[CML 021267] Re: 自国の負の歴史を見つめる韓国民

泥憲和 n.doro at himesou.jp
2012年 11月 29日 (木) 17:23:53 JST


前田さん

ああ、そうでした。
日本にもいい映画はたくさんありました。
mixコミュにハンギョレ新聞の引用と一緒に次のように書いたのですが、やや訂正の必要がありますね。

↓

暴政、虐殺、拷問、開発独裁、人権蹂躪、査察、捏造など韓国の負の歴史を描いた映画が観客を動員しているという。

韓国市民は自国の負の歴史をしっかりと再確認しようとしている。

これは「自虐」ではない。
過去にたじろがぬ強い精神があってはじめて為しうる自己省察だ。
「克己」という。

日本の過去に対する容赦なき批判も、同じ精神から生まれているのだろう。
それを「反日」だと勘違いするしかできない脆弱な精神の持ち主は、克己できずに自慢史観にふけり、自己欺瞞のぬるま湯に満ち足りている。
哀しい話だ。

素晴らしい映画を産み出せる韓国市民がうらやましくもある。

いまは市民の「被害」に重点が置かれているようだが、いずれはベトナム戦争をはじめとする「加害」の歴史にも踏み込んでほしいと願う。
韓国の民主化が本物に成長するために。

----- Original Message ----- 
From: "Maeda Akira" <maeda at zokei.ac.jp>
To: "市民のML" <cml at list.jca.apc.org>
Sent: Thursday, November 29, 2012 5:04 PM
Subject: Re: [CML 021264] 自国の負の歴史を見つめる韓国民


> 前田 朗です。
> 11月29日
>
> 泥さん
>
> 情報ありがとうございます。
>
> 自国の歴史を隠蔽し、勝手に改ざんする国とは違いますね。
>
> それでも『パッチギ!』のように、歴史に向き合い、しかも楽しいお笑い青春娯 
> 楽映画を作る監督もいます。
>
> もちろん、ドキュメンタリーには秀作がたくさんありますが、娯楽映画の世界で 
> 『パッチギ!』をしのぐ快作が登場することを願います。
>
>
>> ◎【社説】”‘記憶の映画’が直視した不快な真実”(11月28日 ハンギョレ新聞日 
>>  本語版
>>
>> http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/13434.html>>
>> 『遠くは<維新の追憶>から<26年><南営洞(ナミョンドン)1985>を経て、近くは <エム ビー(MB)の追憶>まで、この頃 映画界は追憶満開だ。
>>  すでにスクリーンにかかったものもあり、封切りを待っているものもある。
>>  暴政、虐殺、拷問、退行の記憶を扱った映画たちだ。
>>
>>  概して評価も良く、観客評点で‘南営洞’は2位、‘エムビー’は3位を記録した。 
>> 
>>
>>  今年最高の興行作<光海、王になった男>も完全に上回った。 低予算映画に ふさわしくなく‘南営洞’は興行でも成功の兆しを見せている。
>>
>>  このような風景の一方では‘政治映画’と一括りに非難する声、‘なぜ未だに 
>> 過去なのか’と問い詰める不機嫌な質問も出ている。
>>
>>  印象批評、あるいは政治的有利不利を問い詰める質問だということは映画一 本を見ただけで分かる。
>>  
>>  むしろこれら映画はなぜ未だに私たちの社会がその過去を凝視しなくてはな らず、また何故凝視せざるをえないのか、その過去がどのように現実 によみ がえっていて、今も私たちを苦しめている 
>> こと、未来へ踏み出そうとする私達 が困難に陥っていること知らせる。
>>
>>  その‘過去’は集団的トラウマとして残って民主主義と人権、平和と兄弟愛の 
>> 進展を遮っている。
>>
>>  開発独裁、人権蹂躪、査察、捏造など、李政権が復活させた怪物はまさにそ の過去が生きていることを雄弁に物語る。
>>
>>  耐えられない暴力、事故、絶望、悲しみに出遭った時に残る外傷性ストレス 障害がトラウマだ。
>>
>>  トラウマは個人の思考と行動を萎縮させ、異常行動を誘発したりもする。
>>
>>  集団でも同じだ。 国家による4・3虐殺や保導連盟虐殺の記憶は、自己検閲 を内面化させ、集団的思考と表現の障害として現れる。
>>
>>  拉致、拘禁、拷問、司法殺人あるいは三清(サムチョン)教育隊緑化事業な ど、国家暴力のトラウマもやはり共同体の正常な成長と発展を遮る障 害物と なる。
>>
>>  トラウマは関連記憶と感情を表わし、正面から凝視し問い詰める時に克服で きる。 
>> 
>>
>>  そのおぞましい記憶と向き合うことは苦しいが、隠して回避していれば、そ のおぞましい記憶の監獄にさらに深く幽閉されるだけだ。
>>
>>  そのような意味で維新と第5共和国の国家暴力を表現する記憶の映画は、む しろ共同体の集団障害を治癒する契機となりうる。
>>
>>  事実このような過去を呼び出したのは朴槿恵候補だ。 彼女が出馬しなかっ たとすれば、国家暴力の記憶が映画化されるわけがない。
>>
>>  第5共和国は維新の延長であったし、第5共和国の拷問・虐殺・暴力はその遺 産だった。
>>
>>  朴候補は映画<シネマ天国>や<ビリー エリオット(邦題:リトルダンサー)>を 感銘深く観たという。 そのような遠い昔の話も良いが、彼女の時代、私たち の共同体が体験し 
>> た 絶望を省察する映画にも関心を持つことを望む。
>>
>> 韓国語原文
>> http://www.hani.co.kr/arti/opinion/editorial/562830.html
>> 訳J.S』
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