[CML 021226] イスラエルという国―ヤコブ・ラブキン「シオニズムの非神話化」

Yasuaki Matsumoto y_matsu29 at ybb.ne.jp
2012年 11月 27日 (火) 01:28:40 JST


みなさまへ   (BCCにて)松元@パレスチナ連帯・札幌

この論考は2009年のものですが、下敷きとなっているヤコブ・ラブキン氏(カナ
ダ、モントリオール大学)の主著【「Au nom de la Torah: Une histoire de
l’opposition juive au sionisme」(2004)】の日本語訳が『トーラーの名
において―シオニズムに対するユダヤ教の抵抗の歴史』(菅野賢治訳、2010年、
平凡社)と して刊行されています。(すでに10言語以上で翻訳刊行中。)豊饒
な学識を背景に、「シオニズムがユダヤ教の連続性に対して大胆な反乱であった
こ と」を克 明に論証しています。ユダヤ教内部からのこれほど完膚なきまでの
シオニズム爆撃論は、これまで無かったのではないでしょうか。その普及版とし
て本 年6月に 『イスラエルとは何か』(菅野賢治訳、平凡社新書、2012
年)が、かなりの新規加筆の章を加えて出版されています。ぜひ、お読みいただ
きたいと 思いま す。ここに訳出した論考は、これら両著の基本的なデッサンと
いえるものです。拙訳ですが、著者の了解を得て訳出紹介いたします。

ヤコブ・ラブキン氏は、ユダヤ国家を名乗るイスラエルをユダヤ教の教え(トー
ラー)のまな板の上に載せ詳細で厳しい倫理的審査によってイスラエル の根底
的 な批判を提示しています。明治維新後、あらたな民族形成に歩みだした日本
は、度重なる侵略戦争を経て第二次大戦の敗戦を経験し、今回、福島原発事 故
による 未曾有の災厄に出遭いました。今後、日本人がどのような民族形成を獲
得しようとするのか、どのような倫理的審査を自らに課すのか、氏に学ぶべきこ
とは多い ように思います。


Demystifying Zionism
By Yakov M Rabkin

http://www.informationclearinghouse.info/article23617.htm

■シオニズムの非神話化
ヤコブ・ラブキン著

2009年10月2日「インフォメーション・クリアリング・ハウス」


「シオニズム」という言葉は、さまざまな人々にそれぞれ異なる意味を与えてい
る。中には良かれ悪しかれ無条件にイスラエル国家を防衛する栄誉ある バッジ
に 使う人々もいる。いまなお多くのシオニストは、シオニスト国家というイス
ラエルの呼称に不愉快な思いを抱いている。彼らは、「ユダヤ人国家」であ り
「ユダ ヤ民族の国家」であることに固執している。自身をシオニストと認める
かなり多くの人々は、自分の悩みの種をおおやけに表明することをしたくないま
ま、イス ラエルの存在と実際にやっている姿に悩まされている。かなりのイス
ラエル人を含む他の人々は、共通の自滅への道であるイスラエル/パレスチナ紛
争 の和平へ の重要な障害としてシオニズムを見ている。最後に、いくつかの
サークルにおいてこの言葉はひとつの侮辱として使われている。

この論考では、シオニストの思想および宗教との関連についてその起源の輪郭を
描いてシオニズムの神秘性の覆いを取り除くつもりである。ここでは種 種雑多
な 見かけ上相矛盾する思考様式から、最近流行のかなり一枚岩の政治姿勢にい
たるまでシオニズムの展開のおよそを素描し考察している。論考は、今日多 く
の人々 に関わる二つの疑問に解答を提供して終える。すなわち、カナダ、米
国、他の多くの西側政府がイスラエル国家に提供している一貫したサポートをど
の ように説 明するのか、およびシオニズムの拒絶とイスラエル批判がしばしば
反セム主義(訳注1)の行為と見なされるのはなぜか、である。

【訳注1】この論考で著者は、ヨーロッパのカトリシズムおよびプロテスタン
ティズムに古くから根付いていた宗教的な「反ユダヤ主義 anti-Judaism, anti-
Juwish」と、19世紀後半に現れ20世紀に猛威をふるい今日イスラエルに利用され
ている民族主義的、人種主義的「反セム主義 anti-Semitism, anti-Semitic」を
区別している。


