岡市中央区を走行する車が排出する排ガス。
大気中に拡散して車とは関係のない人も吸うわけです。
確かに人間社会とは利便性や経済性を重視した社会を構成し進歩しました。
自動車然り、列車然り、飛行機然り、更には食品添加物然りと。
過去の社会問題として「カネミ油症」、「薬害エイズ」などがあります。
これらの問題は特定の人々に限定されると思います。
カネミ製の食用油を使っていない人が、油症による発病した話は聞きません。
しかし原発とは特定に人たちに【富】を齎し、
一度でも事故が起これば不特定多数の人々に【害】を及ぼす。
これを「フクシマ」が証明していると思っています。
既に起こってしまった悲劇は取り返せない事は事実。
しかし、これから起こり得る事故に対して対処する事は可能です。

玄海町のご住職である仲秋善道さんの『玄海原発に異議あり』から引用された
文章が、講談社の『G2』にも載せられています。
これによると、当時受入を容認した玄海町議会の方は
"私たちは安全(原発を)と信じる、先生方は危険と信じる。
 信仰と同じで、それでいいじゃないですか"と。
この辺の意識からして問題があったのは事実ではないでしょうか。
もしかすると、これが日本国民の大半を占める意識かもしれません。
未だに客観的にして論理的に物事を考えられない日本人が多いのではと。
これも偏に≪集団無責任体制≫の露呈ではないかと思っています。
これは戦時中の≪一億総玉砕≫から
戦後の≪一億総懺悔≫へと変節し、
今日の日本に受け継がれた美しき(?)【悪癖】ではないかと。
そして「政治はお上にお任せ」とばかりに生きてきた日本人。
これは私を含めて反省すべき事ではないかと思っています。
今年6月16日、世界各国で大飯原発再稼動に対する抗議文提出や
デモが各国の日本大使館に展開されました。
この事態を日本政府として如何に受け止め、真摯に対処するのか。
これがまったく見えてきません。
かつて日本は【満州国】を巡って問題を起こしました。
その実態を調査する為に「リットン調査団」が満州に。
これに異を唱える日本は「国際連盟」から一方的に脱退。
これに因って「ABCD包囲網」。
そして日本は、この状況を打破する為に開戦へと。
初めから負けると判っていた戦争を始めてしまった日本。
日本の敗戦を察して「早期降伏」を唱えた故岡正治さん。
これらの声は少数派だったのでしょうが、
問題は戦後の日本人が戦前・戦中の歴史を精査・検証して来なかった。
ここに学ぶべき事を学ばなかった経緯は否定できないと思っています。
これによって知性と理性が成長しなかったのではと感じます。
そして今でも≪集団無責任体制≫の渦中に日本人は在ると。

また著書『悪魔のささやき』、『不幸な国の幸福論』には、
日本人の資質について書かれています。
前者には「個人内情報操作」で、都合の悪い情報や知りたくない情報。
これらを無意識に排除してしまう側面が強いと。
後者では緊急時に於ける日本人学生と
アメリカ人学生の心理テストの結果です。
緊急時、日本人学生は「私益」を基に行動を起こすが、
アメリカ人学生は「公益」に重点を置いて行動すると。
この大人版が日本でも展開するのではと危惧しています。

誤字脱字は、お赦しを乞う。
このメールの最後に…。

「過去に目を閉ざすものは、結局のところ現在にも盲目となる」
            by ヴァイツゼッカ−元西独大統領

「生まれながらの奴隷は、
 自身が奴隷であることさえ気づかない」
            プラトンの『洞窟の寓話』より

「人間とは、オイシイ思いはしたがるくせに、
 責任だけは、人に押し付けたがる。それが人間」
              @石鎚権現 in 北九州市

★ 下薗 さんから:
 <再び産炭地が脚光を浴びる!?>
 原発推進派も青くなる朗報。
 国内に代替えエネルギーとして100年分もある石炭。
 CO2問題も対策見通しあり!
 価値のなかった褐炭でさえ使える。
 なんと、1kwhあたり、7円前後。(家庭用電力料金は約22円前後)
 どのエネルギーよりコスト安!
 http://www.dailymotion.com/melt-ks#video=xultp2

