[CML 020429] <テント日誌 10/12(金)――経産省前テントひろば 398日目>

Kimura-m kimura-m at ba2.so-net.ne.jp
2012年 10月 13日 (土) 22:47:53 JST


<テント日誌 10/12(金)――経産省前テントひろば 398日目>
      テントひろばでの、歴史を刻む出会いと交流
      内容の深かったテントTV あおぞら放送

10月12日(金) 晴れ
 金曜日はいつものテントTV あおぞら放送の放映日である。午後2時過ぎにテントに着くと、もう何人かが忙しく準備を始めていた。
 テントには和歌山からみかんが送られてきていた。早速箱を開けてみかんをいただくと、中に本(「原発を拒み続けた和歌山の記録」)と手紙が添えられていて、金曜行動に参加すべく3時半〜4時頃にテントにお見えになる予定だという。
 3時前に今日の出演者の木田節子さんが到着。しばらくすると大間の小笠原厚子さんがお見えになる。お願いしていたが時間の都合がつくかどうかわからなかっただけに、感激。そうこうしていると、みかんと本の送り主・和歌山田辺市の寺井さんがお見えになった。1989年に結成された「脱原発わかやま」の代表をされていた方であり、県内5ヵ所で持ち上がった原発建設計画に反対して闘ってこられ、それらをすべてストップさせた闘いの記録を最近本として出版されたのである。
 寺井さんと小笠原さんはメールや手紙でずっと交流されていたそうで、その意味では旧知の間柄でもあり、感激の対面であった。また寺井さんの話の中に、旧知の間柄である小林圭二さん(熊取の6人の長老格)の名前も出てきて、一気に身近に感じられた。
 あおぞら放送で、今週の「国会議員に原発を問う」インタビューは、北海道の紙智子議員(共産党の参議院議員)であった。即時原発ゼロを強調する紙議員は、「北電は泊3号機の定検停止後、『電力不足』を演出するために苫東の火力発電(70万kw)を停止させている」ことも暴露された。そして今北海道では、富良野の小水力発電をはじめ豊かな自然エネルギーによる電力自給の動きが澎湃として起こってきていることを話された。
 「福島から世界へ」は木田節子さん。富岡町から転々と避難し、その間沢山の原発関連の本を読みあさり、漸く水戸に落ち着いて東海村の村上村長との出会いから反原発の活動を開始された木田さんは、同時に原発労働者の母親でもある。彼女の話はいつ聞いてももその体験、リアルさ、東電や原発労働者の状態についての知識や、そして鋭さで胸に迫るものがある。
 今日は最後に、ある人にあてたメール(それはたんぽぽ舎のメルマガNo1601に掲載されている)を読み上げ、それを引用したビラを戸別配布して大きな反響があったという伊方からの便りを報告された。今、この木田さんのメールは全国各地でビラに引用され、まかれているそうだ。
 小笠原さんの話の中では、経産相が大間原発の建設再開を認めるやいなやすぐさま現地で工事再開に動き出したそのあまりの素早さに、驚き、あきれ、深い憤りを吐露されていたことが印象的であった。あさこハウスへのハガキを郵便配達が届けに来る、その回数の多さが励みであり、かつあさこハウスに通じる道を監視カメラで見張っている相手に対する抗議と圧力になるのだ、という訴えは胸を打つ。
 ドキュメント「フタバを遠く離れて」を制作された舩橋淳監督のインタビュー時、双葉町から都内に避難されている亀屋さんと互いに会釈されていたことが印象的だった。来週には亀屋さんに出演を依頼している。(尚、「フタバを遠く離れて」の高橋哲哉さんによる映評が今週の週刊朝日に掲載されている。)
 最後に、テント通りすがりの人として前記寺井拓也さんがインタビューを受けた。本とみかんを前にしてであった。みかんは早速その場でギャラリーに配る。この本は7人による執筆で、札幌の寿郎社から出版されている。
 50名ほどのギャラリーに囲まれた、内容の深いテントTV あおぞら放送、脱原発の人々の出会いと交流、世界に向けた情報発信として、育てていきたい。
 終了後テントの中で反省会をしていると、浪江町希望の牧場の吉澤の力強いアピールが届いてくる。
                 ( Y・T )

★テント全体会議  10月17日(水) 午後7時 スペースたんぽぽ

★福島原発告訴、第2次告訴の締め切りは10月30日となりました。(必着)
  まだの方は是非ご提出下さい。どうしても陳述書を書けない場合は、委任状だけでもご提出下さい。 




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