◆起源

シオニズムは、ヨーロッパの歴史および人間と社会が変化し始める現代史の最後
の運動の所産である。シオニストとその反対者の双方は、シオニズムと イスラ
エ ル国家はユダヤ人・ユダヤ教徒(訳注2)の歴史における革命であり、19世
紀および20世紀におけるヨーロッパ・ユダヤ人の解放と世俗化とともに 始まっ
た 革命の一部をなしているという点では一致している。

【訳注2:jew, jewishは、ユダヤ人あるいはユダヤ教徒を意味するが、文脈に
よってはそのどちらかをあてがい、多くは「ユダヤ人・ユダヤ教徒」と表記した。

ヨーロッパの多くのユダヤ人・ユダヤ教徒を襲った神なき世俗化(訳注3)の波
は、シオニズムを出現させる要因が不十分にもかかわらず、ひとつの必 然で
あっ た。いまひとつの重要な要因は、人種的あるいは科学的な反セム主義とい
う世俗イデオロギーを抱え込んでいたヨーロッパ社会へのユダヤ人の参入に敵
対する抵 抗でもあったということである。改宗による救済を目標とするキリス
ト教の反ユダヤ主義と違って、現代の反セム主義はユダヤ人・ユダヤ教徒をヨー
ロッパ人と その文明にとって本来的に他者、敵ですらある人種あるいは民族と
みなしている。

【訳注3】secular、secularizationは、世俗的な、非宗教的な世俗化である
が、宗教的なものに対立する含意を強調して「神な き世俗化」と訳してみた。

神なき世俗化(セキュラリゼーション)は、さらに次のものの内部からユダヤ
人・ユダヤ教徒のアイデンティティを変革した。伝統的なユダヤ教徒は彼 らが
何を 行うかあるいは何を行うべきかによって識別されたが、新しいユダヤ人は
彼らが存在していることで見分けられた。じっさい彼らは同じ宗教の習慣を
もっている だけで、ポーランドから、イエメン、そしてモロッコのユダヤ人ま
で同じエスニック・グループ(種族集団)に属しているどころか、大胆にも聖書
的ヘ ブライ人 の子孫であると見なされたのである。テルアヴィブ大学のシュロ
モ・サンド教授のように若干の人々は、エスニック概念としてのユダヤ民族は、
19世 紀後半に おけるシオニズムの必要性によってたんに「発明された」もので
あったと主張している。結局、彼らはナショナリスト(民族主義者)であるため
にひと つの民族 を必要としたのである。

エルサレムのヘブライ大学イエシャーフ・レイボヴィツ教授の晩年の言葉に、

「歴史上のユダヤの民は、同じ言語を話すひとつの民族としてでもなく、この国
あるいはこの政治制度の国民でもなく、ましてや人種でもなく、トー ラーのく
び きおよびその戒律…の受け入れを表明する特定の生き方をもつ人々として、そ
の精神的および実践的な双方のレベルにおける特定の生活様式をもつ人々 とし
て、 トーラーのジュダイズム(訳注4)とその戒律の民として定義されたもの
であった。この自覚こそ、この民の中で効力を発揮したものであった。それこ
そが民族 の本質を形づくり、世代を貫いてその自覚を維持し、時代や状況にも
かかわらずそのアイデンティティを保持することが出来たのである。」

