[CML 020977] 松沢成文「東京改造大作戦」分析

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2012年 11月 14日 (水) 06:34:39 JST


東京都知事選挙への立候補を表明した松沢成文・前神奈川県知事は自己のウェブサイトでマニフェスト「民力を都政へ、東京改造大作戦」を公開している。その内容を分析すると開発問題が隠された重要な争点として浮かび上がる。 

松沢氏は前回の東京都知事選挙で立候補を表明しながら、石原慎太郎氏の出馬表明後に取り下げたという過去がある。この経緯のネガティブ・キャンペーンで終わってしまう候補との見方もある。一方で現時点での有力候補であり、有力政党が支持する可能性も取り沙汰されており、政策の分析は有益である。 

「東京改造大作戦」は「都庁大改造」と「未来への投資」に大きく分かれる。「都庁大改造」では3つの政策を掲げる。最初の「新銀行東京清算」は目玉である。石原慎太郎氏が始めた新銀行東京の清算を掲げることで反石原色を出した。反石原の立場から松沢氏への投票も成り立つということを意味する。反石原と主張するだけでは候補者の差別化にはならない。 

「都庁大改造」の第二は「現業の民営化、民間委託、独立行政法人化」である。これは構造改革路線である。一方で第三には「組織事業の全面見直しと市区町村への権限移譲」と基礎自治体への権限委譲を掲げる。これは大阪都を目指す橋本徹・大阪市長と異なる。ここには単純に新自由主義・構造改革路線でまとめられないユニークさがある。 

公共セクターが福祉などで責任を果たすという立場からは「現業の民営化、民間委託、独立行政法人化」が批判される。これは特に公務員労働組合にとって死活問題である。しかし、この点の批判に特化することは得策ではない。 

現実問題として公務員が優遇されているとの民間労働者の不公平感が根強いことは事実である。低いレベルに合わせることは正しい解決策ではない。それでも全体を高いレベルに引き上げる見通しを提示できなければ不公平感は燻り続ける。公務員の労働条件切り下げ反対だけでは市民の支持は得られない。それは大阪府知事選挙や大阪市長選挙での市民派の敗因でもある。 

「未来への投資」は5項目に分かれる。第一に「クリーンエア東京」である。「たばこの煙害から都民の健康を守る受動喫煙防止条例策定」と「電気自動車、燃料電池車、電動バスの普及促進で排気ガス大幅削減」を掲げる。多くの人が賛成できる身近な環境問題を掲げた点が巧みである。受動喫煙防止は愛煙家の猪瀬直樹・副知事への挑発になり、話題性もあった。 

これは脱原発の論点そらしにも有益である。身近な環境問題を取り上げることは脱原発を明言しなくても、ソフトな脱原発志向の市民を惹き付ける。日本社会でも脱原発が多数意見になったと言っても、多数派はソフトな脱原発志向である。 

放射能の危険性を過剰に強調し、自主避難やベクレル・フリーを呼びかける過激な放射脳カルトには眉をひそめる向きも多い。世田谷区で重層長屋の問題に取り組むグループが主催したシンポジウム「世田谷住民のリスクを考える9.1 緊急シンポ」でも福島第一原発事故の放射能汚染による健康被害は小さいという立場からの講演がなされた。 

第二の「環境・防災・都市づくり」では「首都高速道路の地下化推進」「耐震、省エネ、バリアフリー対応建築へのインセンティブ導入」「羽田・成田間の超高速鉄道構想推進と羽田アクセスの24時間化」を掲げる。築地市場移転や外環道など大型開発問題を避けている。税金の無駄遣いと批判されるような公共事業をどうするかという点を避けている。 

第三の「東京丸ごとテーマパーク構想」は最もユニークな政策である。「江戸城天守閣復元、お台場にIR(総合型リゾート)誘致」「国民参加型の東京オリンピックとラグビーW杯の実現」を掲げる。ここには大型開発推進の本音が表れている。 

江戸城天守閣復元は歴史観光都市を志向するもので、高層ビルでコンクリート化する単純な開発優先都政とは趣が異なる。しかし、江戸城天守閣は江戸時代でさえ、大火で消失後に財政難を理由に再建しなかったものである。もし天守閣を復元したならば江戸時代人に対して現代人の愚かさを物語るものである。 

