[CML 020563] 二大政党制をあきらめない?

OHTA, Mitsumasa otasa at nifty.com
2012年 10月 20日 (土) 21:36:39 JST


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二大政党制をあきらめない?
http://kaze.fm/wordpress/?p=380

朝日新聞が10月19日付のインタビュー「二大政党制をあきらめない」で、豊永郁子氏の見解を紹介している。

朝日新聞デジタル:豊永郁子さんに聞く二大政党制(全文を読むには会員登録が必要)
http://www.asahi.com/news/intro/TKY201210180752.html

(中略)

私は、民主党が3.11後に早くも、通常国会で衆議院比例区定数の80削減を実現すると改めて公言し、原発を押し付けてきた差別に加え、脱原発少数政党に投じる1票の価値をさらに減じるという――「選挙区間1票の格差」との違いの重みを考えてもらいたい――さらなる差別を原発事故被害者に押し付けようとしている政治状況を真っ先に問題視するが、豊永氏は日本の民主主義状況を象徴する3.11後の政治過程をどのように評価しているのだろう。

米軍基地の沖縄への押し付け差別と合わせ、「差別の解消が第一」に照らして政治を反省する過程が、3.11後に一斉に開始されるべきだったのである。

『サッチャリズムの世紀――作用の政治学へ』(創文社、1998年)、『新保守主義の作用――中曽根・ブレア・ブッシュと政治の変容』(勁草書房、2008年)を著している豊永氏が、悠長に「(二大政党制を)見限るのは早過ぎる。まだまだ幸せになる努力が足りない」と主張する「政治展望」は、現実の政治被害者にとってあまりありがたい言葉ではない。

朝日新聞は脱原発寄り人物の主張をシリーズ記事などで盛んに紹介するが、こうした主張を大元で葬り去る二大政党制と小選挙区制に本質的な批判を加えようとはしない。豊永氏も最後に、放射能汚染の実態について押し黙る風潮、被災地における「絆」の強調などに対して懸念を表明しているが、二大政党制に固執し、朝日と相似する。

豊永氏にしても朝日にしても、二大政党制という悠長な展望ばかりでなく、現実の政治被害者にとっての民主主義という視点で語ってほしい。
 
 
太田光征

【参考】

日本のテレビ局はなぜ反原発の動きを報じ損ねたのか?(金平茂紀)
http://www.asahi.com/digital/mediareport/TKY201209070270.html 


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