【訳注4】Judaismは、ユダヤ教あるいはユダヤ思想であるが、「ジュダイズ
ム」と表記した。

シオニズムは現代的、民族的なものを選択して、伝統的な定義を拒絶した。した
がってシオニストたちは、まったく別個の民族ないし人種としてユダヤ 人・ユ
ダ ヤ教徒にかんする反セム主義的見解を受け入れ、さらに、堕落した非生産的
な寄生虫であるとユダヤ人に向けられた反セム主義の非難や責めの多くを内 面
化し た。シオニストたちは、ユダヤ人・ユダヤ教徒の嘆かわしい状態から彼ら
を改革し回復することに着手し始めた。元パリ駐在イスラエル大使、エリ・バ
ルナヴィ 教授の言葉によれば、「シオニズムは、ユダヤ人の実存的不安を解消
する救済策を必死になって探し出し、ラビに背を向けて現代的なものを熱望し
た… 同化ユダ ヤ人と知識人の発明であった。」しかしながら大部分のユダヤ教
徒は、まさにその始まりからシオニズムを拒絶した。彼らはシオニストが、最悪
の敵、 反セム主 義者たちを利する行為をしていることを分かっていたのだか
ら。前者がイスラエルにユダヤ人を集めようとしていた一方で、後者はユダヤ人
という状態 から解放 されたかった。シオニズムの創設者テオドール・ヘルツル
は、反セム主義者たちを彼の運動の「友であり味方である」と見なしていた。

シオニズムの中の多くの潮流で成功したものは、つぎの四つの目標を公式化し
た。.函璽蕁爾暴乎罎靴討い森餡箸魃曚┐深3伊仝的なユダヤ教徒のア イデン
ティティを、当時のヨーロッパ諸国によく見られた民族的アイデンティティに変
質させること。∪蚕馘およびラビ的ヘブライ語を基礎にした新しい民 族言語を
開発すること。ユダヤ人・ユダヤ教徒を彼らの出生の国からパレスチナへ移送
すること。そしてど要なら力づくで、かの地の至る所に政治的経済的 支配権を
確立すること。ポーランド人、あるいはリトアニア人のように他のヨーロッパ・
ナショナリストが帝国権力から「彼ら自身の主人」となるためにもっぱ ら祖国
を 力づくで支配するだけであったものが、シオニストたちは最初の三つの目標
を同時に達成するために、はるかに大がかりな挑戦に直面した。

シオニズムは、謙遜と譲歩を装う一時的な熱狂であり、伝統的なジュダイズムに
対するひとつの反乱であった。それは、神聖な神の摂理を信頼する柔和 で敬虔
な ユダヤ教徒を、自らの力に頼る恐れを知らない非宗教的な(世俗的な)ヘブ
ライ人に変質させる断固とした試みであった。この劇的な変化は、ひとつの 見
事な成 功であった。

◆シオニズムと宗教

イスラエルの同僚の皮肉な見方によれば、「この地に対するわれわれの権利は、
簡単に言えば『神は存在しないが、神がわれらにこの地を与えたもう た』とい
うことだ。」 まさしくシオニストの事業の根底には、神なき世俗的ナショナリ
ズムと宗教的レトリックとが横たわっている。

確かにシオニズムは、祈りの言葉や救世主への期待を政治的・軍事的行動の鬨の
声に変えた。ヘブライ大学教授シュロモ・アヴィネリは、シオニズムに ついて
の 彼の理論的な歴史記述において、「大部分のキリスト教徒がキリストの再臨
を待ち望む以上には、ユダヤ教徒はさらに行動的な方法で帰還のヴィジョン に
関連さ せはしなかった。…この事実は、感情的、文化的、および宗教的な情熱の
すべてにとって、パレスチナとの関連ではディアスポラにおけるユダヤ人の生
活習慣を 変えることはなかったということである。ユダヤ教徒は、世界を変え
彼らをエルサレムに連れて行くという救済のために一日3回祈りはするが、彼ら
は 実際にエ ルサレムに移住するわけではなかった。」 これらのことは、ユダ
ヤ的伝統が集団的に、言うまでもなく情熱的にも、パレスチナの地に帰還するこ
とに希望を失っているというわけではない。この帰還は、 全世界のメシア的な
救済の一部として働いているということである。

シオニストの目論見が、伝統的なユダヤ教徒の間にただちに対立を引き起こした
ことはすこしも驚くことではない。「シオニズムは、かつてユダヤ民族 に現れ
た もっとも恐ろしい敵である。…シオニズムは、その民族を殺し、あろうことか
その死体を玉座に献げたのだ。」 とほぼ一世紀前に、卓越したヨーロッパのラ
ビが公言していた。イスラエルの学者、ヨセフ・サルモンがこの対立を説明して
いる。