★ 本河知明 さんから:
このたび、鹿児島県知事選に出馬された向原さんの「南方新社」から、
亀山ののこさんの『100人の母たち』が写真集となって出版されました。

亀山ののこさんは、東京でフリーのフォトグラファーとして、
芸能人をはじめ商業広告用の写真を数多く撮られて来たのですが、
原発事故を機に昨年8月に福岡へ移住。
東京にいた去年4月から、脱原発の思いを込めて母親と子どもたちの
写真を撮り続け、今回それが写真集として出版された次第です。
ののこさん自身、2歳の双子を持つ母親でもあります。

「原発のない世界へ。私は子どもを守りたい。」
福島原発事故後に、日常生活の中にあった
原発の問題と向き合い、立ち上がった母たちを描いています。

写真集の帯には報道写真家の福島菊次郎さんが
推薦の言葉を寄せています。
「こうした綺麗な形でいのちを脅かすものを
 告発するのは見たことがない。いい仕事だ」。

プロモーション映像もあります。
http://www.youtube.com/watch?v=mdcwHOw3CbQ

亀山ののこさんの写真集「100人の母たち」を、
ぜひお買い求めください!!

★杉原浩司 さんから:
原子力規制委員会がハイペースで会議、作業を進めてい
ます。今週は31日(水)に以下の2つの会議が開催されます(11月2日には
大飯原発の断層調査が行われます)。可能な方はぜひ傍聴してください。
締切が近いので申し込みはお急ぎください。[転送・転載歓迎/重複失礼]

第八回原子力規制委員会
日時:10月31日(水)10:00〜12:00 場所:原子力規制委員会庁舎 会議室A
http://www.nsr.go.jp/committee/kisei/data/0008_00.pdf
★傍聴申し込みは 10月30日(火)12時まで

第二回発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム
日時:10月31日(水)15:00〜18:00 場所:原子力規制委員会庁舎 会議室A
http://www.nsr.go.jp/committee/yuushikisya/shin_anzenkijyun/data/0002_00.pdf
★傍聴申し込みは 【本日!】10月29日(月)18時まで 

★ 舩津康幸 さんから:
おはようございます。
昨日、図書館で、「週間金曜日」10月19日号をみていたところ、23ページに金子譲氏のことを伝える記事を確認しました。
記事の概要「・・・金子氏により、ユーチューブにアップされた「オキュパイ大飯の真実」・・・「市民が占拠した36時間に何があったのか」の映像に関連して、アップされていな
い未編集の映像に、6月30日〜7月2日の間に大飯原発再稼動反対の行動で逮捕された一人の捜査で、証拠になる映像を金子氏が所蔵していないかということで福井県警が9月20日に
なって金子氏の家宅捜査を行った。金子氏は、大手の放送局に勤めていたが、放射性物質を避けるために福岡市に避難してきて、『OnenescTV』を運営している。」
・・・これは不当な捜査ですね、放送局に証拠をもとめて家宅捜査をすることと同じことで、報道の自由を侵害する大事件です。

さて、今届いた西日本新聞から、25p福岡面と31p社会欄にかなりのスペースを割いてあります、
1.「佐賀県が福岡、長崎と合同で原子力防災訓練 玄海原発で放射能漏れ想定 」西日本10月28日 21:39
⇒http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/331337
「・・・・この日の訓練は玄海原発2、3号機が何らかの原因で自動停止し、全電源が失われて原子炉が冷却機能を喪失、放射性物質放出の恐れがある、との想定で実施した。 
」・・・・「自治体や県警、自衛隊など84機関の関係者と住民など約3千人が避難や緊急被ばく医療などに取り組んだ。事前の屋内退避訓練を含めると、参加者は過去最大の原子
力防災訓練だった昨年と同規模の約3万2千人に上った。」
見出しに、訓練のむなしさがみえます。
見出し「高齢者 一度には無理」「道路実際なら大渋滞」「不安増す避難訓練」、「安全な避難は?人員は?」「糸島市の参加住民 課題次々口に」
・・・訓練を重ねれば重ねるほど、無理なことがわかってきますね。

