[CML 020685] <テント日誌 10/26(金)――経産省前テントひろば 412日目>

Kimura-m kimura-m at ba2.so-net.ne.jp
2012年 10月 28日 (日) 08:25:46 JST


<テント日誌 10/26(金)――経産省前テントひろば 412日目>
      たくさんの人々の出会いと交流
         〜金曜夜のテントひろば〜

10月26日(金) 晴れ
 マスメディアは昨日から石原のことで大騒ぎしている。「中国と戦争をしたい。戦争をできる国にしたい。」ということだけが生き甲斐のような暴走老人の猿芝居に、マスメディアの騒ぎ振りには本当に辟易させられる。苦々しい気分でテントに出かけた。
 テントの前では既にあおぞら放送の準備が進んでいた。開始時刻間際に、急遽お願いした本日の国会議員の姫井由美子議員(国民の生活が第一)が到着。以前から「徐々に原発依存を減らしていく」と言っておられて、即時廃止というテントの主張とは一定の隔たりがある。それでもテントTVに出演された潔さには敬意を表したい。今日のインタビューでもこの溝は残されたままであった。
 しかし原発輸出については、ヨルダンの人々が断固拒否した態度に教えられて、以前は承認していた自身の誤りを認め考えを改め、今は反対であると率直に表明された時、ギャラリーからは拍手が起こった。
 「福島から世界へ」で黒田節子さんがチェルノブイリ視察報告をおこなった。第2世代の子ども達に被曝の影響が出ていること、チェルノブイリではみんな避難させられたがそれでもこの現実であり、翻って日本では、国と県によって高線量地域に連れ戻され押し込められていることを強く訴えた。尚、この報告会は11月29日(木)、スペースたんぽぽで予定されている。
  「反原発でいこう」のコーナーは、たんぽぽ舎の柳田さんが、2週間後に迫った「再稼働阻止全国ネットワーク」結成集会に向けて、その目的や結成への経過や、当面の課題等について語り、安在さんが世界の脱原発運動についての紹介をおこなった。
  通りすがりの人も多士済々で、様々な行動のあり方と運動への思いを聞くことができた。(放送終了後はアーカイブで見られます。アーカイブのアドレスはhttp://www.ustream.tv/recorded/26273961。) 
 
 放送終了時はもうすっかり暗くなっていたが、テントの前には次々と遠方の顔見知りの女性たちが現れてくる。今日は女の一票一揆の集まりがあったようだ。いろいろと立ち話をしていると、テントの前で幼い子どもたちがライトを振りながら、「原発反対!子どもを守れ!」と盛んに叫んでいる。
 実は、今日母子避難されているママネットの人たちが、子ども連れではじめて官邸前から国会周辺を一回りし、テントへとやってこられたそうだ。お馴染みの山羊の車がやってきて、子どもたちは山羊に触れたり、小さな荷台に乗って山羊に引かれたりと、大喜び。
 増子さんは、今日はテントで楽しく過ごせた、今後も集まりや情報発信の場として使わせてもらえないか・・・と。勿論大歓迎。テントはそういうことのためにあるのだから。
 昨日の日誌でも紹介した「福島原発事故と女たち――出会いをつなぐ」は、第2テントの前で発売されていたが、持参されたものは完売となった。そして福島原発告訴・第2次告訴は締め切り間近とあって、テントの前の説明&申込所で次々と登録されていく。
 いつまでも賑わったテントであったが、帰路につく福島の人たちを見送り、また帰っていくママネットの子どもたちを見送りして、帰路についた。
             ( Y・T )

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監視テント大阪  10月26日(金)
  金曜日恒例の関電前包囲行動は、夕刻近く、それぞれのグループ有志が、準備がてら参集する。終業後の方々が駆けつけて本格的となるが、この日は、1000人ほどであったという。監視テントのQは、テントの留守番のように留まっていなければならなかった。理由は下にあります。
 元の監視テント積極協力派のパオーんさんとムーさんは、パオーンさんのみの関電前抗議行動参加。大阪市庁舎脇、監視テントは、丁度、関電本社と天満警察の間にあり、再稼働反対及び、脱原発の促進、原発ムラの居直りへの抗議であれば、関電周辺に集結する。その事前の準備でも、監視テントは、お役にたてればよい。
  一方、関電前抗議行動で、コロビ公妨によって拘留されていた方が、起訴され、濡れ衣をきせられたまま、拘置となったことへの抗議行動もあった。23日の拘留期間中、下地先生を中心とする抗議行動は、ほぼ連日と言っていいほどだったが、その証人たちの抗議説得を無視した官憲への怒りは頂点に達した。
 Nさんなどのジャンベ抗議団も2時間にわたって、総勢4ー6人で、言語同断の怒りの音響を轟かせた。
市庁舎周辺でのQのジャンベの響きを煙たがった職員は、やんわり「よく届きますな。ずっと向こうからきこえましたよ」と囁きに、昼過ぎ来ていた。「風次第ですから、放射能より無害でしょう」と答えた。瓦礫焼却と橋下の市政への抗議であることは、2週間を越えれば、理解済みのはず。夜は、前日の府警警部の酒気帯び轢き逃げ事件と相まって、天満署への怒りは、天井知らずとなった。
  9時を過ぎて、監視テントは鈴なりとなり、ターフを拡げたものの道路上まで、議論、情報交換の輪は広がり、ついに、暁闇まで終わらなかった。そして、監視テントは、13張となり、男性用、女性用の仮眠緊急宿泊3-4人収容用のテントも設置されている。
  午前中、屈強な男性二人とヴィデオ担当、指揮者、男性4人が現れ、因縁をつけにきたが、監視テントの人々の体を張った阻止線によって排除されたといっていい。28日には、殺してもいいよというツイッターを仲間に流しているという。公然脅迫であるが、こちらも、また、シンパの人々への再結集を呼びかけている。関西近隣にいらしている方は、午前10時頃に駆けつけていただきたい!  この脅迫は、在特会によって流布されているもの。彼らのデモの前後にくるという。
              ( Q記 )


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