「もっとも深刻な危機を提供したのは、シオニストの脅威であった。というの
も、救世主的待望の目標であるディアスポラ(離散)とイスラエルの地の 双方
にお いて、ほかならぬ相続権が属する伝統的コミュニティを強奪しようとした
からであった。すなわち、現代的、民族的なユダヤ人のアイデンティティにか
んするそ の提案において、新しいライフスタイルに対する伝統的社会への服属
において、ディアスポラと救済にかんする宗教的理念に向かう心構えにおいて、
シ オニズム は伝統的ジュダイズムのあらゆる局面に挑戦した。シオニストの脅
威は、あらゆるユダヤ・コミュニティに及んだ。それは包括的で容赦がなかった
た め、それゆ え妥協のない対立に直面した。」

「シオニストたちはダビデとゴリアテの役割を逆にして、けして戦争を讃えずけ
して軍人を崇拝しなかったジュダイズムの堕落に帰す砲弾と銃剣のジュ ダイズ
ム を創設することになるだろう。」と、イスラエル国家独立宣言のかなり以前
から、ラビたちもまた重大な懸念を表明していた。これは、1967年にイ スラエ
ル 軍に征服された占領地において、とりわけシオニスト入植地の原動力となっ
た国家宗教運動の中で実際に起きたことであった。

伝統的なユダヤ教徒のシンボルを本質的に神なき世俗的シオニズムに接ぎ木する
ことは、いかに矛盾しようとも効果は絶大である。イスラエルの力に対 する依
存 という自己理解は、彼らが崇めつづけているラビたちのシオニズムへの原理
的な拒絶にもかかわらず、それに気づいている多くのユダヤ人・ユダヤ教徒 の
あいだ でさえ増大した。より重大なことは、世俗的で無神論的な何百万もの
人々に、新しい宗教としてシオニズムがジュダイズムに取って代わったことであ
る。彼ら は、イスラエルにかんする不愉快な事実を避け、イスラエル非難を反
射的に拒絶する。あたかも、ひとつの理想としてソ連を援助した西側共産主義者
の ように、 彼らは善良なユダヤ人としての行動を信じて、ほとんど現実とは無
縁の理想的で仮想のイスラエルを応援し歓呼することになる。

同時に、ユダヤ人/教徒の幅広い多様性は、ユダヤ人/教徒の倫理的価値を破壊し
ユダヤ人/教徒を危機に晒しているとイスラエルや他の各地で訴えシ オニズム
に反対し続けてもいる。ユダヤ人の民族主義(ナショナリズム)にしがみつく
人々とそれを憎悪する人々のあいだの破断が、いつの日か修復されるかど うか
はま だ誰にも分からない。言い換えれば以前のキリスト教のように、シオニズ
ムはジュダイズムとは無関係な新しいアイデンティティを形成するだろう。

シオニズムがユダヤ人/教徒に深刻な分裂を招いている一方で、シオニズムは米
国および他の地域で幾千万もの福音主義キリスト教徒と一体となった。 彼らの
う ちの一部の者は、イスラエルは「ユダヤ人にとって以上にキリスト教徒に
とってさらに重要である」と主張している。有名な福音派の伝道師レバレン
ト・ジェ リィ・ファルエルにとって1948年のイスラエル国家の創設は、「イエ
スの昇天以来、歴史上もっとも決定的な出来事であり、…聖地にイスラエル国 家
なくし てイエス・キリストの再臨はありえず、最後の審判も終末もない。」 イ
スラエルのためにキリスト教徒がひとつになった連合は、ユダヤ人世界の総計
(1300万〜1400万人の間)より何十倍ものサポーターに値する。19世 紀後半に
ユダヤ人がそれを取り込むかなり以前、アングロ・アメリカのプロテスタント世
界に現れていた実際に聖地にユダヤ人を集めるというまさにこ のプロ ジェクト
以来驚くこともないことだが、今日、大部分のシオニストはキリスト教徒である。