次に、鹿児島でのふたつの選挙の記事、
2.「自民・宮路氏が当選 衆院鹿児島3区補選 」 西日本10月29日 00:30
⇒http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/331351
記事「・・・当宮路 和明 自元  70,694、野間  健 国新  65,025、大倉野由美子共新   5,973、松沢  力 諸新   2,886」
3.「岩切氏が再選 薩摩川内市長選 」西日本10月29日 01:58
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/331378
記事「・・・・福島第1原発事故以来、九州の原発立地市町での首長選は初めて。岩切氏は『再稼働が必要』と訴える一方、『財政健全化を進め、観光振興を図る』などと強調し支
持を広げた。山口氏は『再稼働阻止』の立場から『脱原発を宣言し廃炉事業に入ろう』と呼び掛けたが、及ばなかった。」
「当 岩切 秀雄 無 現 44,816、山口 陽規 無 新  9,978」

★松元 さんから:
みなさまへ   
3・11事故直後から一貫して、「安全・安心」を説く放射線リスク専門家の言説
とそれを受け取る市民との食い違いを追及し続けてきた東京大学の島 薗進氏
が、「チェルノブイリ事故後の旧ソ連 医学者と日本の医学者」と題してあらた
な連載を開始しました。著者の了解をえて紹介させていただきます。その(2)
は、チェルノブイリ事故以前の状況と直 後の対応

名著:中川保雄『放射線被曝の歴史』に逸早く注目・紹介してきた氏が、「この
書物が対象としているのは1990年頃までであり、…その後の放射線 健康影響・防
護の動向にどのように関わっているかについては述べられていない。…中川が
行ったような本格的な調査研究はとてもまねができないが、 それでも大いに参
考になる手頃な書物がいくつかある。」と、今日なを根強く横たわっている「安
全・安心」論の淵源にさかのぼっての解読に意欲をの ぞかせています。

◆ブログ:島薗進・宗教学とその周辺より
http://shimazono.spinavi.net/

<ブログから島薗氏の追究履歴がわかります>
★放射性物質による健康被害の可能性について医学者はどう語っているか(2011
年3月23日)
★放射能による健康被害についての医学者、政府・自治体およびメディアの対応
(2011年4月)
★原発による健康被害の可能性と安全基準をめぐる情報開示と価値の葛藤(2011
年4月)
★福島県の学校の20mSv基準は適切か?──専門家・学者・ジャーナリストの自覚
(2011年5月)
★福島原発事故災害への日本学術会議の対応について(2011年5月)
★中川保雄『放射線被曝の歴史』に学ぶ(2011年7〜8月、3回)
★低線量被ばくリスクWG主査長瀧重信氏の科学論を批判する(2012年1月)
★日本の放射線影響・防護専門家がICRP以上の安全論に傾いてきた経緯
――ICRPの低線量被ばく基準を緩和しようという動きの担い手は誰か?―― 
(2012年2〜5月、8回)
★放射線のリスク・コミュニケーションと合意形成はなぜうまくいかないのか?
(2012年8〜9月、8回)

======以下、その(2)転載(改行あり)=====

■チェルノブイリ事故後の旧ソ連医学者と日本の医学者 ――イリーンと重松の連携
が3.11後の放射線対策にもたらしたもの―― (2)チェルノブイリ事故以前
の状況と直後の対応
2012年10月18日

