[CML 020243] <テント日誌 9/29(土)――経産省前テントひろば 385日目>

Kimura-m kimura-m at ba2.so-net.ne.jp
2012年 10月 3日 (水) 16:27:38 JST


<テント日誌 9/29(土)――経産省前テントひろば 385日目>
   9・21ー22  「泊原発再稼働反対」集会に参加して

   経産省前テントひろばを支援しておられる方々の貴重なカンパで北海道泊原発反対集会に派遣
してくださったことを感謝申し上げます。
  全道や国内各地から約600人の方々が来られ、明るい展望をもって行動を続けていくことを確
認しあった。

  9月21日金曜日、羽田から新千歳空港スカイマーク格安で出発した。たんぱぽ舎のOさんを待ち
合わせ、高速バスで北海道庁前の集会に行くように現地の方からの知らせであった。手動車椅子
を介助していただき6時過ぎに集会に参加できた。 

  暗い歩道には、車から電気を取り出し明かりを灯しトラメガで数本使い反対集会をしておられ
た。主催者発表では600人であった。学生も大勢おられ若い方々が多かった。私も発言を求められ
たので、「一年前から経産省前でテントひろばを創り反対運動に命をかけて活動しておられる40年
前若者だった『若者を中心に』守っている。今では毎週金曜日には二万人から20万人くらい首相
官邸前、経産省前、文科省前等々に行動をする仲間がいるので、勇気を持って活動していただき
たい」と述べた。
 その後、福島の子どもの健康調査をされている内科医師の報告がホテルのレストランであると
いうので、参加した。わずか7が月で甲状腺異常が35.8%ありその数は今ではもっと上がって
いるとのことであり、将来の発がん率は計り知れない恐怖であると発言された。チェノブイリで
は10年で0.5%であったのに、速やかに待避をする責任を政府電力会社は逃れているのは大き
な社会不安である。

 翌日22日土曜日、札幌駅裏にバス1台を借り切り泊原発ゲート前の海水浴場砂浜に出発した。全
道および福島、仙台等の方々約600人集会であった。主催者の一人は役場職員をしながら30年前か
ら反対運動をしている方であった。福島の惨状を見て今頃ようやく役場も危機感を持っているとの
ことである。しかし、北電は相変わらずの応対であるそうだ。
 現地の方の発言は「泊」の海から巨大な魚が捕れ奇形魚が揚がり気持ちが悪くて食せないと言う。
原発労働者の子どもの心臓疾患が多く、この地域の発がん率は北海道では一番の高率だそうだ。
 ある方の話では、青森県大間の原発が稼働するとリサイクル燃料を使用するから毒性は4倍であ
る。断層上にあるので「グラ〜〜、ズル〜〜」と地震が来て事故を起こせば、函館市は30キロなの
で壊滅するし北海道の半分は人が住めなくなる、当然東北の半分も放浪の運命だそうだ。政府が国
民の生命をモテアゾブ、一企業である電力会社が財産も命おも運命を崖っぷちに置く権利と自由が
あるのだろうかと。
 ある学生は、福島の破壊原発は水をかけているだけで根本的解決を見ない。また大きな地震が来
て広島原爆の4000から5000倍の放射能を放出すると日本は壊滅するし世界に放射能をばらまく。
世界では恐れているのに何故日本の政府もマスコミも正しく報道しないのかと怒っていた。経済と
いう名の「金儲け」の亡者が世界を破滅に向かわせている、まさにサタンの手先を担っていると。

 私の番になったので、以下のことを話した。
 
 10年前から自宅のテラスに太陽電池パネルを設置し夜は本と扇風機に使用している。また30年前
に、ある山間地の農家が家の脇の小川を使い水力発電をしているのを仲間と共に見に行った。しか
し、東北電力から「違法だから即刻やめろ」と脅されて困っていると話していた。また、岩手山の
麓に40数年前なら地熱発電所があり当時東洋一世界一の技術だと学校の見学地になっていた。いま、
日本にどれほど普及しているだろうか。経産省、大企業電力会社が潰しているので普及していない。
 利権構造まみれの政府経産省、電力会社、財界のトライアングルの腐敗で自然エネルギー政策を
歪め、今日の原発の再処理できない猛毒が日本を崩壊の危機に国民を陥れているのは時間の問題だ。
福島の16万人に及ぶ流浪の民、棄民政策、大量殺戮、ジェネロサイトの態を表してきた。日本人は
それほどにも愚かではない。賢く基本に戻ろう。自然エネルギー政策を推進しよう。
 地方には、安い労働力をもとめ工場がなくなり働き場がなくなった。仕方なく17年前に田舎から
東京に出てきて多摩川沿いに車を泊め仕事探しをした。半年もかかってやっと見つけた金融機関の
仕事も、駅にエレベーターがなくステッキで通勤したら股関節の痛みが極限になり3ヶ月でドクタ
ーストップと相成った。車椅子が使えなかったからである。独りで駅にエレベーター設置運動を
したら、JRから睨まれ暴行罪をでっち上げられた。そのことをレポートにしたため国会巡りをした。
八代英太先生も怒り出しまた懇意にしている議員先生も動き国会の運輸委員会にJRが呼び出された。
それから法律が改正され都内の駅はエレベーターが造られるようになった。皆さんの運動は苦しい
が必ず希望の実がつくことを確信し、共に励まし合い活動していただきたいと思いますと話した。

          (T・K)



CML メーリングリストの案内