[CML 020537] 永山則夫の独白

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2012年 10月 19日 (金) 22:51:48 JST


 坂井貴司です。
 転送・転載歓迎。
 
 映画『Allways 三丁目の夕日』の大ヒットで、昭和30年代がまるで理想の時
代のように語られるようになっています。「貧しかったけれど、夢と希望に満ち
あふれていた。家庭には笑い声が絶えず、近所づきあいがあり、皆助け合って仲
良く暮らしていた」と理想郷のように語られています。
 
 しかし、『三丁目の夕日』の主人公、三平と同じ時期に少年時代を送った永山
則夫(1949年6月27日 - 1997年8月1日)にとってその時代は、貧困と暴力に満ち
た忌まわしいものでしかありませんでした。
 
 父はギャンブル狂で、永山が生まれる前にバクチの借金で首が回らなくなり、
蒸発しました。カタカナしか読み書きができない母は、行商で8人の子どもを育
てようとしましたが、まもなく則夫を捨てて家出しました。
 
 餓死寸前の所を救出された則夫は母親のもとに送られました。そこは希望に満
ちた『三丁目の夕日』ではありませんでした。
 
 ドブの匂いが漂う倒壊寸前の汚い長屋には、笑い声の代わりに怒号と悲鳴が満
ちていました。

 幼少時。義父と実母から酷い暴力を受けた挙げ句捨てられた経験がある母親か
ら、則夫は「お前は私を捨てたあのロクデナシとそっくりだ!」と毎日殴る蹴る
の暴力を受けました。同時に兄たちからも毎日気絶するまで殴られました。「お
前のようなゴクツブシが来たおかげで俺たちは高校に進学できなくなった。お前
のせいだ!」と。
 
 誰も則夫とその家族を助けませんでした。

 「バクチ狂いのロクデナシと一緒になって8人も子どもを産んだ挙げ句に捨て
られたバカ女のクソガキ」
 
と則夫は周囲から白い眼で見られ、唾をはきかけられ、無視されました。

 小学校・中学校とも則夫はほとんど行きませんでした。学校側は則夫が置かれ
ていた悲惨な状況を見ることはせず、「怠けて学校には行かなかった」と冷たく
突き放しました。

 そんな則夫に唯一愛情を持って接してくれた20歳以上年上の姉は、生活苦で
発狂し、精神病院を行ったり来たりしました。
 
 その姉は妊娠7ヶ月の子どもを中絶しました。母に命じられて則夫は病院から
遺体を持ち出し、墓場に産めました。墓石は漬け物石でした。
 
 蒸発した父はホームレスになって路上で死亡しました。
 
 兄たちが就職していなくなると、則夫は自分を殴るために兄が持っていた木刀
で、幼い妹たちを殴りつけるようになりました。そして母に向かって
 
 「クソババア、よくも今まで俺を殴ってくれたな。次に同じ事をしたら、これ
でお前をぶっ殺してやる!」
 
と叫びました。

母は言い返しました。

 「このクソガキ、親に向かって・・・。出て行け。お前がいなくなったら、赤
飯炊いて祝ってやる!」

 母と子には憎しみしかありませんでした。 
 
 形だけ中学校を卒業した則夫は、集団就職で東京に行きました。そこで高級果
物店に就職し、一生懸命真面目に働きました。働きぶりが評価され、新規店の店
長候補になりました。しかし、万引きで補導された過去を上司に知られた則夫は
店を飛び出し、職を転々としました。最後にはホームレスになりました。そして、
盗みに入った在日アメリカ軍横須賀基地の米軍住宅で実弾と拳銃を手に入れまし
た。則夫はそれを使って4人を衝動的に射殺しました。
 
 逮捕された則夫は、精神鑑定で100時間に及ぶ肉声をカセットテープに記録
しました。裁判では採用されなかったこれらのテープから、則夫がなぜ連続殺人
犯になったのか、その真相に迫る番組が10月21日に再放送されます。
 
 NHK教育
 
 ETV特集
 
 「永山則夫 100時間の告白〜封印された精神鑑定の真実〜」
 http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2012/1014.html
 
 放送日:10月21日
 放送時間:午前0時50分〜
 
坂井貴司
福岡県
E-Mail:donko at ac.csf.ne.jp
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「郵政民営化は構造改革の本丸」(小泉純一郎前首相)
その現実がここに書かれています・
『伝送便』
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