◆シオニズムの展開

シオニズム内部の政治的イデオロギーは、好戦的で排他的なナショナリズムか
ら、ヒューマニスティックな社会主義や民族的共産主義にいたるまで、変 奏を
重ね るのが常だった。前者が、圧倒的な軍事力に直面した先住民のパレスチナ
人はシオニストの植民地化にただ黙って従うだろうと確信していた一方、後者
はその発 展経過と近代化の最終的利益は、入植者と被植民者とのプロレタリア
的一体性を導くだろうと信じていた。強引な個性をもって植民地主義者を公然と
支 持した右 派のウラジミール・ジャボチンスキーと違って、シオニストの先駆
者の大部分の社会主義者は、シオニストと先住民の間の土地をめぐる対立を認め
るこ とを拒ん だ。ムッソリーニを賛美し「戦争、反乱、そして犠牲」のための
ユダヤ人の動員を叫んだジャボチンスキーは、社会主義シオニストの「潔白な武
器」と いう彼ら の主張と幻想を嘲笑った。

じっさい武力行使を重視する点では、社会主義シオニストのあいだではほとんど
が共通であった。確かに、1920年代のファシストでさえ彼らは反動 的だと考 え
ていて、何千という社会主義者や共産主義者、および一般のシオニストたちがユ
ダヤ人国家のアイディアに反対されていたのである。同時に、労働シ オニスト
の指導者たちは、ムスリム諸国からのユダヤ人移民や現地のアラブ人に対して
は、社会主義者の平等主義という基本原則を適用しなかった。社会主義 は、本
質的 な社会的政治的価値というより、むしろナショナリズム(民族主義)の大
義名分のために利用すべき道具以上のものではなかった。将来のイスラエル国
家の創設 者であるデヴィッド・ベン=グリオンは、1922年に次のように表明して
いた。

「われわれの活動方針を決定できるのは、社会経済的な生産の完璧な制度の諸原
理にわれわれを調和させて活動を導く方法を探し出すことではない。わ れわれ
の 思想と任務を決定すべき重大な関心事は、土地の征服と大規模な移住によっ
てその道を築くことである。あとの一切は、たんなる議論や言葉遣いの問題 に
すぎな い。そして…惑うことはない…われわれは政治的な情勢を配慮して前進し
なければならない。つまりこの地域および海外におけるわが民族の力とその力
関係を しっかり認識して前進しなければならない、と言うべきである。」

イスラエル右派集団のもっとも著名な歴史家ゼーヴ・シュテルンヘルによれば、
ベングリオンの社会主義は第一次世界大戦直後の時代のドイツ民族社会 主義に
吹 き込まれたものだった。彼の著書『シオニズム神話の創設』の序論では、ベ
ングリオンの政治的見解である国家社会主義と称することを避けるために 「民
族社会 主義」なる語を発見することに、シュテルンヘルはどんな苦労もいとわ
ない。一部のシオニストが国際的左翼に感心されていた1950年代の「小さい が
美しい イスラエル」の消失を嘆いている一方で、必然的に現地住民の入れ換え
を必要とする実践的シオニズムは、シオニスト先駆者たちを夢中にさせた社会主
義者の理 想から遠く離れた排他的な民族主義に向かって発展することが期待さ
れていた。


◆西側の援助

かつてイスラエルの政治評論家は、もしジャン・マリー・ルペンが彼の政党をイ
スラエルに移籍したなら、この国の政治勢力の中心左派に彼の政党を見 出すだ
ろ うと語っていた。イスラエルのメディアは、2009年に選出された議会を「レ
イシスト」および「ファシスト」と呼んだ。この選挙は、その陰で何千 という
民 間人の死傷者を出した大規模なガザ攻撃を支持した大衆に押されて勝利を収
めた。新政府は、ユダヤ人反対派グループへの警官の嫌がらせを増大し、一 連
の抑圧 的な立法措置を提案し、かつ国連当局者の入国を妨害した。

しかしながら、オーストリアにおけるハイダーの大臣任命、あるいはガザのハマ
ス選挙でさえ、引き続く非難をともなうこれらすべてに西側諸国政府は 反応し
な かった。大部分の政府は、イスラエル民主主義の強健さに信頼を表明して非
難声明を避けた。カナダの保守党政権は、イスラエルとの治安協力および熱 心
な支持 政策を続行した。イスラエルは、なぜこれほどまでに西側諸政府の支援
を享受しているのか?