イリーン『チェルノブイリ:虚偽と真実』の第1部は「チェルノブイリ事故直前
のソビエトにおける放射線医学の科学的レベルとその状況」と題されて いる。
ここでは、イリーンがこの分野の権威者として大きな力をもつ立場に至る過程が
述べられるとともに、その立場でチェルノブイリ事故後の事態に 対応する際、
どんな困難を抱えていたかの説明がなされている。一方でソビエト連邦のこの分
野の科学は高い水準にあったという主張と、しかし、チェ ルノブイリに十分対
応できないような多くの限界があったという弁明が述べられており、その意味で
分かりやすい叙述とはいいがたい。
 ソビエトの放射線医学の限界ということだが、一つには秘密の分厚い蔽いがか
ぶされていた。そして放射線防護についての研究は少なかった。

「若い研究者や興味を抱いている読者に科学研究の主な結果を知らせるために、
科学者たちは厳しい検閲とその他の科学論文の発行に伴うわずらわしい 問題点
をうまく切り抜けなければならなかった。原則として、公開された研究成果は一
部であり、多くは未公開で発行を禁止されていた。」(5ペー ジ)

「……人体に及ぼすイオン化放射物からの防護方法について基礎的な情報や有用な
放射線学に関する科学論文は少なかった。特に放射線事故に関するも のは稀少
であった。実際多くの科学者は、事故の対策や対応に取り組む余裕がなかった。
また同時に、原則として防護をとりあげた論文の中で、放射線 防護だけを取り
上げた論文は全く見あたらず、事故の時にどうすればいいかを人々に知らせる記
事は、原則として限られた部数しか印刷されなかっ た。」(5ページ)

 これらの記述をとおして、イリーンは旧ソビエトでは事故時の放射線防護につ
いて適切な知識をもっている人はほとんどいなかったことをほのめかし てい
る。また、こうした事情があったために、チェルノブイリ事故に際しての対応も
うまくいかなかったという主旨の弁明と見なすことができる。たと えば、安定
ヨウ素剤が使えなかったことへの弁明らしきものも見られる。しかし、ヨウ化カ
リウム製剤は工場で大量生産されていた。そして

「子供の使用時の注意も含めた薬の説明書を添えて緊急時につかえるように適当
な条件で貯蔵された。チェルノブイリ事故が示したように、無責任な態 度とこ
の薬を住民に迅速に供給するシステムの欠如により大きな問題が巻き起こった。
住民防御の権威者も医療スタッフもこの錠剤の説明書のストック があることを
全く知らなかったのだ。」(68ページ)

 安定ヨウ素剤を使わない決定にイリーンが関わっていたことは、ここでは触れ
られていない。こうした叙述と、「殆どの研究分野の科学者の知識とそ の成果
は国際的な基準に一致していて、ソビエトの科学者は海外の科学者に決して遅れ
てはいなかった」(67ページ)という叙述との間には矛盾があ るが、これはイ
リーンが自分が指導して立案された旧ソ連の事故対策方針は適切だったという主
張と、うまくいかなかったのは旧ソ連内でこの分野が立 ち後れていただめだと
いう主張の双方を成り立たせようとするところから来ている。

 イリーンは自らが、国際放射線防護委員会(ICRP)や国連放射線影響委員会
(UNSCEAR)(とりわけ後者)の他国の関係者たちとの交流を 通して多くを得た
ことを誇る叙述も行っている。フランスのビエール・ペレリン、アメリカのフ
レッド・メットラーらとの交流がチェルノブイリ事故対 策を立案する際に大い
に力になったことが示唆されている(18〜24ページ)。だが、他方、これも容易
でなかったことが述べられている。イリーン 自身、KGBにより5年間、国際会議
への参加を禁止されていたとも述べている(19ページ)。

 イリーンは叙述の背後に、自らが外国の専門家と組んで世界的な防護基準に
のっとった対策を示したにもかかわらず、旧ソ連内の科学者たちにそれが 受け
入れられなかったことは残念だったという主張を込めている。