「お台場にIR(総合型リゾート)誘致」はカジノを作ることである。盛り場の賑わいを経済発展であり、進歩と捉える発想が大型開発を推進した。「国民参加型の東京オリンピック」は「国民参加型」と修飾してもオリンピック誘致を止めないということである。オリンピック開催に伴う開発も止めないことになる。 

第四の「セーフティーネット東京」では福祉問題について新自由主義・構造改革的な立場と、石原都政で後退した公共セクターの関与を巧みにミックスさせている。「民間活力によるケアハウス、グループホームの拡充」は新自由主義的な民間活力導入で、公共セクターの責任放棄と批判できるものである。この分野は囲い屋などの貧困ビジネスが横行しており、民間任せは危険である。 

一方で「雇用創出機構の創設」「東京湾埋立地に緑地公園型の都営墓地整備」と小さな政府一辺倒でもない。松沢氏の新自由主義的な政策は批判できるが、その批判に特化すると松沢氏の論点とかみ合わなくなる。公務員労働組合の利益を代弁しているだけではないかと逆に反発を受けるだろう。 

第五の「東京発教育改革」は「公立学校への民間人先生導入、都立高校のシチズンシップ教育の充実」と「いじめ緊急対応チーム(弁護士、児童福祉士、警察OB等による)始動」を掲げる。教員の労働組合の立場では「公立学校への民間人先生導入、都立高校のシチズンシップ教育の充実」に抵抗するだろうが、それを前面に出すと既得権擁護と反感を受ける。 

いじめは大津市立皇子山中学校いじめ自殺事件を契機に社会問題になった問題であり、その対策を掲げることは適切である。「いじめ緊急対応チーム(弁護士、児童福祉士、警察OB等による)始動」には強権的・犯罪対処的な要素が強いと批判できる。しかし、いじめ問題への対策を提言せずに批判するだけでは支持は得られない。 

この点で宇都宮けんじ氏は以下のように述べ、現在の教育行政をいじめの一因とし、その是正を主張する。「学校選択制などで競争をあおるのではなく、着実な教育インフラ整備をはじめとする、子どもたちにあたたかい教育行政に転換し、いじめ問題の解決に取り組みます」 

これは有効な対立軸になる。これが支持を得るかは、教育行政批判が教師の既得権維持のための運動ではなく、子どもたちのための運動であると市民に受け止められるかにかかっている。 

以上をまとめると反石原と言うだけでは松沢氏の批判にはならない。松沢氏の政策には新自由主義的な要素が多々見られるが、一定の分野では公共セクターの積極的役割を述べており、ステレオタイプな新自由主義批判は当てはまらない。また、新自由主義の背景にある「公共セクターの無駄遣い」という考えは有権者に支持されている現実があり、この批判に特化することは公務員労働組合の既得権擁護と反感を受けて逆効果になる。 

松沢氏の政策の本質は大型開発推進である。江戸城天守閣復元や国民参加型の東京オリンピックなどの景気のいい政策を掲げて支持拡大を狙う。このような形の開発推進は「コンクリートから人へ」の二項対立で割り切れない。そこが巧みであるが、開発問題の本質的な論点が隠されている。 

不特定多数が集まる盛り場的な賑わいを求めるか、顔の見える落ち着いた生活を望むかという問題である。既に東京都が認可した二子玉川再開発(二子玉川ライズ)への反対住民運動が問題を提起している。東京都の公聴会でも住民側は「二子玉川ライズは盛り場の危うさを住宅地に持ってくることになる」と主張する(林田力『二子玉川ライズ反対運動3』95頁)。 
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戦後日本社会は経済発展の掛け声でひたすら盛り場的な賑わいを追及してきた。その結果、どこに言っても高層ビルばかり、似たような店ばかりの無個性的な町になった。 

「初めは海外のブランドショップとか入っていたが、次々と撤退してしまった。その跡に百円ショップとか千円マッサージとかコンビニとか、ジョナーズとかカコスとかのファミレス、要はどこにでもあるような店ばかりが溢れ返ってしまった」(海堂尊『夢見る黄金地球儀』145頁) 

日本では革新勢力でさえ開発による経済発展というドグマに囚われていた。開発業者やゼネコンが土建政治の利権を独占することは批判しても、そのおこぼれを建設労働者や中小零細業者にも配分することを目指すような傾向であった。これを本質的な争点にすることが社会変革の第一歩である。

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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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