理由のひとつは、イスラエルの政治的、社会的、および経済的な諸条件の右傾化
への転換である。競争が社会的連帯に取って代わり、富裕層と貧困層の 格差は
増 大し、さらに民営化はキブツを侵食した。これは、ソビエト連邦崩壊のあと
を追った大多数の西側諸国の福祉国家解体への施策とぴったり符合する。あ た
かもソ ビエト・インターナショナリズムの反動のように、初めにバルト諸国の
共和政体で、遅れてヨーロッパの残りの国々で公然としたエスニックな民族主義
が復活し た。平等主義者の寛大な言説は、かつての支配的な立場を「他者」を
排除する企てに譲ってしまったのだ。

自由主義的価値観は、他の何よりも一つの文化、一つの宗教、ただ一つの人種の
優位を宣言することが容認されなくなったポスト・コロニアル時代に台 頭し
た。 第三世界の支持を獲得するため超大国間で激しい戦闘が管理されていたこ
とと並行して、冷戦は人種差別を違法なものとした。ヨーロッパおよび世界中
の植民地 においては、過去の人種差別主義者の行為にかんして恥と悔恨が表明
されていた。冷戦の終結は、このプロセスを逆転した。ひとつはSS兵士がウクラ
イナに建 てたモニュメントが判明して、また、ロマ、アフリカ人、アジア人が
ヨーロッパのいたるところで乱暴に襲われたことに注目して、フランスにおいて
植 民地支配 の正当化にかんする弁明が聞こえ始めた。チェコスロバキアは民族
的な境界線に沿って平和裡に分解したが、ユーゴスラビアの崩壊は大量虐殺を
伴っ た。西側諸 国がアフガニスタンおよびイラクを戦争に巻き込んだとき、民
族的および宗教的な行為にかんする「固有の」要素を勘案することが合法性を回
復したの だった。

ここで再び、市民ではなくエスニック(種族的)なナショナリズム(民族主義)
を採用しているイスラエルが流行仕掛け人として登場した。シオニスト として
は、彼らの国家の土台に先住民に対する不法行為が横たわっていることを認めな
いだろうし、追放されたパレスチナ人が憎しみを我慢していることを彼 らの強
制 追放と土地の没収への憤りのせいだとは考えないだろう。むしろ「アラブ」
は、分別もなく憎むだけの人々、宗教的狂信、あるいはさらに現代のナチと し
て描か れている。一部の人々は、彼らを、多くの植民地開拓者に共通する動物
学的用語リストの、動物や虫になぞらえてさえいる。9・11事件に対する西側 の
反応 は、進歩と自由にかんするアラブの非理性的な憎悪、および「ユダヤ・キ
リスト教的」価値に対する先天的な敵意というイスラエルの物語を喜んで採用
した。さ らにイスラエルは、キリスト再臨の先駆けをイスラエルに見る福音主
義右派に歓迎されている一方で、西側諸国に指揮された「対テロ戦争」に対する
高 度の専門 知識および技術にかんする特権的な情報源として重大な役割を演じ
てきた。

しかしながら、民主主義的な劣勢に陥って以来、西側の援助は脆弱になってい
る。彼らの政権がイスラエルを熱心に支持している各国の世論は、一貫し てイ
スラ エルを世界平和の主要な脅威と見なしている。経済界がイスラエルへの称
賛を表明している一方で、労働組合やその他の草の根(グラス・ルーツ)諸組
織は資本 引き上げや制裁のボイコット・キャンペーンを繰り広げてアパルトヘ
イト国家としてのイスラエルを強く非難している。しかしイスラエルは、断固と
し て自身を 正義の標識と位置付けてきた。


◆シオニズムを拒否しイスラエルを批判することは、反セム主義か?

大多数のパレスチナ住民―キリスト教徒、イスラム教徒、およびかなりのユダヤ
教徒―の意思に反して単独で独立を宣言した1948年以来、イスラエ ルの指導 者
たちはユダヤ人の種族的多数派の確保について悩み始めた。彼らは、他の国々の
ユダヤ市民の移民を促進する方法の範囲を拡大した。本物か偽物かと いう―反
セム主義の脅迫を受けた大多数の移民がイスラエルに移動した以上、反セム主義
はイデオロギー的理由というよりむしろイスラエルの利益に大いに役 立ったと
い える。