 「もしチェルノブイリの事故の前にロシアの科学者の中にこういう基本的な仕
事について少しでも知っている人がいれば状況はかわっていたかも知れ ない。
すなわち世界の科学者たちによって何十年かけてつくられてきたこのような放射
線防護の哲学についてや、国連放射線影響委員会によって詳細に わたって示さ
れている疫学的データの研究と解釈の方法論について何が最も重要であるのかを
知っている科学者がいたとしたら、チェルノブイリ事故の 結果として起こった
医学的な出来事に対するバイアスのかかった評価は存在しなかったであろう。そ
の誤ちが、世間の人々の考えに悪影響を及ぼすこと になってしまった。」(22
ページ)

 日本の福島原発事故の場合は、当初からICRPなど国際的な放射線健康影響・防
護研究者組織と組んで対応がなされた。旧ソ連と比べると、日本で は世界の原
発推進勢力が形作ってきた国際的な放射線専門家集団と連携関係にある度合いが
強かったと言えそうだ。ウクライナやベラルーシにはそうし た国際的専門家集
団とは異なる立場の科学者がおり、イリーンのような旧ソ連の指導的科学者と対
立しつつ住民の健康のために早くから立ち上がった が、日本ではその動きがだ
いぶ弱い。政府と連携した専門家集団に押さえ付けられているかっこうだ。

 旧ソ連内で自分の立場が通りにくいことを察知したイリーンは、チェルノブイ
リ事故後、ソ連放射線防護委員会のリーダーとして、外国の専門家と話 し合っ
て、適切な防護基準について立案することを思い立った。そして、1989年5月の
国連放射線影響委員会にこれを議題として取り上げるよう提 案した。その討議
の結果、国連放射線影響委員会は5月12日「放射性物質による長期汚染」と題す
る文書を「記者発表」した。

 「チェルノブイリ核事故に対する放射線防護に関する旧ソ連邦の決定は、現在
の国際的な放射線防護政策と一致していると考えられる。これは、 IAEAに
よって開催された放射線防護の非公式の会議で認められた。(中略)旧ソ連邦の
国家委員会の議長であり、国連放射線委員会のソ連代表であ るイリーンが、
チェルノブイリ事故後の汚染状況と現在までにとられた対応策を参加科学者に報
告した。また、世界的に採用されている改革と一致した 対応策が行われた最初
の数年後に残っていると思われる問題について、特別な注意が払われた。しかし
ながら、この様な汚染を引き起こした核事故の健 康への長期影響については前
例がない。ソ連邦の放射能汚染地区ら(ママ)居住する人々の生涯最大被曝線量
を350ミリシーベルトとすることは正し い方法と考えられ、参加者の同意を得ら
れた。許容線量はソ連邦政府によって決定されることが同意された。なぜなら
ICRP勧告に従い、許容線量が その地区の状況や事故の規模に基づくから
だ。」(23〜24ページ)

 ここで示されている「生涯最大被曝線量350ミリシーベルト」はイリーンが提
起し、これによって住民の移住をできるだけ抑えるための政策として 採用され
かかったものだ。しかし、その後、多くの反論によってイリーン提起の基準は退
けられ、もっと厳しい基準が設けられることになった。第2部 以降のこの書物の
叙述の主要な論脈は、その経緯を述べようとするものだ。
 このことから分かることは、イリーンは自らが関わって来た国連放射線影響委
員会(UNSCEAR)、そしてそれと密接な関係にある ICRP,IAEA
のお墨付きを得て、放射線防護のための移住をできるだけ少なくする対策を主張
したということだ。だが、それも科学的根拠とはあ まり関わりがないものであ
り、引用した国連放射線影響委員会の「記者発表」も「国際基準に一致しないけ
れども許容する」という主旨だった。

 社会的コストを考えれば移住は減らした方がよいと考えたイリーンは、その立
場をUNSCEAR、ICRPで通して、それを支えに何とか正当化し ようと
した。他方、原発事故の影響をできるだけ小さく抑えたいという動機を強くもつ
国際専門家集団もイリーンのその立場を後押ししたのだろう。

 以上、第1部の要点を述べてきたが、このように、本書では科学的な評価より
も政治的な駆け引きについての叙述が大半をなしている。第2部「チェ ルノブイ
リでの日々」では、イリーンが1986年4月のチェルノブイリ事故の直後に、
住民避難に強く反対した経緯について詳しく述べている。「私 は、人々の基本
的な生活の活動を妨げる方法にはどれも反対した。必要なのは、都市の放射線の
データについての情報を毎日発行することや、専門家が 一般状態を都市住民に
説明する必要も含んだ、よく考え抜かれた高度に専門的な説明であると述べた」
(124ページ)大都市で避難を行えばたいへん なコストを産む。一方、何とか線
量は限度に達していない。放射性ヨウ素もそうだ、と。

 この決定は後に厳しく批判さ れた。90年2月、ウクライナ最高会議でイ
リーンの論敵シェルパックは、86年5月に「キエフの住民の避難をする(子供
を含めて)理由がないとする意見を 支持した専門家たちの責任を問うことを要
求」(188ページ)した。イリーンらソ連の権威者たちはキエフから出て行けと
の運動もあった。イリーン はウクライナの疑似「専門家」達と戦ったと述べて
いる(137ページ)。89 年5月の声明でUNSCEARは、ソ連は独自の政治
的な判断を許容されるということを言っているにすぎないのだが、イリーンは生
涯最大被曝線量 350mSVは「正しい方法」であることを強く主張した。
 この経緯のイリーン自身による叙述を読めば、イリーンらがこの基準を政治的
に押し通したことが明白である。イ リーン自身は国の代表として国際機関に出
ている自分とその仲間こそが正統な専門家であり、他の専門家のいうことは取る
に足りないという理解で、唯一の「科 学的真理」宣布者としての権威を行使す
るとの考えを示している。

 以上のようなイリーンの叙述は、七沢潔『原発事故を問う―チェ ルノブイリか
らもんじゅへ』(岩波新書、1996年を参照すると一段と見通しがよくなる。七沢
著の第1章、第4章にイリーンの名が出てくる。イリーンはキ エフの住民、とり
わけ子どもたちを避難させない政策を 支える科学者の主軸だったことが分かる。
 また、86年5月3日の段階で住民に安定ヨウ素剤を渡さない決定もイリーンの判
断に基づくもののようだ(七沢『原発事故を問う』(37ペー ジ〜)。オルリク
副首相(ウクライナ共和国)はこの日、こう述べたという。「放射線医学の専門
家で、ソ連医学アカデミー副総裁のイリイン博士は、 今住民に渡さない方がよ
いといっています。彼は10日分しかないから、今、使ってしまうと、この先もっ
と深刻な事態になった時に使えなくなる―と いう主張です。 ヨード剤の配給は
見合わせましょう。」(57ページ)。

 この時イリーンは事故原子炉からさらに放射性物質が大幅に放出されることを
怖れていた。5月7日にイリーンと放射線測量の専門家、ユーリー・イ ズラエリ
国家水文気象委員会議長がモスクワから到着。2人はキエフでの「汚染状況は、
子どもを含めた住民の健康に危険をもたらすものではない」、 「現在、食品に
ふくまれている放射能の値は、住民に危険をもらすものではない」と主張。2人
は12時間かけて3通の勧告書を作成。例年どおりの キャンプ以外の子供の避難は
不要だとした。また、「情報の一元化」などを指示しもした。