今日では、反セム主義はほとんどの場合中東紛争の副産物となっている。ユダヤ
人は、TV放映にあふれているイスラエルの戦闘爆撃機、銃を所持した 兵士た
ち、シオニスト入植者たちに、ますます結び付けられている。しかしながら、イ
スラエル政府当局は、パレスチナ人に対する彼らの政策が世界中の反セ ム主義
の 原因となっているとは考えていない。それとは反対に、反セム主義の高まり
はイスラエルの中でユダヤ人を安心させればいいという彼らの主張を支え、 実
際には 移民を増大させている。

同時に、「イスラエルの臣下たち」(しばしばユダヤ人指導者と誤解された人物
で前駐仏イスラエル大使エリ・バルナヴィによって造り出された言葉) は、イ
ス ラエルに対する忠誠を公言するだけでなく、老人ホームや病院などを含むユ
ダヤ人施設の玄関に挑戦的にイスラエル国旗を掲げてさえいる。このような イ
スラエ ルと他の国々のユダヤ人・ユダヤ教徒市民との合成は、敵意を招き反セ
ム主義を挑発している。標準的なシオニストは、イスラエルが―大部分のユダヤ
教徒が支 配もされず居住もしていない遠く離れた好戦的な国家であるにもかか
わらず―、イスラエルのやることなすことが世界中のユダヤ人・ユダヤ教徒を巻
き 込む「ユ ダヤ民族国家」であると主張している。イスラエルをユダヤ人国家
と呼ぶことは、予想されるように反セム主義を助長し反ユダヤの暴力を増殖する
こと になって いる。

これらの「イスラエルの臣下たち」は、反セム主義の告発にともなうもっとも穏
当なイスラエル批判さえ圧殺することで、反ユダヤ感情をさらに高めて いる。
こ れとは逆に、イスラエルの行動に反対し発言するユダヤ人は―「カナダ独立ユ
ダヤ人の声」のように―原理主義的な反セム主義的信条を衰弱させてい る。彼ら
は、世界ユダヤ人の陰謀という反セム主義的デマに真っ向から反対して、ユダヤ
人の生活現実の多様性―「二人のユダヤ人に三つの見解」―を具現化し ている。
だが、ユダヤ人だけがシオニズムとイスラエルについて議論する「公認された」
唯一の人々である必要はない。

ユダヤ人・ユダヤ教徒と彼らの歴史にかんするイスラエルによる合成は、理性的
な議論を抑圧しまた混乱を助長している。以下の概念について比較対照 し識別
す ることが重要な所以である。シオニズムとジュダイズム。国家としてのイス
ラエル、地域としてのイスラエル、領土としてのイスラエル、そして聖地と し
てのイ スラエル。ユダヤ人・ユダヤ教徒(イスラエル人とその他のユダヤ人・
ユダヤ教徒)、イスラエル人(ユダヤ人と非ユダヤ人)、シオニスト(ユダヤ
人・ユダヤ 教徒とキリスト教徒)と反シオニスト(再びユダヤ教徒とキリスト
教徒)。イスラエルは、ホロコーストやオデッサのポグロムを参照することな
く、そ れ自身の 長所と欠点に従ってどんな独立国家とでも同じように扱われる
べきである。イスラエルについて議論する場合、反セム主義の含みを避けるため
にシオニ ズムがユ ダヤ教の連続性に対して大胆な反乱であったことを忘れない
こと、そしてイスラエル国家とその行動からユダヤ人とジュダイズムを切り離し
て考えるこ とが重要 である。

シオニズムにかんするイスラエル知識人のひとりボアズ・エヴロンは、このしば
しば感情的な問題に対して良識ある判断力を示している。

「イスラエル国家、および世界のすべての国家は、出現しそして消滅する。イス
ラエルという国家は、明らかに100年、300年、500年の間に消 滅するだ ろう。
しかしユダヤの民は、ユダヤ教が存在する限りおそらく1000年以上も存続するだ
ろうと、私は思う。この国家という存在は、ユダヤの民に とって問題 ではな
い。…世界中のユダヤ教徒は、国家など無くともほどほどに善く生きることが出
来るものだ。」(完)

(松元保昭訳)

-- 


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パレスチナ連帯・札幌 代表 松元保昭
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