 ウクライナ共和国最高会議議長のシェフチェンコ女史は これに反対、疎開を
主張した。結局、5月9日、夏休みキャンプを早めて実行するという形で実質的な
疎開案を採用した。25日までに52万6千人の母子・妊 婦が疎開 した。(『原発
事故を問う』67-71ページ)
 ウクライナ政府のこの決定に対し「ソ連政府は露骨に不快感を表した」。ウク
ライナ側の対応が住民にパニックを起こしたと批判した。そして、5月 14日被曝
許容線量を引き上げるという「きわめつけの通達がモスクワのソ連保健省…から
送られてきた」。「ソ連保健省は…次のような新しい基準を 採用した。14歳以下
の子どもと妊産婦の場合、年間10レム (100mSv)、一般人の場合は50レム
(500mSv)まで許される。それ以下の場合、住民の疎開などの特別な措置はとら
ない」。イリーンはさすがに これには反対して後に10レムまで引き下げられた。

 それまでのソ連では年間5mSv(0.5レム)だったから、 20倍に引き上げた。そ
の頃のキエフの線量は毎時0.5ミリレム(5μSv)というからかなり高い。(そう
いえば日本も1mSvを20mSvにと 20倍あげた)。七沢氏は次のように概括している。
 「住民保護の対策を決める際の客観的な目安となるはずの被曝線量が、国の都
合で勝手に変えられる。その動機としては、まずむやみに人の移動を認 めて、
パニックに導かないという政治上の大方針があった。そして 同時に、被曝線許
容量を引き上げることで人の移動をさせない背景には、経済的要因もからんでい
た」 (73ページ)。七沢はこう述べて、ICRPの「最適化」の論を説明するイ
リーンの言葉を引く。

「わが国にかぎらず、日本でもイギリスでも、アメリカでも、非常事態が起こっ
たら、普段のレベルよりも高い基準が導入されるようになっています。 これは
仕方ないことだと思います。たとえば、キエフ市民三百万人が本当に疎開すると
なったらどれだけの社会的費用がかかることでしょう。もちろん 被曝による健
康上のリスクは生じますが、それを、この社会的費用とを秤にかけて考えなけれ
ばならないのです」(73〜74ページ)

 結局、モスクワとウクライナは妥協した。5月15日に疎開第1陣が出発した。イ
リーン著『チェルノブイリ:虚偽と真実』の第2部と七沢の叙述を 見ると、放射
線健康影響の専門家としてキエフに派遣され、ソ連側の立場を押し通そうとした
のがイリーンだということがよく分かる。当時、事故によ る放射線の健康被害
がどれほどに及ぶか、イリーンの側に確かなデータはほとんどなかったはずなの
だが。(以上、その(2)転載終わり、その(3)へつづく)

○−−−−−集会等のお知らせ−−−−−○ 

● さよなら原発! 11・11福岡集会 ● 
 日 時:11月11日(日)
     14:00 集会開始 15:00デモ出発(サウンドデモ)
 場 所:福岡市・冷泉公園 
 主 催:さよなら原発! 福岡集会実行委員会 
★さよなら原発! 11・11福岡集会
  http://bye-nukes.com/fukuoka 

● 「原発なくそう!九州玄海訴訟」(玄海原発1万人訴訟)●
    ホームページ:http://no-genpatsu.main.jp/index.html
 原告・サポーターを募集しています。(九州以外の方もO.k)
   原告数 4923名(9月14日現在) 
   連絡先:090-9071-7963(椛島・かばしま弁護士)

● 原発労災・梅田隆亮さん第4回口頭弁論 ●
日 時:12月26日(水)
場 所:福岡地方裁判所 (福岡市中央区城内1-1赤坂駅から徒歩5分)
    裁判開始:14:30 (301号大法廷)
支援カンパ: 郵便振替口座 01700−1−125911 
加入者名: 原発労働裁判・梅田さんを支える会

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           午前10時から午後5時。(土・日曜・休日は閉設)
     ♪ みなさん、一緒に座って・語り合いませんか☆
   場所:九州電力本店前 福岡市中央区渡辺通2丁目1−82 
   地図:http://www.denki-b.co.jp/company/map19.html
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